過去話8 友達。友達。……友達。
「えっ!」
「……合流早々なんで驚くんだよ」
翌日。神楽の命令通り柚葉を買い物(デートじゃない)に上手く誘えた俺は、改札口前で彼女と合流するなり
柚葉は呆気取られた表情のまま俺に近づくと、スマホ画面と顔をしかめている俺を交互に見ながら呟いた。
「しゅうって時間通りに行動できるんだ⁉」
「当たり前だろっ」
「いはいいはいぃ」
意外だとでも言いたげな柚葉に俺はなんだか腹が立って、その両頬を抓んでやった。
俺が基本ルーズなのは自覚してるけど、だからといって友達との集合時間にまで遅れるほど人間として終わっちゃいない。
「俺から誘ったんだから、それで遅れたりでもしたら面子が立たないだろうが」
「……しゅうもそういうの気にするんだ……いはいよぉ」
「さっきから失礼過ぎんだろお前ぇ」
頬を抓る指にさっきよりも力を込めて抓れば、柚葉が笑いながら謝ってくる。
絶対に反省はしてないだろうがひとまずその謝罪に免じて指を離したあと、俺はやれやれと嘆息を吐いた。
「人がせっかく心配して集合時間より早く来てやったのに」
「…………」
「足。無理してないよな」
もう誘った後だし、何なら集合してしまったが、やはり怪我をしている柚葉を連れ回すのは後ろめたさがあった。
勿論、俺の提案に乗ったのは柚葉で、足への負荷も考慮した上で合意したから大丈夫ということは分かっている。
それでも、心配は心配なのだ。
憂慮をはらませた問いかけに、柚葉は一瞬だけ目をぱちぱちとさせて、それからすぐに小さく笑って答えた。
「うん。今日は誘ってくれてありがと」
「……どういたしまして」
「あはは。照れてる」
「うっせ」
素直に感謝を伝えられて、俺は
子どものような反応を見せた俺をおかしそうに笑う柚葉。そんな無邪気な笑みをみせる彼女に、思わず俺も釣られて笑ってしまって。
「うし。行くか」
「うん。でも、どこに行くの?」
「買い物」
「……まさかノープラン?」
「? 買い物は買い物だろ?」
「うわぁ……期待して損したぁ」
何故か深いため息を落とす柚葉を不思議そうに眺めていると、顔を上げた彼女が俺の事を半目で睨んできて、それからこつん、と肩をぶつけてきた。
あてっ、と呻く俺に、柚葉は膨れっ面をみせながらビシッと指を指してこう言った。
「今日はしゅうの方から誘ったんだから。――だから、ちゃんと私のことリードしてよねっ」
「が、頑張るよ」
「うん。頑張って」
可憐に微笑む少女の瞳に宿る期待に、俺は頬を引きつらせながら応えたのだった。
***
そういえば、人生で初めてできた女友達の私服というものを初めて見た気がする。
ゆっくりと歩くことを心掛ける傍らで、俺の視線は無意識に柚葉の服装にいっていた。
今日の柚葉は、なんというかいつもより可愛らしく見えた。彼女の快活さを
いつも見る彼女の姿は制服やジャージ、トレーニングウェアなので、今日はそのギャップも
そうやって不覚にも柚葉の服装に気を取られてしまっていると、
「なに、人のことじぃーと見てきて」
「べ、べつに見てないし」
隣からいやらしい視線を感じた、と半目で睨んでいる柚葉に遅れて気が付いた俺は、慌ててかぶりを振った。
「嘘吐けぇ。私のこと見てたでしょ」
白状しろ、と脅迫してくる視線の圧が凄まじく、否応なく見つめてくる柚葉に屈した俺は諦念を悟ったように嘆息を吐いてから首肯した。
「ごめん」
「ほぉ。つまり私のことを見ていたと認めると」
「……イエス」
やはり物色するような視線は嫌だったらしい。
素直にじろじろと隣で歩く女友達を見ていたことを認めて謝罪すると、そんな彼女は俺の自白に満足げに鼻息を吐いた。
「ふふん。どうだね。私の今日の格好は?」
「馬子にも衣装だな」
わざとらしくスカートを翻しながら訊ねてくる柚葉に俺は胸裏の感情を誤魔化すように素っ気ない感想を告げてしまった。そして、それが彼女の怒りに触れてしまったことは言うに容易く、華やかな笑みが一瞬で
「貴様頬を抓られる準備はできているな?」
「嘘嘘! 冗談だから! ちゃんと可愛いから!」
「――えっ」
「えっ⁉」
怒った彼女の機嫌を直すべく慌てて感想を――心の底で思っていた感想を素直に吐露すれば、途端、柚葉の顔が真っ赤に染まった。
咄嗟に零れた本音は柚葉には予想外だったのだろう。瑠璃色の瞳を大きく開けた彼女は、恥じらう乙女のように赤く染まる顔を隠しながら悶える。
「……いや、その……私としては似合ってるって言ってもらえるだけで十分だったんだけど」
「ちゃ、ちゃんと似合ってるぞ」
「い、今追撃するのは反則だよぉ」
うあぁぁぁ! とその場で何か堪え切れない感情を爆発させるように髪を振り乱す柚葉。そんなご乱心の彼女に俺はひたすら困惑するばかりだった。
「……ゆ、柚葉さん?」
「今ちょっと気持ち整理中だから話しかけないで!」
「うぃっす!」
おそるおそる柚葉の肩に手を伸ばそうとするも、しかしそれは怒号によって瞬く間に引っ込められた。
それから彼女の命令通り、特に何かをするわけでもなく顔の赤い女友達が落ち着くのを立ち尽くしたまま見守っていた。
「――オシャレしてよかったぁ」
「ゆず……」
「なに!」
「いえっ。何でもありませんっ」
指の隙間から見える顔の熱も徐々に引いたようなのでそろそろ頃合いだろうと名前を呼ぼうとしたが、どうやらまだ鎮火中だったらしい。
一体いつになったら元に戻るんだと嘆いていると――ようやく両手で隠していた顔を拝むことができた。
何度か深呼吸して、肩を上下させる姿を呆れながら見守っていると、俺のたった一人の女友達はまたいつものような可憐な笑みを――いつもより可愛くて、可憐な笑顔を浮かべて、
「よしっ。じゃあ行こうか!」
「ん。……足、辛くなったら遠慮なく言えよ」
「へへ。うん。ありがとね、しゅう」
「――おう」
見慣れたはずの笑みに不覚にもドキッとしてしまったことは、ここだけの秘密にしてほしい。
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