過去話2  俺が応援してやるよ

 放課後の部活ほど怠いものはないと思う。


「じゃあね。柊真」

「部活行きたくないぃ」

「そう言いつつ荷物を背負ってる所見ると、柊真って根は真面目な部分が窺えるよね」


 くすくすと笑いながら指摘した友人、神楽に、俺は不愉快と訴えるように鼻に皺を寄せた。


 自分でも性根が腐り切っていないと自覚しているだけに、神楽のその指摘が的を射ていると思えてしまってバツが悪くなった。


 顔をしかめながら神楽に手を振って教室を去れば、先程の会話の内容も相俟あいまって自分の方からグラウンドに向かっている感じがして、それが余計に自己嫌悪欲を煽ってきた。


「やりたくもないこと強制させられてる時点で何が楽しいのか全く分からん」


 陸上部に入った動機なんて適当にこなせそうだったからだ。皆瀬も同じ理由で入部を決めたとのことだが、アイツは最近走り幅跳びの面白さに気付いたらしくやり甲斐を感じて頑張っている。


 他の一年生も皆瀬と同様だ。


 慣れない部活から徐々に自分の成長を感じて、そこでのやり甲斐や目標を決めて行動している。やる気のない連中だってそれなりに練習はこなしているので、やはり自分が浮足立っていると感じてしまう。


 まぁ、それを感じた所で直す気もないんだけど。


「結局俺は俺ということで――あ」


 と、才能もなければ努力家でもない、負け犬根性が染みついた人間らしい言い訳を虚空に向かって吐いていると、目の前の教室から見覚えのある少女が出てきた。


 挨拶しようか悩んだが向こうも俺に気付いたらしく、瑠璃色の瞳をわずかに見開いてあ、と声を上げた


「――雅日くん」

「うぃっす。清水」


 清水柚葉。茶の短髪と瑠璃色の瞳が特徴的な少女は、ぎこちなく俺の名前を呼ぶととたとたと俺の下までやって来た。


「み、雅日くんも今からグランド行くの?」

「サボっていいならこのまま帰る」

「そ、そんな……監督に何も言わないで帰ったら怒られるよ?」

「冗談だよ」


 おろおろと狼狽ろうばいする清水に苦笑しつつ、俺はなんとなく彼女と歩調を合わせて廊下を歩き始めた。


 清水とは一か月前に知り合ったのだが、その経緯が少々複雑なので割愛させてもらう。まぁ、要約して説明すると、怪我をした清水に軽い手当をしたくらいだ。


 以来、清水とはこうしてたまに話すようになった。友達と呼べるほどまだ親密ではないが、それでも俺にとって清水は女子で普通に話しかけてくれる子という貴重な存在だった。長くこの関係が続くようであれば、きっと彼女は俺の大切な友人になる気がした。


「ねぇ、雅日くんていつもつまらなそうに部活してるけど、そんなに部活嫌いなの?」

「大っ嫌い」

「顔をしかめるほど……それなのになんで続けてるの?」

「そんなの此処ここが部活は強制入部だからに決まってるじゃん。不良だと勘違いされたくないからテキトーに陸部に入っただけぇ」

「でも、雅日くんて足速いよね?」

「そら陸部に入ったんだから自ずと足は速くなるだろ」

「ええと、言いたいことはそういうことじゃなくて……雅日くん。入部初日から足かなり速かったと思うんだけど……」

「そうかぁ?」


 清水の言葉に思い当たる節がなく首を捻る。


「うん。ほら、入部してすぐに100メートル走の記録を取ったことあるでしょ」

「あー。そんなのもあった気がする」

「その時、皆息切らしてたけどさ、雅日くんだけ余裕そうな顔してた気がするんだけど?」

「そらあの時手抜いてたからな」

「自慢げに言うね」


 清水は苦笑しつつ、


「それでも、雅日くん一年生の男子部員の中で記録は上の方だったよ」

「なんでそんなの知ってんの?」

「私、その時記入係やってたんだ」


 なるほど。それならたしかに記録の確認はできるな。それにしても数か月前の記録を未だに覚えてるとかすげぇな。俺だったらその日には絶対忘れてる自信があるぞ。


「ま、最初は良くても今はもう違うだろ。みーんな俺より速くなってる」

「雅日くんだって速くなってるはずだよ」

「ないない。俺は何もかも手抜いてるせいで大して成長なんてしてないから」

「なら真面目にやれば今からでも皆に追い付けるんじゃない?」

「追い付いた所でなぁ。陸上で成し遂げたいことなんて特にないし。頑張って結果を残したところでまた次の結果を出すために努力し続ける羽目になる」


 それって――、


「それって疲れない?」

「――――」


 苦笑気味にそう清水に問いかければ、彼女はただ目を大きく見開いたまま沈黙した。


 俺の言葉の意味を必死に理解しようとしている顔。咀嚼そしゃくして嚥下えんげしようとしている。けれど、当然だが俺とは感性の違う彼女はこの言葉を受け入れることはできなかった。


「――私は、努力して成長する自分を実感できるのは楽しい、かな」

「そっか」


 俺には俺の。清水には清水の生き方がある。俺はそれを決して否定しないし、彼女のその気骨には純粋に脱帽だった。


「そうやって努力できる清水はすげぇな」

「っ!」


 俺には到底できない生き方だ。頑張るとかそういうこと事体が性に合ってないといえばいいのか、とにかく何事もそつなくこなせればそれでい構わないと思っている俺には、清水の姿がきらきらと輝いて見えた。


「俺は応援してるぞ。清水のこと」

「ほ、本当?」

「おう。大会の時は誰よりも清水のこと応援してやる」

「ほ、本当に⁉」

「お、おう……」


 前のめりに問いただしてくる清水にぎこちなく頷けば、清水は嬉しそうに顔をくしゃっとさせた。


「や、約束だよっ。絶対に私のこと応援してねっ」

「分かったよ。俺がお前のこと見ててやる。頑張るのは嫌いでも、頑張るやつを見てるのは嫌いじゃないからな」

「やった」


 心底嬉しそうにガッツポーズする清水。はたして俺如きの応援で彼女に力を与えてあげられるかどうかは分からないが、それでも、


『――ま、こんな喜ぶ顔みたら、ちゃんと応援してやらないとな』


 不思議な縁で繋がった少女。この子との約束は、何故か絶対に守らないといけない気がした。



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