第88・5話  年頃娘の悶々

 結局処女組の知識ではこれといった名案が思い浮かぶことはなく、私は予想通り悶々とさせられる夜を過ごすことになってしまった。


「はぁ。早くテスト終わらないかしら」


 既に予習も終えてベッドに身を預ける私は、スマホに隠し撮りをしたしゅうくんの笑顔を見ながら不満と熱い吐息をこぼしている最中だった。


「きっとしゅうくんは今も勉強してるんだろうなー」


 その一方で彼の恋人である私はというと、暇なので自分の沸々と煮えたぎり続ける欲望を少しでも鎮めるべく、疼く下半身に指先を入れてストレスを発散していた。


 まぁ、言ってしまえば自慰行為だ。


 なんとも後ろめたいことをしている気分だけど仕方がない。これも、襲ってくれないしゅうくんが悪い。


 そんな言い訳を誰にも分らず吐きつつ、より強い刺激を求めて指先を奥へと進めていく。


『脳内ピンク女でごめんね』


 我ながらに私自身も驚いているのだ――まさか、ここまで自分が淫乱だとは思わなかった。


 いや、きっと違う。私をこんな風に発情させるのは、しゅうくんだけだ。仮に、他の男性と交際したとしても、ここまで愛慕が暴走することはないだろう。


 優しくて。一途で。頼り甲斐があって。魅せる反応がいちいち可愛いしゅうくんのせいだ。


 彼が私に慈悲深い愛情を注がれるせいで、こんなにも狂ってしまう。


「んくっ! ……ずるいのは、しゅうくんのほうだよ」


 彼は無意識に私を虜にするんだ。私の暴走を全部受け止めて、受け入れて、そうやって甘やかすから私が思い上がってしまう。彼なら私のどんな醜悪な欲望も愛してくれると理解させて、そうして彼以外の男性の手を取る選択肢を未来永劫潰してくる。


 ずるい。本当に、ずるい。


「あぁ、やっぱりダメだ。早くしゅうくんに会いたい」


 会って手を繋ぎたい。もっと話したい。キスしたい。今まで以上にイチャイチャしたい。


 愛して欲しいし、それ以上に彼を愛したい。


 身も心も全部私を染め上げて欲しくて、私も彼をそうやって私しか見えなくなるように堕落させたい。


 あぁ、私はなんて醜くて、浅ましくて、愛が重い女なんだろうか。


 我ながらに呆れて、失望する。けれど、この身体の疼きはその卑屈精神を以てしても収まることはなくて――。


 ピコン。


「はぁ、はぁ、誰よこんな時にメール送ってくるのは」


 そうやって自分を慰める行為がヒートアップしていく最中、唐突にスマホから一通のメールが届いた。


 一度肉の中をうごめかせる指先を止めて、多少荒い息遣いを繰り返しながら差出人を覗く。――確認したと同時に私はぱちぱちと目を瞬かせた。


「お父さん?」


 メールの差出人は私のお父さんだった。


 こんな時間にメールだなんて珍しい、と思いながら私は片手でスマホを操作して、そのメールを届けたアプリを開く。


 素早くお父さんとの会話履歴が記録されている画面に辿り着くと、こんな新しいメッセージが来ていた。


『明後日。夕方ごろ家に帰って来るよ』

「……あはは。明日じゃないのね」


 仕事で多忙を極める父は、週に2、3度だけこの家に返って来る。その時は必ずこうして事前に一報をくれるマメな父親だ。


 そんなお父さんに私は『了解』といった旨のメッセージを送り返そうとして――ふと、途中まで動いていた指先が止まった。


「……私のほうはもう挨拶済ませたし、これ、タイミング的には絶好の機会じゃないのかしら」


 タイミングとはいったい何のことか――もちろん、しゅうくんを私の婚約者としてお父さんに認めさせる機会だ。


「しゅうくんの方がまだ覚悟できてるか分からないけど、一応お父さんに連絡しておこうかしらね」


 ごめんねしゅうくん。また一人で勝手に決めて。

 そう、胸裏では彼に謝りつつも、しかし指先は文字を打つ事を止められず――


『――お父さん。会って欲しい人がいるの』


 しばらく間が空き、


『あ。やっと会えるのかな?』

『彼が心の準備できてたらね』

『了解。楽しみにしてるよ』

『楽しみにしてて』


 父と娘は、メールの中で明日が訪れるのを楽しみにするのだった。




【あとがき】

藍李さんはしゅうと付き合い始めて(仮期間中も含めて)からほとんど毎日のようにこんな風になってます。そして初キス以降早くしゅうを襲いたくてたまらなくなってます。でも痴女だと思われたくないから〝今はまだ〟大人しくしてます。

…まぁ、お胸揉ませたりキス仕掛けたりと所々我慢できてないけど。

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