第89話  大好きだから譲れない

 突然だが問題だ。


 来月末。大抵の学生にとっては最高の一言に尽きる一大イベント。皆大好き夏休みがやってくる。そして、その前に立ちはだかる最大の壁といえば、いったいなんでしょう。


 5・4・3・2・1――答えはそう、悪夢の『期末テスト』だ。


「うわぁぁぁん! もう無理ぃぃぃ! 頭が爆発するぅぅぅぅ!」


 悪夢の期末テスト。その足音が一歩ずつ近づいてくる恐怖に、姉ちゃんは頭を抱えながら阿鼻叫喚あびきょうかんとしていた。


 ぐてぇ、と机に倒れ込む姉ちゃんを見て俺は苦笑を、そして彼女の先生役を担っている藍李さんは辟易へきえきとした風にため息を落としていた。


 我が家では現在、来週に差し迫った期末テストに向けて勉強会が開かれていた。


 ……とはいっても成績的に心配なのは姉ちゃんだけなので、二人と学年が違う俺はほぼ自己学習に近かった。


 俺の方はテスト対策の大詰めといった感じで、あとは予習復習を繰り返すだけだった。赤点に関してはまず採ることはないだろう。なので、大変なのは姉ちゃんの赤点回避に付き合わなければならない藍李さんばかりだった。


「おい姉ちゃん。藍李さんに勉強教えてもらってるんだからすぐ匙投げだそうとすんなよ」

「弟の分際で姉に説教とはいい度胸だな! 第一っ、アンタだって藍李に勉強見てもらってるでしょうが!」

「俺は問題に詰まった時しか聞いてないからセーフでーす。何もかも教えてもらってる姉ちゃんと同列に扱わないでくださーい」

「なんて生意気な態度⁉ この間まで私と同じくバカだったくせに!」

「俺、やればできる子だから。やる気スイッチ押された俺を舐めんなよ?」

「私だってその気になればこんな問題すぐ解けるも……ダメだ全然分からない⁉」

「バカじゃねえか」

「……あはは」


 弟の生意気な態度に憤慨ふんがいして、見返してやろうと再び教科書に向き合うもしかし、姉ちゃんは決して難しくはない問題を前に口から白い煙を上げた。どうやら普段それほど使っていない頭を回しすぎたせいでショートしたいみたいだ。……どんだけ勉強嫌いなんだこのアホ姉は。


 そんな今日も変わらずころころと表情を変える姉ちゃんに俺と藍李さんは揃って苦笑を浮かべた。


「なんでこんなのも解けないのかなぁ。これって、この式代入すれば解けるんじゃないの?」

「おい。なぜ二年生の問題を一年のアンタが解けるんだ⁉」

「これ俺が今習ってる所の応用問題だろ。ここをこうして、この式を代入すれば……藍李さん。これで合ってますかね?」

「え? えっと、ちょっと待ってね。確認するから」


 と姉のノートを搔っ攫って解いた式を藍李さんに見せると、彼女はぱちぱちと目を瞬かせながらその式を確認した。


 俺の解いた式と自身の頭の中で展開する式を照らし合わせること数秒。確認し終えた藍李さんは、驚いたような吐息をこぼした。


「……合ってる」

「うっそ⁉」

「ふふん」


 正解と小さく感嘆をこぼす藍李さん。それに、姉ちゃんは目を白黒させ、俺はいっそ清々しいほどのドヤ顔を決めた。


「ほんと凄いよしゅうくん! 二年生の問題解けちゃうなんて!」

「あはは。たまたまですよ」

「たまたまでも凄いよ!」

「えへへ。藍李さんに褒められたくて勉強頑張ってるから、今めっちゃ嬉しいです」

「ふふ。本当にキミって子は。これはあとでカノジョがご褒美あげないとダメかな?」

「やった。それじゃああとでご褒美ください」

「うん。たくさん頭撫でてあげるね」


 恋人同士に漂う甘い空気感。それを端で眺めていた姉ちゃんはなんとも不愉快そうに膨れっ面を浮かべていて。


 そんな姉は、恋人にデレデレの俺に何かいいたいことでもあるように半目で睨んだあと、思いっ切り頬をつねってきた。


「おい貴様。私と藍李とでも随分とまぁ反応が違うじゃないか!」

「いててっ! 姉と恋人なんだから態度が違って当たり前だろうがっ!」

「たまたま二年生の問題が解けたからって調子に乗るなし! 藍李も藍李だよ! 私のことは全然褒めてくれないのにしゅうだけ露骨に甘やかすのは依怙贔屓えこひいきだよ! 将来の義姉ねぇちゃんが泣くぞ!」

「みっともない脅しだなぁ」

「ま、真雪も頑張ってる、わよ?」

「なんで歯切れ悪いのさ!」


 姉の威厳はどこへやら。大好きな親友に構って欲しい姉ちゃんはさらに駄々を捏ねる。


「もっと私を褒めて! 甘やかして! そしてアンタはでしゃばるな」

「はぁ⁉ 俺は藍李さんの恋人なんだからいいだろべつに! そもそも姉ちゃんは藍李さんに面倒見てもらいすぎなんだよ!」

「はぁ! 私は藍李と親友なんだからいいんですぅ! それに勉強見てもらってることもいつものことだもん!」

「少しは自分で勉強しろ! このバカ!」

「できないから藍李様に助けを求めてるんじゃん! あと私はバカじゃなくてちょっと勉強が苦手なだけですぅ」

「開き直るなっ! 姉ちゃんなんか赤点出て夏休み補講まみれにでもなっちまえ!」

「なんだとこらぁ!」

「やんのかこらぁ!」


 恋人を姉ちゃんにられたくない俺と。

 親友を弟にられたくない姉ちゃん。


 そんな互いの譲れぬ想いがついに爆発し、遂に姉弟喧嘩が始まってしまった。


「この際だからハッキリ言っておくけど、姉ちゃんは藍李さんに甘え過ぎ! 生徒会に入ってるんだからもう少ししっかしろ!」

「はぁ⁉ そういうアンタだって藍李に甘えてるじゃん! 毎週毎週藍李とデートして美味しい手料理食べさせてもらってるんでしょ! 私なんて片手で数えられるくらいしか藍李のご飯食べたことないんだからね!」

「恋人特権だ!」

「じゃあこっちは親友特権だよ!」

「ええと……あの、二人とも、ちょっと落ち着こう?」

「「藍李は黙ってて! (藍李さんは静かにしててください!)」


 もはや勉強そっちのっけで俺と姉ちゃんは口論を白熱させた。お互い、藍李さんのことで日頃から溜まっている鬱憤うっぷんを爆発させて相手にぶつけ合う。


 俺も姉ちゃんも藍李さんが大好きだからこそ、簡単には譲りたくなくて。


「だいたいアンタは藍李と――」

「それを言えばそっちこそ藍李さんに――」


 ますますヒートアップしていく姉弟喧嘩。それをおろおろとした表情で眺めていた藍李さんはというと、


「……はぁ。ぜんぜん勉強進まない」


 自分のことを好きすぎる姉弟に嬉しくは思いながらも、終わりの見えない姉弟喧嘩に重いため息をこぼすのだった。




【あとがき】

昨日は11名の読者さまに★レビューをつけて頂けました。☆1000まであと300を切りましたが、遠いよ! 全然到達する気がしない! あと100人どうやって呼び込めばいいのか全然分からん! 

えっちなシーンでも増やせばもっと読者さん呼び込めるかしら? まぁ、地道にこつこつ話を更新してもっとひとあまを盛り上げられるよう頑張ります。


Ps:次話と本話は元々1話だったけど、また5000字越えたので分割しました。なので本日は次話含めて3話更新になるかも。

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