過去話6 デートに行け
「柚葉が元気ないんだよ」
「何かやらかしたの?」
「おい。なんで俺に原因がある前提なんだ」
夏休み中。神楽を家に呼んだ俺は、神妙な顔で相談を切り出した。
カチカチとコントローラーのボタンを叩きながら、お互いに視線はゲーム画面に向けたまま話を続ける。
「この前大会があったんだけど、その試合中に柚葉、転んじゃってさ」
「えっ。大丈夫だったの?」
「軽く足を捻っただけで大事にはならなかったよ」
「そっか」
ほっと安堵したような吐息を聴きつつ、俺は「でも」と継いで、
「柚葉にとってはけっこう大事な試合でさ、身体は無事だったけどメンタルの方がちょっとさ」
「……なるほどね。つまり、へこたれちゃったんだ?」
「まぁ大雑把にいえばそんなとこ」
優等生の頭はなぜこんなにも回転が速いのだろうか、と胸中で感嘆しながら俺たちは会話を続けた。
「部活は? ちゃんと行ってるの?」
「あぁ。ただどことなく上の空というか……安静にしてるせいなのかは分からないけどいつものやる気を感じられなくて」
「大事な試合だったんだろ。なら落ち込むのも無理はないよ」
「そんなのは分かってる」
俺は何かに真剣に取り組んだことが少ないから、落ち込むといった経験が少ない。だからといって、その心情を共有できないというわけでもない。
柚葉が部活に真剣に取り組んで、いつも真面目に競技に向かい合っていたことを俺は知っている。ずっと彼女のことを近くで応援してきたし、最近じゃ試合の為に居残りする柚葉に付き合ったりもしていた。
研鑽を積み、少しずつ確実に速くなっていく彼女を傍で見てきたのは俺だ。
ひたすらに真っ直ぐな彼女に胸が何度も熱くなって、尊敬し脱帽した。
だからこそ、そんな自慢の友人が挫折して立ち止まっている姿が堪えた。
「なんとか柚葉を元気づけられる方法はないものか」
「ふーん。それが今日僕を家に呼んだ理由ってわけね」
「そういうことになるな。あと、単純にこのことを神楽にも伝えておいた方がいいと思って」
「柊真にしては珍しく英断だね」
「うっせ」
揶揄われて不服だといいたげに口を尖らせれば、そんな俺を見て神楽はおかしそうにくすくすと笑った。
それから俺はコントローラーをカーペットに置くと、天井を見上げるように体勢を崩して弱音を吐いた。
「で、実際問題、どうやったら柚葉を元気づけられるか分からないんだよ」
「あの柊真がまさかこんなことに思い悩むなんてねぇ」
「茶化すなよ。真面目に考えてくれ」
「茶化はしたつもりはないよ。むしろ感心してるんだ。あの柊真が友達を元気づけようと必死に悩んでるなんて、ってね」
「……うぐ」
「それだけ柚葉が〝大切〟ってことだ」
「……俺にとっては数少ない友人なんだ。心配して当然だろ」
照れくさげにそう答えれば、神楽は「ご馳走様」と訳の分からないことを言って不快な笑みを浮かべた。神楽の問いかけが俺が普段柚葉に対してどんな感情を抱いているのか誘導されたみたいで、何故か胸の辺りがひどくざわついた。
俺は胸の妙なざわつきを誤魔化すようにコホンッ、と咳払いしてから神楽との会話を再開した。
「で、神楽だったらそんな時、どーするかなって聞きたくてさ」
「どうするって……うぅん。その人の落ち込み具合によると思うけどなぁ」
柚葉、相当落ち込んでるでしょ、と聞かれて、俺はこくりと頷く。
「なら、その時は無理に励ますよりもそっとしておいた方が賢明だと思うけど……でも、相手が柚葉なら柊真はもっと寄り添ってあげてもいいんじゃない?」
「寄り添うって?」
「そのままの意味だよ」
つまり近くで励ましてやれということか。
「それはもうやった」
「やったんだ?」
「おう」
大会後。体育館裏で泣き崩れていた柚葉を見つけた俺は、彼女の隣に座って泣き止むまで傍に居続けた。
悔しさに滂沱の涙を流す柚葉に何度も励ましの言葉を送った。けど、それでも駄目だったから柚葉はまだ立ち直れずにいる。
「〝柊真〟が寄り添って駄目ってなると今回は相当重症みたいだね」
「? どういうこと?」
「気にしなくていいよ」
妙に引っ掛かる神楽の物言いに眉根を寄せて追及するも、爽やかな笑みにはぐらかされてしまった。
「ちなみに聞くけど、柚葉って今は安静中なんだよね?」
「そうだけど」
「じゃあ、練習もしてないってこと?」
「してないって訳でもないな。通常メニューができない代わりに今は筋トレとかストレッチのメニューを中心にしてやってる」
あとはジョギングか。いずれにせよ、身体に負荷が掛かるメニューはしばらくできそうにない状況が続いている。
一通り柚葉の現状を報告すると、神楽は胡坐をかいて腕を組みながらうめき声を上げた。
「それなら柚葉、ストレス抱えてるかもね」
「なんでそう思う?」
「だって、大事な試合で不慮とはいえ自分のせいで負けちゃったんだろ。悔しい思いをした上に怪我までして皆と同じメニューに参加できない。柚葉は負けず嫌いなとこあるから、この頑張りたくても頑張れない今の状況は相当キツイはずだよ」
「なるほど」
それなら柚葉のどこなとなく上の空な状態にも合点がいく。
流石は神楽だ。現場にいないにも関わらず俺の説明だけで柚葉の心境を判読してしまうとは
やはり持つべきは頭の良い友人だな、と感嘆としていると、神楽はそんな俺に向かってこう言った。
「きっと柚葉は今、自分のことを想像以上に追い詰めてる気がする。それが余計にストレスを与えているはずだ」
「ふむふむ」
「ストレスを軽減させる方法は人それぞれだけど、それでも一つだけ、万人に通用する軽減方法がある」
「分かった。寝るこ――」
「違うよ」
自信満々に答えるもそれは言い終わるもなく優しい声音に否定された。
「――気分転換だよ」
浮かび上がった数多の女子を魅了してきた爽やかな笑み――俺には悪魔の微笑みに見えた――を浮かべる神楽は、ぱちぱちと目を瞬かせる俺の肩をガシッ、と掴むと、さらにこんな命令を出してきたのだった。
「柚葉とデートに行ってこい」
「――ひょえ?」
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