第97話  期末テストの様子

「だっはぁぁぁぁ! 頭がパンクするぅ」

「初日からこれとか先が思いやられるな」


 期末テスト初日。その始まりとなる三教科の試験を終え、本日の日程は終了。


 机にぐったりと項垂れる柚葉の下に集合した俺と神楽は、その疲労困憊ぶりに苦笑を浮かべた。


「そういう柊真は今回も余裕そうだね」

「ん? まぁ、ずっと勉強してたからな。今更あの程度の問題につまづかないよ」

「チッ。中学まで赤点回避しかしてこなかったヤツが急に頭いいやつぶりやがって」

「はんっ。どこぞのおバカさんとはここの出来が違うんですよぉ」

「んんだとこらぁ!」


 嘲笑を浮かべた俺に柚葉はフグのように頬を膨らませた。そのまま怒りを拳に乗せて殴り掛かってくる柚葉を適当に受け流しつつ、俺は神楽との会話を再開する。


「そう言う神楽は?」

「僕の方も順調かな。ま、少なからず赤点は取らないよ」

「これ抜ければ夏休みだからなぁ。赤点なんて取るヤツまず……いないよな」

「おいっ。私を見ながら言うな! 私だって今回は自信あんだからね!」

「そういうわりには顔色悪いように見えるけど?」

「じ、自信があるのと結果はべつじゃん!」

「間違って解答欄一個ずれてないといいな」

「…………」


 いつものように柚葉を嘲笑した直後だった。それまで威勢のよかった柚葉が急に黙り込み、俺を攻撃してくる拳をピタリと止めたのは。


「え、嘘。冗談だよな?」

「…………」

「おおい⁉ なんか答えろよ⁉」


 なんで顔青ざめさせたまま硬直してんだよ⁉ 普通に怖いんだけど⁉


 俺としては冗談で言ったつもりなのだが、柚葉はどうやら思い当たる節があるようで。


「……か、解答欄。一個分からなくて空けたんだけど、それやらかしてないよね⁉」

「知らねえよ⁉ え、マジ⁉ 本当にやらかしたの⁉」

「うわぁぁぁぁぁ! どうしよう⁉ 急に自信なくなってきた⁉」

「はぁ。テスト前にあれほど最終確認は忘れるなって言ったのに」


 狼狽ろうばいする俺と柚葉を見て、神楽が困り果てたようにため息を落とす。


「……さよなら二人とも。そしてグッバイ私の夏休み」

「言っておくけど補講付き合わないからな」

「ちょっと! そこは親友に付き合いなさいよ!」

「なんでそんなだるいイベント付き合わなきゃならないんだよ。普通に補講仲間とよろしくやれ」

「私以外いなかったらどーすんのよ!」

「そん時は仕方ないから付き合ってやるよ。神楽も同伴で」

「ちょっと。勝手に僕を巻き込まないでよ。僕は夏休み、志穂しほとのデート以外は外に出ないって決めてるんだから」

「「ちょっとは外に出る気概をみせろよ」」

「柚葉はともかく柊真には絶対言われたくないね」


 柚葉と揃って睨んだのに何故か俺だけ反撃されたので、遺憾いかんという意思を込めて一発ボディーブローを神楽の腹に入れてやった。すると神楽も「一発は一発だからね」と小学生みたいな論理を振りかざすと、男子高校生とは思えない幼稚な喧嘩が勃発した。


 殴り合う(とはいってもお互い手加減している)俺と神楽。それを見て盛大に呆れている柚葉の構図が約三分間ほど続くと、


「しゅうー! ……バカ弟帰るぞー」

「なんで名前呼びからバカ弟の方に修正した? そこんとこ詳しく聞かせてはいただけないでしょうかお姉さま」

「遊んでないではよ帰るぞ。バカ」

「姉ちゃんより頭はいい」

「んだよこらぁ!」


 神楽とじゃれ合っていると教室の端から俺をバカ弟呼ばわりする声が聞こえてきた。頬を引きつらせながら振り返ってみると、呆れている姉と困った表情を浮かべている藍李さんの姿があった。そんな二人――我が校では美人&可愛いで有名な二人の登場に、教室が一斉にざわついた。


「……やっぱあの二人はいつ見ても華になるよなぁ」「可愛い系と美人系のツーショットやべぇ。写真撮ろっかな」「片方姉で片方カノジョとか、雅日のやつ羨ましすぎるだろ」「呪ってやろうぜ」「だな。犬のウンコ踏め」


 俺の罵詈雑言ばりぞうごんが凄まじかった。ぶん殴ってやろうかなと思いつつも、しかし俺もそちら側だったら間違いなく妬む側に回っていただろうと容易に想像できてしまうだけにその非難もつい納得してしまった。


 なので彼らの嫉妬は苦笑に浮かべて適当に受け流しつつ、俺はこの教室をざわつかせる元凶の下へと歩み寄った。


「まだ帰り支度整えてないからもうちょっと待って」

「まったく。女二人を待たせるなんてアンタもいい度胸持つようになったじゃない」

「すいません藍李さん。もう少しだけ時間ください」

「あはは。私は大丈夫だよ。ただ……」


 藍李さんの手を握りながら謝罪していると、姉が不服と訴えるように叫び声を上げた。


「おいっ! 露骨な恋人贔屓ひいきするなぁ! 姉にも一言詫びろ!」

「あ、姉ちゃんは待つの退屈だったら先に帰ってていいよ」

「詫びるどころか邪魔者扱い⁉」


 ぷりぷりと頬を膨らませた姉は、怒りを露にするように俺の頭をはたいてきた。


「ほらっ。早く支度済ませな。今日は私らの家で藍李も勉強するんだから」

「今日は、じゃなくて今日も、だろ。テストの度に家に呼びつけられる藍李さんの身にもなれ」

「とかいいつつアンタだって藍李と一緒にいられて満更でもないくせに」

「そらそうだろ」

「んがっ。照れもなく認めやがった」

「? 姉ちゃんだってカレシといられるときは嬉しいだろうが」

「そりゃそうだけど……しゅう、今の藍李の顔見てみなさい」

「はぁ?」


 何故か呆れ顔の姉ちゃんにそう促されて、俺は眉根を寄せながら隣にいる藍李さんへと振り返った。振り返って、目を剥く。


 見れば、そこには何故か顔を赤く染め上げ俯いている愛しの恋人の姿があって。


「なんで照れてるんですか⁉」


 普段は褒めても飄々ひょうひょうとした態度で受け止めるのに、今回は何故かクリティカルヒットを叩き出した。


 たぶん、不意打ちだったのろう。首を捻る俺に、藍李さんは「だってっ!」と両腕を振りながら答えた。


「いきなり一緒にいて嬉しいとか言われたら、そんなの照れるに決まってるでしょ!」

「いつも言ってません?」

「たしかに言ってるけど! でも不意打ちはずるいよ!」


 そう言って藍李さんは真っ赤にした顔を両手で覆い隠した。俺としてはその隠した顔を是非とも拝みたいのだが、ここでは大勢の目があるのとその表情は独り占めしたいからという理由で今回はそっとしておくことにした。


 とりあえず、


「すぐに身支度整えてくるので、少しだけ待っててください」

「……うん。ずっと待ってる」

「はは。そんなに時間掛かりませんよ」


 サラサラな黒髪にぽん、と手を置いて、朗らかな声音ですぐに戻って来ると告げる。こくりと小さく頷いた彼女を見届けて、俺は急いで自席へ戻った。


「じゃあな。柚葉ー。神楽ー」

「「……またねー」」

「?」


 その前に柚葉と神楽に別れを告げることを思い出し、何故かぽかんとした顔をしている二人に向かって手を振った。二人はやや遅れて手を振り返してくれたものの、口は半開きのままだった。なんで二人が唖然としているのかが分からず、俺は小首を傾げるばかりだった。


 そうして俺が友人たちに挨拶を済ませて身支度を整えている一方で、教室の入り口で佇んでいる姉ちゃんと藍李さんはというと、


「……藍李としゅうっていつもあんな感じなの?」

「うん。でも、最近はすごくしゅうくんから甘えてきてくれるの。そう扇動せんどうしてるのは私なんだけど……でもさっきのあれは反則だよ。優しいと可愛いの波状攻撃食らっちゃった」

「あはは。お幸せなようで何よりでーす」


 そして真雪姉ちゃんは、幸せそうな日々を送っている親友をまじまじ見つめながら、周囲の意見を代弁するように呟いたのだった。


「……甘すぎて口から糖分吐きそう」





【あとがき】

藍李。すごく幸せそうでいいですね。しゅうもめちゃくちゃ幸せそう。

さて、次回からついに『お泊り会』です。最高に特濃で特甘なお泊り会、超お楽しみください。


更新情報↓

第98話 1/20 16・05分ごろ

第99話 同日  20・05分ごろ



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