第3章――2 【 緋奈藍李は年下カレシとえっ〇したい 】

第88話  藍李さんはそういうお年頃

「しゅうくんとえっちをしたいのですがどうすればよろしいでしょうか」


 ある平日の放課後。心寧と鈴蘭を某有名なカフェへと半ば強制的に拉致らちした私は、それぞれ注文した飲み物を持って席に着くと、神妙な顔で今世紀最大の悩みを親友たちへ打ち明けた。


 その私の真顔に、ギャル二人はお互いの顔を見合わせて、実に困ったように眉尻を下げていた。


「そんなこと処女私たちに聞かれましても」

「つかこの場にまゆっちがいないなーとは思ったけど、なるほどそういうことですか」

「そういうこと。あと単純に今日真雪はカレシくんと放課後デートよ」


 私としゅうくんの熱に当てられたのか、真雪は只今カレシと絶賛イチャイチャしたい模様。というわけで将来の義姉は本日の議会には参加していない。私としても実弟との生々しい話は避けるべきだと考慮して、こうして心寧と鈴蘭だけに先述の相談内容を打ち明けたわけだ。


「その前に一つ確認したいことがあります!」

「えぇ。構わないわよ」

「藍李パイセンと弟くんはもう接吻せっぷんを済ませたのでありますか!」

「したのでありますか!」


 勢いよく手を挙げた心寧が興味津々と訊ねてきて、それに鈴蘭も興奮気味に食いついてきた。

 そんな二人に、私はテーブルの下で足を組むと、恥じらいなく、そして力強く肯定した。


「えぇ。もう済ませたわ。あと婚約者にもなったわ」

「やることやりってますねえ! ……ん?」


 威風堂々とした態度で応じる私に心寧と鈴蘭は興奮に鼻息を荒くする。しかし、その後に何か気掛かりを覚えたのか眉根を寄せた。


「鈴蘭。今、私何か聞き逃してはならない単語ワードを聞き逃した気がする」

「奇遇やな心寧。私もや」


 一人が確認と相方に訊ねると、その相方はエセ関西弁で首肯した。

 お互いに顔を見合い、それから相槌を打つと瞑目している私に向き直った。


「藍李。さっき言った言葉。もう一回言って」

「べつにいいけど……先んじて言っておくけど、別に二人が不審と感じることは私何一つ言っていないわよ」

「はよはよ」

「……はぁ」


 と念押しつつ、私は先ほどの言葉を先ほどと同じ声量。熱量で再生した。


「キスはもう済ませました。あと婚約者にもなったわ」

「んんっ⁉」


 私がそれをもう一度言った瞬間、今度は聞き逃さなかった二人が同時に目を白黒させた。 


 その二人の不思議な反応に首を捻る私――そんな私に、途端、慌てふためく心寧と鈴蘭が声を荒げた。


「今なんて言った⁉ 婚約者⁉」

「婚約者って言ったよねぇ⁉ 確かに聞いたぞ! 聞き間違いじゃないよね⁉」


 驚愕を顔にき詰めた二人に、私は依然として余裕の表情を崩さず、今度もまた力強く肯定した。おまけにピースサインまで作って。勝ち誇るみたいに。


「えぇ。私としゅうくんはめでたく〝婚約者〟となりました」


 イエイ、と白い歯を魅せる私に、その事実をたしかに聞いた二人はさらに愕然として目を剥く。


「二人ともまだ付き合って一ヵ月も経ってなくない⁉」

「正式に付き合ってからはそうね。でも、仮の期間中も含めるともう三ヵ月になるわ」

「いやそれでも早計じゃない⁉」

「どこがよ。あんな世界一可愛い男の子。他の女に渡すつもりないもん。それに、別れる気がないならそれは実質結婚するのと同義でしょ」

「いや確かに理にかなってそうではあるけれども! それにしたって、もうちょいこう、将来について深く考える必要あるんじゃないかな⁉」


 どうやら私がしゅうくんと婚約者となったことに不満というか驚愕を隠せていない二人。


 そんな心寧と鈴蘭の意見を、私は淡々とした声音で論破していく。


「先ほども述べました通り。私はあの世界一可愛くて誠実で真面目でカッコいい雅日柊真くんに惚れておりますし傍で寄り添う覚悟もできております」

「……なんか急に口調変わった」

「そして彼もまた、私のことを心の奥底から愛してくれています」

「それが不変だって言い切れるの?」

「えぇ。私のこの想いは、きっとどれだけの日々を重ねても変わらず在り続ける」


 私は本気の顔で、それこそ自分のこの彼に対する愛慕を否定させてたまるかとでも伝えるように告げた。


「初めてできた恋人に浮かれているわけじゃないわ。私は彼を、私の一番にしたい。しゅうくんはそう思わせてくれる人なの」


 これまでどの告白にもなびいてこなかった私が、しゅうくんには妄信と言っても過言ではないほど敬愛している。自分でも不思議なくらいに。


 きっとそれが、運命なのだろうと思った。


 運命だと思わされるくらいには、私としゅうくんは互いに惹かれ合っている。


「……超ゾッコンじゃん」

「ゾッコンだよ。世界で一番、誰よりも彼を愛してる。この想いを譲る気はない。ううん。誰にも譲らない」

「メロメロじゃん」

「メロメロだよ。だからこそ私は一日でも早くしゅうくんと本当の意味で結ばれたい。――そうすればきっと、この愛情キズナはもっと深まる気がするから」

「「羨ましい」」


 胸に灯るたしかな温もり。それに浸るように両手を胸の前でぎゅっと握ると、そんな私を見て親友たちは羨望を口からこぼした。


「はぁ。私と心寧としては、高校生でもう結婚する約束しちゃうのかよって思うけど、でも今の藍李見たら素直に羨ましくなるわ」

「弟くん。どんだけ愛情深いのよ」

「あら、語っていいのかしら?」

「「絶対ブラックコーヒー飲みたくなるからやめて」」


 くすくすと笑いながら冗談交じりに言えば、二人から真顔で拒否された。むぅ。


 そうして二人に私としゅうくんが婚約者となったことの報告も済ませれば、逸れてしまっていた最初の相談へと話を戻した。


「それで、一応これでも真剣にしゅうくんと結ばれたいと悩んでいるだけど、どうやってセックスあれに誘えばいいのか分からないのよ」

「そうは言われましてもなぁ」

「シンプルに放課後家に誘ってやっちゃえばいいじゃん」


 悩む心寧と匙を投げだすように言った鈴蘭。その対照的な態度に私は苦笑を浮かべた。


「それでもいいんだけどね。でも、やっぱり初体験をそんなムードのない感じで済ませたくないの」

「気持ちは分かる。でも、そう言ってたらずるずると引き摺りことにならない?」

「藍李は一日でも早く弟くんに自分の魅惑ボディを味わい尽くして欲しいでしょ」

「えぇ。ぶっちゃけて言えば早くしゅうくんを襲いたいわ」

「……本当にぶっちゃけたよ。しかも襲われるんじゃなくて襲う側かよ。最近の藍李、理性のブレーキちょっと外れてない?」

「浮かれてるんだよ。そっとしておきなさい」


 頬を引きつらせる鈴蘭に心寧が肩を叩きながらそう助言する。私としては鈴蘭の言葉に心外とは思いながらも、しかし完全には否定しきれないと自覚もしているのでぎこちない笑みを浮かべるしかない。たしかに、性欲を曝け出すくらいには理性が仕事をしていない。


「けど藍李がその気だって態度で示すだけで弟くんなら簡単に釣れそうだけどね。二人ってたしか毎週デートしてるんでしょ?」

「うん。基本的に私の家が多いけど」

「ならもう決まったようなものじゃん。そのまま家でイチャイチャしてる所で藍李が迫れば、簡単に食いついてくると思うよ!」

「そんなに簡単に行くかしら?」

「いけるいける! 胸とか触らせたら男の理性なんて一瞬で吹っ飛ぶでしょ!」

「胸ならとっくに触ってもらったわ」

「「そうなの⁉」」


 さらっと肯定すると二人はその驚愕の事実に目を剥いた。

 それから、二人は唖然としたままこれまでの話を大雑把にまとめ始めた。


「ええと。二人はもうキスを済ませて……」

「その上藍李の全女子が羨む豊満なバストまで揉んで……」

「婚約者にまでなったのに……」


 二人は並べた事実とともに私に振り向くと、


「「それなのになんでまだセックスしてないんすか?」」

「だから今それをする為に必死に考えているんじゃない!」


 ありえないとでも言いたげな視線を送って来る二人に、私は泣き顔で叫んだ。


 そうだ。私たちは前座のような体験はもう全て済ませた。あとは一つに結ばれるだけ。


 婚約者とまでなったのだから、きっとしゅうくんも躊躇うことなく私を受け入れてくれるはず。


 それなのにどうやって件のアレを持っていく雰囲気を作ればいいのか分からないから、二人に真剣に相談しているのだ。


 私としゅうくんが恋人になる為に壮大な計画を立て、そしてそれを見事に成し遂げた二人だからこそ何か名案を授けてくれるのではないかと期待したのだが。


「やはり処女三人が集まってもダメだったか」

「ここに経験済みのもう一人がいればねー」

「真雪はダメよ。一度興味があって聞いたら「んー。よく分からない。キスしたら自然と流れでやった!」って答えられたから」

「流石はフィーリングだけで生きる女だわ。カレシくんもまゆっちと同じだし、相性のいい二人だけしか分からない波長でもリンクしたんかね」

「なにそれ羨ましい。私もしゅうくんともっと波長合わせたい!」

「そういう惚気は今要らないよ藍李ちゃん」


 ここにはいない親友に嫉妬して頬を膨らませると、そんな私を鈴蘭が適当にあしらって膨らんだ頬を萎ませる。


「でもさ、極論言っちゃえば、藍李と弟くんが結ばれるのも時間の問題だと私は思うよ」

「どうしてそう思うの?」


 この話題にもそろそろ飽きてきたのか、ストローをくわえた口を尖らせる心寧がそう言った。

 それに眉尻を下げた私に、心寧は「あま」と呟いてから答えた。


「だって、キス済ませて身体まで触らせたんでしょ。それってもう、言葉のないオッケーサインみたいなものじゃん」

「「たしかに」」

「藍李からそんなサインもらった男がさ、果たして何日性欲を我慢できると思う? たぶん数日と持たないよ。……まぁ、それをちゃんとあの弟くんが理解してるかどうかだけど」

「――うわぁぁ」


 持論を説く心寧に一度は深く頷きかけるも、補足するように続いた言葉に私は重く深いため息を落とした。


 唐突に顔を俯かせた私に、心寧と鈴蘭は目を瞬かせた。


 それから「どうしたん?」と訊ねてくる二人に、私は頬を引きつらせて答える。


「今はそういうの、考えてないかも」

「え、なんで?」


 戸惑う心寧。私はこの最悪のタイミングを呪うように告げた。


「ほら、来週から期末テストがあるでしょ」

「「……あー」」


 そうして告げた言葉に、二人は意味を理解したと苦笑を浮かべた。


「弟くん。勉強頑張ってるんだっけ?」

「うん。だから、たぶん今はそっちに集中して頭がいっぱいになってると思う」

「まぁ、上位狙ってる弟くんの邪魔はしたくないよねぇ」

「最悪しゅうくんの夢を潰すことになるからね」


 流石の私も彼の努力を無碍むげにしてまでことに及ぶ気はない――獣医になりたいと励む恋人の背中を押さないで、恋人カノジョを名乗る資格はない。


「じゃあ我慢しないとだね」

「テストが終わるまで今からざっと二週間ほどか。これ、藍李の方が持つかな?」

「いや持たないでしょ」

「愚問ね。持つわけないでしょ」

「「認めちゃったよ⁉」」


 どうやら悶々とした夜を過ごすことになりそうになるのは、しゅうくんではなく私の方らしい。……どうやらまた、夜の玩具おもちゃを追加で用意する必要があるみたいね。


 それでこの昂りを鎮められる気がしないと沈鬱になりながら、私は不貞腐ふてくされたようにテーブルに顔を埋めた。


「はぁぁ。早くしゅうくんとえっちなことしたいなぁ」

「「……重症だこりゃ」」


 嘆くように不満をこぼす私を見て、親友の二人はやれやれと肩を落とすのだった。




【あとがき】

昨日は8名の読者さまに★レビューをつけていただきました。……あの、なんで平日の方が休日より★押される率高いんですか? 平日か? 平日なのか⁉ 平日3話更新してもいいってことか⁉ なにはともあれありがとう。


あまり更新し過ぎると読者を置き去りする可能性があるので平日は2話更新にしてます。いつも応援してくださっている読者を盛り上げること優先で公開していきますっ。


ps:頑張れ受験生。こんな、これからどんどんいかがわしくなる疑似官能小説なんて読んでる場合じゃないぞww 

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