過去話4 お世話係たち

 ――時が過ぎるのはあっという間で、俺たちが中学二年生になってから早数ヵ月が経過した。


「雅日くん。身長伸びたね」

「ん? まぁ、成長期だからなぁ」


 進級してからクラス替えが行われ、清水と同じクラスとなった。


 そんな彼女とは部活でそれなりに時間を共にすることが多いので、同じクラスになってからは更に会話を重ねる頻度が増えた。


 俺にとっては片手で足りるほどの数少ない貴重な友達(しかも女子)は、不意に自分と俺の背丈を比べてそんなことを呟いた。


「清水はあんまり変わってない気がするな」

「むぅ。これでも前に測った時よりすこし伸びたんだよ」


 彼女よりも頭半子分ほど大きくなったことで、去年は同じくらいだった目線もいつのまにか見下ろすようになってしまった。


「ふふふ。これが成長期の力」

「むぅ。なんだか雅日くんに見下ろされるとむかむかする。縮めっ」

「おいっやめろ! それで本当に伸びなくなったらどーすんだ!」


 小馬鹿にしたような笑みを清水に向ければ、彼女は腹立たしそうに舌打ちしてから俺の頭を押さえてきた。縮め、縮め、と呪詛を吐く清水を必死に鎮めていると、


「なーに廊下でイチャイチャしてるのさ」

「神楽」「梓川くん」


 そんな男女の茶番劇を呆れた口調で指摘してきたのは、精悍な顔立ちながらもまだ幼さと愛らしさが残る少年であり、そして俺の友人でもある梓川神楽だった。


 神楽はじゃれ合う俺たちを生暖かい目で見守りながら続けて言った。


「なんで僕より先に教室を出た二人がこんな所にまだいるのさ」

「それは清水にイジメられたからだ」

「人聞きの悪いこと言うの止めてよ。雅日くんが私を小馬鹿にしてきたのが悪いんだからね」

「なるほど。二人の意見が食い違ってるということは、悪いのは柊真のほうか」

「おいっ。なんで迷いなく俺を戦犯だと決めつける!」


 異議あり! と女子贔屓する神楽に指さすと、彼は「だって」とさも当然のような顔で言った。


「清水さんは柊真のお世話係だろう。なら、どちらの意見が正しいかなんて考えずとも分かることじゃないか」

「色々とツッコミたい所はあるが……いつのまに清水が俺のお世話係になったんだよ」


 ちらりと横を見れば、清水も俺の意見に同意するようにこくこくと相槌を打っていた。


 不服と訴える俺たちの視線をまともに浴びる神楽は、そんな男女を交互に見やりながら「だって」と前置きして、


「今日もそうだけど……柊真、最近はずっと清水さんに放課後部活行こうって説得されてたよね」

「……うぐ」

「いやだー。だるいー。行きたくないー、って駄々こねる柊真を清水さんが引っ張りだす様なんてショッピングモールでたまに見かける親子のやりとりそのものだよ」

「……うぐぐ」

「それに僕が移動教室に行こうって説得するよりも清水さんが説得した時のほうが柊真言う事聞くよね。あぁ、あと他にもそう思った要因はあるけど――」

「オーケー分かった。完全に俺が悪い」


 神楽の怒涛の言い分を受け、反論の余地が見つからなかった俺は降参と白旗を挙げるように平服した。隣では清水も、自分がいつの間にかダメ人間の世話をしていたという事実に苦笑いを浮かべていた。


「これだけ清水さんに面倒見られてる事実があるのにお世話されてないというのは自覚が足りないと言えばいいのか仲が良いと言えばいいのか……ひょっとして二人って付き合ってたり?」

「なわけあるか」

「ないない!」

「……否定強くね?」


 そんなに強く否定しなくてもいいじゃん。

 神楽の冗談に顔を真っ赤にして全力で否定する清水にちょっぴり傷つきつつ、俺はくすくすと笑う友人を睨んだ。


「俺はいいけどあまり清水を揶揄うなよ」

「ふふ。分かったよ。今後とも揶揄うのは柊真だけにする」

「できれば俺も止めて頂きたい」

「それは柊真がもう少し自立したら考えてあげるよ」

「自立したら自立したで「あの時の僕に面倒見られた柊真はどこに行ったんだ」とか言うだろ絶対」

「ご明察」


 内心を隠す気もないらしい友人に、俺は忌々しい奴めと舌打ち。


「……それにしても、あれだね。柊真は人に自分をお世話させる才能があるみたいだね」

「なんだそれ。いらねぇよそんな才能」

「でも僕や清水さんのかげで、どうにかまともな中学生活を送れていることは否定できないだろ」

「……うぐ」

「清水さん。もう痛感してると思うけど、柊真のお世話は大変だよ。基本やる気がないから行動は遅いし、授業だって寝てばかりだからあとでノートを写させてあげなきゃいけない。亀の相手をしてると思ったほうがいい」

「あ、あはは。薄々痛感してはいるよ」

「はぁ。お世話係が一人増えても、柊真の日常はあまり変わりそうにないね」

「清水も俺の面倒見てくれるなら、むしろもっとだらけていいってことにならね?」

「あまり調子に乗ると本当に見放すからね?」

「……じょ、冗談だよ」


 季節は移ろう。けれど、身の回りの変化はさほどなく。


 俺の日常は、今日も穏やかでどこか退屈としていながらも、二人の友人のおかげでそれなりに充実した日々を送れるのだった。


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