第96・5話  ※ゴムの薄さについての問題はテストに出ません

「――だぁぁぁぁ! 藍李さんにあんなキスされて、それでどうやって勉強脳に切り替えろって言うんだよぉぉぉぉぉ!」


 藍李さんとの濃密なキスから数時間後。熱に浮かれたまま帰宅した俺は、家族との夕食を終えて現在はベッドで悶絶している最中だった。


「……はぁ。あんなえろいキス、簡単に忘れられるわけないだろ」


 あれからかなり時間が経っているはずなのに、唇と舌にはまだ藍李さんがくれた熱が余韻として残っている。


 唇に指先を触れれば身体の芯が一気に火照るような感覚に襲われて、俺の意思に関係なく交わしたキスを想起させてくる。


 なんとも刺激的で、甘くて、濃密なキス。彼女の高揚に赤く染まった頬と、艶やかな表情。


 頭が沸騰ふっとうして、思考がショートした。思考を放棄してただ唇と舌先に全神経を注いで堪能した。あの短くも長かった一時を忘れられない。


 あと一歩。いや、もう正直に打ち明けよう――めちゃくちゃ藍李さんを襲いたかった。


『テストが終わるまで我慢する』、その発言がなかったらきっと、俺は藍李さんのことを逆に押し倒していた。


「……いいんだよな。だってもう、正式な恋人なんだし。何なら婚約者なんだし」


 それに、なんだかんだむこうも俺と〝アレ〟をすることを望んでいる気がする。


 思えば、そうだ。正式に交際するまでの間も藍李さんは俺に襲われても構わないという素振りをずっとみせていた。


 デートの時はわざと胸を押し付けてきたり、キスマークを残す時はもっと強く刻み付けるよう命令してきたり――その傾向はずっと窺えていた。


「ヘタレじゃねえか、俺」


 こうしてみると、よくカノジョからの熱烈なアプローチにこれまで気付かなかったものだと心底自分に呆れる。


 まぁ、言い訳になるがあの時は自信がなかった。本当にこの人の恋人が自分に務まるのだろうかと、ずっと不安だった。


 その不安も、中庭での告白と、それから彼女が俺にだけ注いでくれる愛情でもう完全に払拭されている。


 今はただ、藍李さんの恋人カレシでいられることに誇りを抱いているし、矜持だってある。だから積極的にキスだってしているし、他人の目なんてはばからず手を繋いでイチャイチャしているわけだ。


 自分に自信がついた、とでも言えばいいか。それとこうも言えるな。あの人は絶対に自分を裏切らない。


 俺はあの人に、依存体質を与えられてしまっている。


 ――『私無しじゃ生きられない体にしてあげるね』


 最近、藍李さんからよく聞く言葉。それは雰囲気やその場のノリで言っているわけではない。本気で俺を藍李さん無しじゃ生きられない身体に改造するつもりなんだと、あの人の目をみれば分かる。


「それでもし捨てられたら、その時は本当に廃人になるかも」


 実は藍李さんに嘘でも一度フラれたことがちょっぴりトラウマになってたりもする。けれど、それもあの人の策略の内なんだろうな。


 そうやって俺には藍李さんしかいないことを自覚させて、理解させて、彼女への依存性をより確固たるものにする。


 その術中にまんまとはまった俺は、既に藍李さんを絶対に裏切らないという意思を強固にさせている。それだけじゃない――藍李さんがくれる愛情を、余すことなく享受して自分という器に注げている。おかげで、俺はもう後戻りできないほど体が緋奈藍李という女性一色に染め上げられてしまっている。しかもそれが純愛だから余計に質が悪い。


 藍李さんが垂らす甘い蜜が、もう俺をカノジョの盲目なカレシに仕立て上げてしまっているのだ。


「あんな超絶美人で可愛い人からたっぷり愛情なんか注がれたら、誰だって傀儡かいらいになるよなぁ」


 俺がクズだったら藍李さんのヒモ確定だ。そこまで堕とすレベルで、彼女が相手に捧げる愛情は深く、一途で、欲望に満ち溢れている。だからこそ同時に、俺が彼女の恋人でよかったなと思える。


 何故かって? その理由は至って単純シンプルだ。だって、俺は彼女がくれる愛情を、同じくらい彼女に返してあげたいと思っているから。


『――俺だって藍李さんと同じだ。俺も、あの人に俺無しじゃ生きていけない体になって欲しい』


 つまり共依存というわけだ。俺も俺で、我ながらにこの考えは恐ろしいと思ってる。


 でも、俺はやっぱり、片方に甘えるんじゃなくて、お互いに甘やかし合っていきたい。共に歩んでいきながら幸せになることこそ、いつまでも絶えず笑顔でいられる条件だと思ってるから。


「もっと藍李さんのこと愛したいな」


 俺たちはまだ付き合ったばかりで、お互い知らないことばかりだ。それをこれから時間をかけて知っていきたい。もっと、彼女を幸せにしてあげたい。


 その為にはまず目先の期末テストを乗り越えなければならないのだが……、


「――んがぁぁぁぁぁ! やっぱテスト勉強できねぇぇぇ!」


 逡巡を挟めば少しは冷静さを取り戻すかと思ったのだが、一瞬でも油断すると藍李さんの唇の柔らかさと絡み合った舌の滑らかさを思い出してダメだった。


 身体は火照って止まないし、俺の息子も今日はめちゃくちゃハッスルだった。


 キスでこれなんだから、本番の時はどうなっちまうんだよ。興奮し過ぎて爆発しないよな? カノジョに情けない姿はみせたくない。


「なんだよこれ。テストより緊張すんだけど」


 テストが終わったら藍李さんの家に泊る。ということはつまり、もうそういうことだ。本番間近。あと七日後。長いようで短いし。短いようで長い。テストに集中してたらあっという間だ。


「……とりあえず、一回ゴム買って付ける練習しておかないと」


 本番の時にもたついてカッコ悪い所なんてみせたくないからな。男たるもの、そういうのはスマートにするべきだ。よって今のうちに勉強だ。テスト対策よりもそっちが最優先。いや、これもある意味ではテスト勉強だな。保健体育の。夜の実技ってやつだ……絶対テストに出てこないけど。


「ネットで買うべきか……いや、もし母さんにバレたら悶え死ぬ自信あるからダメだな。……あとでコンビニ行こ」


 そんなわけで、俺の夜はこうして来る日の準備で更けていくのだった。備えあれば患いなし、というやつだ。


「……やっぱゴムって薄い方がいいのかな?」




【あとがき】

昨日は4名の読者さまに★レビューを付けて頂きました。いつも応援ありがとうございます。

そしてカクヨムコン9もついに佳境です。最後まで突っ走りますので、まだ★付けてねぇやといった方は是非ぶっこんで頂けると作者の腰痛が和らぎます。


 Ps:ちなみにしゅうくんも藍李と一緒で藍李のこと想像しながら自家発電してます。やっぱそういう所も含めてしゅうくんは可愛いですね。


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