過去話9 キミの横顔
特に目的というものを設定しないので、最初は柚葉からの提案でスポーツショップに行くことになった。
「見てみてしゅう! このシューズ可愛くない⁉」
「おぉ。そだなー」
「……もうちょっと真面目に付き合ってくれてもよくない?」
というわけで現在、俺は柚葉と駅近くに構えているスポーツショップにて買い物中なわけなのだが、見てご覧のとおり初っ端からこのテンションの違いだ。
楽しくないわけでもないが、楽しいわけでもない。その理由というのも実に単純だった。
「柚葉さん。俺はこう思うんですよ」
「なに急に?」
「結局どのシューズを選んでも大差ないと!」
「それ選手が一番言っちゃいけないやつ⁉」
以前から常々感じていた疑念を友達にだけ素直に吐露すれば、それを聴いた柚葉は心底呆れた風にため息を落とした。
「アンタねぇ。曲がりなりにも一年以上陸上続けてるんだから、シューズの違いくらい判りなさいよ」
「いや流石に違いくらいは判る」
俺だって選手の端くれなのだ。先はあんなことを言ったが、シューズを買い替える時は真剣に
反発力や機能性。靴底の厚さや軽さ……自分の足に合ったシューズを選ぶのは日常生活でも競技に
しかし、だ。
「最初の数日はいいんだ。この前まで使っていたシューズより新しいヤツの方が弾むなって感じる。……ただ、数日経つと足に馴染むせいで反発力がいいとか走りやすいとか分からなくなるんだよ」
「……言いたいことは分からなくもないけど」
「だろ? だから最終的には結局どれも同じなんだよ」
「いやいや! その結論はおかしい!」
俺の持論に一度は納得しかけるも、しかし寸前のところで我に返った柚葉は全力で首を振って否定した。そのあとに柚葉は目の前にあった二つのシューズを両手に持つと、
「しゅうが今言った理屈だと、このシューズは重さも機能性も違うのに同じってことになるじゃん!」
俺を説得するべく、柚葉は二つのシューズの違いを必死に説明してくれた。
柚葉が左右それぞれに持っているシューズの違いは、片方は軽量特化型でもう片方はクッション性と反発力を重視したモデルだった。
たしかに機能性でいえば二者の間には明確な違いがある。履き比べればその差異も感じ取れるだろう。
しかし、
「数日も履けば違いなんか判らなくなるぞ柚葉ちゃん」
「ダメだ全然説得できない⁉」
「くっそぉ。どうにかしてこの大馬鹿者にシューズの違いを知ってもらいたいっ」
「ふっ。どんなに説得しても無駄さ。そもそも俺はメーカーに拘りもなければ機能性にも大して拘ってないからな」
「それは最初は真剣に考えるけどでも途中で飽きるからでしょ」
「その通りだ。俺のことよく分かってんじゃん」
「そりゃ一年もしゅうと一緒にいるからね。というか、二年生になってからしゅうが思い知ったって感じかな」
「何を?」
はて、と小首を傾げた俺に、柚葉はジト目で睨みながら告げた。
「しゅうが超が付くほど無気力で、私と神楽がいないとダメダメってこと」
「――ふはっ」
たしかに。それだけは反論の余地がないほどのド正論だった。だから俺は思わず失笑してしまって。
「そうだな。二人がいつも俺のこと世話してくれてるおかげでどうにか学校生活を送れてるよ。これからもよろしくな」
「……ふふ。しょーがないから引き続き私たちでダメダメなしゅうの面倒を見てあげる。その代わり! 私の話はちゃんとよく聞いてよね」
「へいへい」
「あ。今頷いたな? ということはつまり、しゅうが理解するまでシューズの違いを語っていいってことだよね」
「……それはまた今度にして、柚葉さん。お昼食べに行かない? 僕お腹空いちゃった」
「だーめ。しゅうはやる気のないダメ人間だけど、でもやればできるってことも私は知ってるから。だからこの機会にしゅうに合ったシューズ選んであげる」
「そんなことしても俺はやる気出さないぞ!」
「女の子が選んであげるんだから光栄に思いなさいよね」
「人の話を聞けっ」
なんだか当初の目的からズレてる気がするし、それに凄まじく悪寒した。
それを察知して柚葉を止めようとするも時既に遅し。俺のお世話係を担ってくれる女友達は、無気力男子のやる気を引き出そうと鼻歌をうたいながらシューズを選び始めていた。
「どれがしゅうの足に合いそうかな~」
「……絶対に長引く予感しかしねぇ」
女の買い物は長い。それは既に家族で経験済みだから身に染みている。だからこのシューズ選びも絶対に時間が掛かることは容易に想像できた。
けれど、
『――まぁ。俺の為にって選ぼうとしてくれてるんだから、付き合わないとダメか』
いつもは退屈と感じる待ち時間。しかし今日は何故か心地よさを覚えて。
楽しそうにシューズを選ぶ女友達の横顔が、いつまでも見飽きないくらいには可愛く思えた。
***
スポーツショップでの買い物を終え、時間的にも丁度お昼時なこともあって俺と柚葉は休憩がてら昼食を取ることにした。
柚葉に何が食べたいか尋ねると、意外にも『牛丼』という答えが返って来た。俺は少々意表を突かれながらも、柚葉の希望ならと近くの牛丼屋に彼女を連れて行った。
「ん~! これがお店の牛丼の味なんだ!」
「……もしかしなくてもこういう店に来るのって初めて?」
適当なカウンター席に座ってから数分ほどで注文した品が目の前にきた柚葉は「はやっ」と感嘆したような吐息をこぼした。
それから緊張した面持ちで牛肉とお米を掬ったスプーンを口に運んだ柚葉は、ぱくっと食べた瞬間に瞳に感動を
そんな柚葉の頬が倒れ落ちた様を隣で眺めていた俺は大袈裟と苦笑しながらそう質問した。すると柚葉は行儀よく咀嚼し終えてからこくりと頷いた。
「うん。牛丼事体はお家で何度も食べたことあるけど、お店で食べたりするのは初めて」
「そうなのか」
どうりで食券の前で
「柚葉の家ってもしかして厳しかったりする?」
「そんなことは特に無いと思うよ」
何か勘違いしてるでしょ、と柚葉は苦笑しながら答えた。
「べつに私の家は普通の家庭だよ。ただ単に外食店に行く機会が少ないってだけなのと
「その後者は絶対に友達と行ってるやつだろ」
「ご明察」と柚葉は白い歯を魅せながら笑った。
そうやって雑談していると俺が注文した牛丼も届いて、柚葉よりも少し遅れていただきます、と手を合わせた。
「はふはふ。うま」
「美味しそうに食べるねぇ」
「お前も人の食ってるとこ見てないで食べろ。せっかくの美味しい牛丼が冷めちまうぞ」
「そんなこと言われなくても分かってるし! はぁむ!」
「おぉ。豪快に食べますなぁ」
可憐な少女からは想像もできないほど牛丼を頬張る姿に俺も触発されたように次の一口を頬張った。
『……にしても、
『……ああやば。しゅうの一生懸命食べてるとこ可愛くて写真撮りたい』
お互い胸の内を知らぬまま、牛丼を頬張りながらも時折気付かれないように美味しそうに食べる相手の横顔を眺めるのだった。
【あとがき】
結局この日の買い物でシューズを買うことはなかったですが、新しくシューズを買い替えた時にしゅうは柚葉にオススメされたものを買ってます。それを見た柚葉の心情は読者のご想像にお任せしますね。
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