第85・5話  恋人襲来!


「イカはラストとして……まずはなめろうから作るか」


 というわけで、最初に作る料理としてアジのなめろうから調理に入ることにした。


 とはいってもなめろうなんてそれほど凝った料理でもない。捌いたアジと薬味を一緒にまな板の上で叩けば完成する。超お手軽かつ美味な一品だ。


「~~~~♪」


 鼻歌をうたいながらうろこいだアジの頭を落とす。その絵面だけ切り取ると中々に狂気じみているが、今は久々に魚を捌けて気分が高揚しているから見逃して欲しい。


 その後、胴から内蔵を取り出してから軽く水で洗ってから三枚におろす。魚を三枚におろす時は包丁が骨にコツコツと当たる音を意識すると綺麗に三枚おろしができるから覚えておくといい。


 アジを三枚におろしたら次に腹骨を取る。あとは皮を剥いで小骨を取れば、おおよその下処理は終了だ。


「さて日曜日の冷蔵庫の中身はどうなってるやら」


 月曜日から金曜日にかけて冷蔵庫の中身が寂しくなっていくのが我が家の日常。


 昨日は土曜日なのでおそらく買い出しを済ませているだろうし、父さんが釣りに行って魚を持ち帰ってくることもどうやら確定していたようなので、冷蔵庫の中身はそれなりに充実しているはず。


「おぉ。やっぱり色々用意されてるな……つか、帰り際に返って来たやつだなこれ」


 冷蔵庫は俺の予想した通りかなり豊富に材料が補充されていた。中でも目を惹いたのが目先にある薬味。まるで父さんが『なめろう作って~』と言わんばかりに冷蔵庫の中央に置かれていた。


 主張の強い薬味に苦笑しつつ、俺はそれらを取って台所へ戻る。


 ネギとショウガは俺の手間を省く為に既に刻まれたものを買っていた。パック入りのやつだ。


 ミョウガと大葉けはそのままだったので、手早く千切りにして他の薬味と合わせる。


「おろして細かく切ったアジの上に薬味を乗せる……の前に、まな板に味噌塗っておかないと」


 なぜまな板に味噌を塗るのかというと、理由は至ってシンプル。その方が均等に味が染みるからだ。これ、覚えておくと超便利。


 小皿に味噌みそ(おおさじ二杯)と醤油(適量)を乗せて混ぜる。隠し味にごま油をさっと垂らすと風味が効いてご飯が進むのでこれもメモしておくといい。


 完成した味噌ダレを前述の通りまな板に塗り、その上にアジの切り身を置いていく。さらにその上に薬味を乗せて、あとはひたすらに叩いていく。


 この時に身の触感を残す派とそれを残さず叩く派に分かれるのだが、我が家は後者だ。もっと極端なことをいえばそんなことは一々拘らないのが雅日家。


「うしっ。ざっとこんなもんかな」


 まな板の上でもはやアジの原型など留めていない〝なめろう〟となったアジを見て、俺は額に滲んだ汗を腕で拭いながら深い吐息をこぼした。


 これを皿へと盛りつければ、一品目の『アジのなめろう』の出来上がりだ。


 どんどん上がっていく身体の調子に舌を舐めずって、俺は次の料理へと取り掛かった――。



 ***



 二品目に『イカの刺身』。

 三品目に『タイの煮つけ』、四品目に切り落としたタイとカサゴの頭や余り箇所をダシに使った『味噌汁』を挟み、現在は最後、五品目となる『カサゴの唐揚げwithゲソの唐揚げ』を調理中だった。


 それも間もなく揚げ終わり、余分な油を切って皿に盛りつければ完成だ。


 目先のテーブルには俺がこれまで造り上げた料理が続々と並べられていた。いつもは完成した料理をまとめて持っていくのだが、何故か今日は母さんが積極的に動いて料理を並べてくれていた。


 父さんも今日は何故かいつにも増して楽しげな顔をしていて、俺はいつもと若干様子が違ってみえる両親に小首を傾げる。


「しゅう。あとどれくらいで出来そう?」

「もうすぐ。あと油切って皿に盛りつければ完成」

「そう。冷蔵庫にレモンもあるからね」

「ん。切ればいいのね」


 レモンがあるだけで切ってあるとは一言も言ってないので、おそらく買ってそのままにしてあるレモンが冷蔵庫に入っている。


 べつにポッカレモンでもよくね、とは思うのだが、わざわざそれが残っているにも関わらず果物のレモンを買ってきたのはそういうことなのだろう。……今日はやけに気合が入ってるな。


 作るのは俺なのに何故気合を入れているのかと甚だ疑問だが、今日はそういうことにしておいてやろうとため息を落とした、その瞬間だった。


「うわぁ。すごい! これ全部しゅうくんが作ったの⁉」

「あはは。べつに凝ったものは作ってませんよ――ん?」


 肩を落としながら書荒げにしたカサゴとゲソを皿に盛りつけているその最中だった。


 応じた会話にどこか違和感を覚えて眉根を寄せる。


 我が家で俺のことを『しゅうくん』と呼ぶ人なんていないし、何ならこの透き通った銀鈴の声音の持ち主もいない。


 え? ――と不穏な予感がしたその銀鈴の声音がした方向に振り返った。途端、俺は思わず「うえっ⁉」と素っ頓狂な声を上げた。


「なんで藍李さんがいるんですか⁉」


 眼前。本来ならば休日の我が家にいるはずのない黒髪の女性の姿を瞳に映した瞬間、俺は目を白黒させて驚愕した。


 そうして混乱する俺に、黒髪の女性――藍李さんはくすくすと笑いながら告げた。


「ふふ。来ちゃった」

「来ちゃった⁉」

 いつから居たの⁉


 困惑せずにはいられない俺の視界の端に、ふともう一人、この混沌とした状況を愉しそうに眺めている家族の姿を捉えた。


 そういえばずっと、今日はソイツの姿を見ていなかった。


 昼過ぎまで寝るとか寝すぎだろ、と呆れていたのだが実際は違った。――俺より早く先に起きていたソイツは、父さんから今日は俺が昼食を作ると聞いて藍李さんを迎えに行っていたのだろう。そして、家のチャイムを鳴らさずに帰宅し、俺にドッキリ、もといサプライズを仕掛けてきやがった。


 その、なんとも狡猾なサプライズを仕掛けてきた人物とは――


「やってくれたなっ――姉ちゃん!」

「にししっ! お前のカノジョ、連れてきてあげたぞ!」



 頬を引きつらせる俺に、確信犯こと姉ちゃんは、してやったりと満面の笑みを咲かせた。


 姉ちゃんは太陽にも負けない笑みを浮かべ続けたまま、この計画サプライズに参加した共犯者の隣に並んだ。それから、無事特大のサプライズを恋人に食らわせた美人二人は両手でピースサインを作ると、


「「サプライズ大成功~!」」


 弾む声音を揃えて白い歯を魅せたのだった。


 してやられたり、と愕然とした表情を浮かべる俺は、視界の端で微笑む両親の姿を捉えた。その表情はまるで、はしゃぐ子どもたちを楽しそうに見守っているように見えて。


 そんな両親の顔を見て、気付いた。


「ま、まさか……っ⁉」

「そのまさか! しゅう以外は今日藍李が来ること知ってまーす! ぶははっ!」

「笑い方邪悪すぎるわ!」


 どうやら俺は全員に騙されたらしく、その衝撃の事実を姉ちゃんの嘲笑とともに知らされた俺はというと、


「全員主犯かよ!」


 突如襲来した恋人。可憐に微笑む姿に美しいとは思いながらも、そう嘆かずにはいられなかった。

 




【あとがき】

来訪より襲来の方は突然来た感じがあっていい、ということで襲来にしました。

Ps:ここから話はすこし穏やかになるけど、読者の皆様は藍李がいつ爆弾投下するかお楽しみください。

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