第96話  期末テストが終わったら

「んっ」


 勉強会もつつがなく終了し、少しだけカノジョと甘い時間でも過ごそうかと思案していた最中。俺は無言で詰め寄って来たカノジョに唐突に押し倒され、短い問答のあとに唇を奪われた。


 数十秒にも満たない時間の中で情報が二転三転する。どうにかそれらを整理しようとする脳内はしかし、甘い色香と恋人の柔らかな唇の感触に思考を侵されてしまった。


「好き。しゅうくん。大好き」

『な、なんでこんなに藍李さん興奮してんの⁉』


 理由はよく分からない。ただ、重ねる唇から伝わって来る熱が、必死に愛情を注いでくる。


 長いキスだった。


 唇を重ねる間際にしたあの問答よりも、一度目のキスよりも、長く。熱く。甘い時間が続く。


「ぷはっ! あ、藍李さん……ながっ……」

「もっとしよ」

「んむっ⁉」


 一度目のキスがようやく終わるも、その後間髪入れずに藍李さんは二回目のキスを迫ってきた。


『甘えたかったのかな。それとも勉強のストレス?』


 いずれにせよ何らかの鬱憤フラストレーションは溜まっていたのかもしれない。それが爆発して、俺に強引なキスを迫ってきたのだと推測すれば、鈍る思考が彼女の好意を受け止めようと強張った身体の力を抜いていく――その瞬間だった。


「――れろぉ」

「――っ⁉」


 不意に、触れ合う唇から柔らかさ以外の何かを感じた。否、柔らかさは変わらない。ただ、それは唇とはまた別の柔らかさがあって、それと同時にヌルッとしていた。


 その粘液質の何かは、俺の結んだ口をこじ開けるように左右に動いた。


 これ、と俺が確信に思い至ったのと藍李さんが要求してきたのはほぼ同時だった。


「しゅうくん。口。開けて」

「――――」


 躊躇い。そんなものはなかった。ここにきて散々自分のことを藍李さんの従順な恋人ペットだと脳みそに刷り込ませていたことが仇となってしまった。


 揺らがず見つめてくる紺碧の瞳に、俺は抵抗する素振りすらみせずにその要求を受け入れてしまった。


 ここで一度彼女を無理矢理にでも引き剥がすべきだったと、気付いた時にはもう遅い。


「ふふ。それでいいの」

「――ぁ」


 わずかに隙間を空けた口唇から、それを受け入れた合図と認識した彼女の舌が歓喜するように咥内に侵入してくる。


 反射的に奥に引っ込めた舌。だが、その抵抗は無意味だ。舌先と舌先が触れ合った瞬間、黒瞳こくどうが映す恋人は不敵な笑みを浮かべた。胸の高鳴りを熱い吐息に変えて、押し寄せる激情を瞳にたたえて、藍李さんはなんとも艶やかな表情をかたどった。


「んぅ……れろっ……ふふ……これ、すご」

「あ、藍李ひゃんっ……」

「んちゅっ……にげちゃ、だめぇ……もっとしよぉ」

「んんんっ‼」

「しゅうくんの唾液……私にちょぉらい」


 互いの舌が絡み合う。というより、藍李さんが一方的に俺の舌を絡みとってくる。逃げようとしても逃がしてはくれず、執拗しつように追ってくるのだ。


 まるで現実の俺と藍李さんの関係のようだった。けれど今そこにあるのは、愛情というより欲望を満たさんとメスの本能を剥き出しにする女豹の蹂躙じゅうりんだった。


「あはっ。しゅうくん、可愛い……私これ、ハマるかも」

「んんんっ⁉ んっ!」

 これ、マジでやばい!


 思考がぐちゃぐちゃになる。普通のキスだけでも十分心臓がパンクしそうなのに、これはもう爆発するやつだ。


 藍李さんの甘い香りと柔らかな唇の感触。それに加えて滑らかな舌の絡み合いの応酬――エロいとかそういう次元の話じゃない。ぶっ飛ぶ。思考が。心臓が。意識が。


 身体が限界を迎えていることを恋人に伝えるようとするも、上手く息継ぎもできなければ呂律も回らない。藍李さんが無我夢中で俺の舌の感触を堪能しているせいだ。


 代わりに足をばたつかせてギブアップだと意思表示をみせるも、藍李さんはそれを無視してこの濃密なキスを続行していた。


「息苦しい……でも、それがもっと興奮する。愛し合ってるって実感する……しゅうくん。しゅうくぅん。もっとしよぉ」

『マジかよ⁉ ……この人っ、満足するまで止めないつもりだ!』


 俺のギブアップ表明は無意味に終わり、もはや抵抗するだけ無駄だと悟ってから何十秒が経っただろうか。


 ようやく溜まりにたまった鬱憤うっぷんを晴らした藍李さんの顔は、それでもまだ愛したりないと不満げな顔をしていて。


「――あぁ。やっぱり早く恋人になって正解だな。こんなえっちなキスできちゃうんだもん」

「……は、はは。そう、ですね」


 互いの唇が離れていく最中。たらりと引く糸が見えた。唾液の糸だ。俺と藍李さん。それぞれの唾液が交じり合い、そして繋がった淫らな糸は、途中で空で絶たれて俺の頬に落ちる。


「れろぉ」

「っ⁉」


 それを勿体ないとでも思ったのだろうか。また顔を近づけた藍李さんは、俺の頬に垂れた唾液の残滓ざんしを紅色の舌で這うようにして舐めとった。


 ぞくりと、背筋に悪寒が走って目を剥かずにはいられない。そんな瞠目する俺をゆったりと顔を上げた藍李さんは、凛々しい顔に妖艶な笑みを浮かべながら見下ろしていて。


 それから、彼女はぽつりと呟いた。


「期末テストが終わるまでは我慢する」

「――?」

「でも、それが終わったら、家に泊って」

「っ!」

 

 その懇願が何を意味するのかは、この情熱的なキスをされた後なら否応なく分かってしまって。


「――はい」


 もう自分たちを縛るものはないもないことを知っている俺は、最愛の人からのお誘いに、逡巡しゅんじゅんなく頷いたのだった。





【あとがき】

皆様お待ちかねっ。お泊り回&確約された叡智回の公開はもう間もなくでございます。明日1/20(土)の2話更新後、1/21(日)は朝から夜にかけて3話くらい? 叡智な回が続きます。二人の初エチチ回なのになんで3話以上もあるんだよというコメントはするな。分割しなきゃ1話2万字くらいいくんだよ初エチチ回。


一応、ひとあまは全年齢版ですので、そういった過度な表現は控えつつ書きました。が、読者様一同の象さんを大きくできるよう最大限工夫と更新ギリギリまで改稿しますので、初エチチ回、お楽しみください。これを無料で読み放題なのかよ、というコメントお待ちしてます。


Ps:叡智回は分かりやすくサブタイに『◎』つけといてあげるね。いらん気遣いとか言うなよなっ。


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