第84話 『大好き』を唇に乗せて
本能と理性が必死に綱引きをしている。
極上の甘露が惜しげなく自分の身体を委ねている状況に理性は崩壊寸前。
『なんだこれ。触るところ全部が心地いい。つか、胸触られて喜んでるとか、藍李さんってやっぱりえっちな人だろ』
甘えてくる年下の男の子が無性に可愛いのだろう。一心不乱に目の前の豊満な胸に指を埋め込む俺を見下ろすその顔には、なんとも
そんな顔されたら、喜んでくれているなら、もっと触りたくなってしまう。
「藍李さん。もっと強く触っていい?」
「あはは。いちいち聞かなくていいんだよ。思う存分、私の身体をご堪能あれ」
「ああくそっ。歯止めが効かなくなるっ」
「うんうん。その調子で理性なんてぶっ飛ばしちゃおうね」
「あぁもうっ。受け入れないでくれよっ」
言葉遣いに余裕がなくて荒っぽくなってしまう。そんな俺を見て、緋奈さんは浮かべ続ける笑みをより深くした。
「あぁもう、しゅうくんは本当に可愛いなぁ」
「はぁ、はぁ、はぁ……こんなみっともない姿、見ないでください」
「全然みっともなくなんかないよ。私に素直に甘えてきてくれるだもん。カノジョとしては光栄なことだもん」
「そんなこと言われたら、もっと触りたくなっちゃうじゃないですか」
「ふふっ。気にせず私に甘えちゃおうね」
本当にやばい。どんどん藍李さんに堕とされていく。この人以外、女性として見られなくなっていく。
彼女の指先から垂れる甘い蜜を、俺は舌先から全身に渡って飲み込んでいく。
そうやって身体中を甘い蜜で満たされていく。満たされて、
「藍李さんの匂いもたまらない。甘くて、色っぽくて、理性を犯してくる」
「はぁ……はぁ。私の匂い、好き?」
「めっちゃ大好き」
甘い香りは香水。色っぽい香りは、高揚する彼女が放つフェロモンだろう。
その二つが絶えず鼻孔を侵して、思考を鈍らせる。頭に血が上り過ぎて、眩暈を覚えるほど熱にうなされる。
そろそろ本格的に手を引かないとやばい。頭ではそう判っているのに、けれど身体が言う事を効かない――それ以上を、と欲する。
「藍李さん。藍李さん。藍李さんっ」
何度も恋人の名前を呼ぶのは、理性と本能が必死にせめぎあっている証拠だった。
もっと触れたい。これ以上を望みたい。――胸に渦巻く衝動が暴発する、その刹那だった。
「しゅうくん。キスしよ」
「――っ!」
俺が渇望した欲求を先に行動に移したのは、俺に触れられ続けて完全に余裕の消えた藍李さんの方だった。
熱を乗せる唇が言葉とほぼ同時に迫って来る。同じ願いを渇望した者として、俺は彼女の取った行動を容易に受け入れ――
「待ってください!」
ない。どろどろに溶け切った思考は即座に現実へと引き戻ると、あとコンマ数センチで重なりそうになった唇を勢いよく引き離した。
荒い息を遣いを繰り返しながら顔を上げれば、正面。キスすることを拒まれた彼女は驚きに目を見開いていて。
「ご、ごめんね。さすがにいきなり過ぎたよね」
過去何度か、暴走によって失態を犯した藍李さんは今回もまた暴走してしまったと
そんな彼女に、俺は慌ててそうじゃないと首を振った。
「違います! 俺も、藍李さんとキスはしたいです」
「それなら、なんで今拒絶したの?」
無理解を瞳に
一度、照れ隠しのために逸らした視線。昂る感情の熱を少しでも落ち着かせる為に深呼吸したあと、俺は再び彼女の
そうして真っ直ぐに見つめ合って、こんな恥ずかしい
「キスは、藍李さんからしてもらうんじゃなく、俺からしたいなって」
「――ぇ」
藍李さんが俺の言葉を理解できずに困惑した。
そうなるのも無理はないと俺は苦笑をこぼしながら、これまでの日々を脳裏で回顧しつつ続ける。
「ほら、俺たちって、正式に付き合う前までは何もかも藍李さんが最初だったじゃないですか。この関係の始まり告白もそうでしたけど、手を繋ぐことも、キスマークをつけることも、好きって気持ちを伝えてくれたことも」
「あー。思い返してみればそうかも?」
俺の言葉に意識を傾けながら藍李さんも記憶を辿る。そうして浮かび上がった苦笑が、これまで俺が彼女に主導権を握られてきたことを如実に物語っていた。
だから、
「だから。これからは――つか、キスだけは、俺からさせてください」
「――――」
これまでずっと、藍李さんを頼っていた。彼女の積極性に甘えて、受け身を取るばかりになってしまった。
けれど、そんな自分とはもうお別れしたかった。
これからの俺は、緋奈藍李の
俺は、緋奈さんに頼られる男になりたいのだ。
安心して身を預けられるような、甘えてきてくれるような――彼女が俺に求めることを、俺も彼女にしたかった。
「男として、緋奈藍李の恋人として、アナタの隣に胸を張って立っていたいんです」
「その始まりを、キスにしたいんだ」
「誓わせてください。いや、違うな」
もっと単純でいい。素直な気持ちでいい。恋人同士として、互いが求めることに素直でいたい。
「キス、したいです。藍李さん」
顔を真っ赤にして、心臓が破裂するほど高鳴らせて、彼女を抱きしめる手を震わせて純粋な想いを告げる。
その、ありのままの想いに――藍李さんは心の底から嬉しそうに唇を綻ばせて。
「うん。キス、してください。私に」
「じゃあ、遠慮なく――」
淡く微笑んだ藍李さんが頷いた瞬間を見届けたあと、俺は
瞼を閉じれば自ずと暗闇の世界に招かれる。その暗闇の中で、見えずとも目先にいる女性が熱い吐息をこぼした気配を感じ取った。
『――あぁ、やっとだ』
じりじりと、少しずつ、ゆっくりと、けれど確実に顔と顔の距離が縮まっていく。
早く唇を重ねたい。そんな焦燥に駆られた胸裏にふと、一つの小さな感情が芽吹いた。
一瞬だけそれに戸惑って、けれどすぐに理解する。――これは、『温もり』だ。
彼女が俺にくれる信頼と愛情が、『温もり』という唯一無二の幸福をくれて。
「愛してる。藍李さん」
「私も愛してる。しゅうくん」
彼女の上唇と下唇の隙間から洩れた熱い吐息を、頬で感じた刹那――
「「――んっ」」
幸福と温もりを乗せた唇と唇が、重なり合った。
柔らかな肉の感触。
『好き』
『好き』
離れたくないという想いが、重なる唇を離させない。
『幸せだ』
『幸せ』
相手がくれる愛情に浸るように、唇に意識を集中させる。
『絶対幸せにしなきゃ』
『誰にも渡さないんだから』
そうして互いのファーストキスを相手に捧げる儀式は、およそ10秒間続いた。
名残惜しそうに唇を離れていくと、うっすらと開けていく瞼に涙を称える女性が瞳に映った。
その涙は悲しみによって浮かび上がったものではないと、今の藍李さんの幸せそうな顔を見れば考える必要もなく理解できて。
「俺、今すげぇ幸せです」
「うん。私も、すごく幸せ」
胸を満たす温もりに、俺と藍李さんは顔いっぱいに笑みを浮かべたのだった。
【あとがき】
叡智と尊みと甘さを惜しげなく詰め込んだ1話。
1章から少しずつお互いの距離を縮めていって、2章で決意を固めた二人、そんな二人が本話でついにファーストキスを交わすことができました。
これはもう読者の皆がひとあまの虜になる神回だなぁ。
Ps:たぶん25話後にBANをくらうので、その時は「あ、ライン越えたんだなこの作品」はと思って盛大に笑ってください。原稿はあるけど改稿したやつは保存してないから再投稿はムリっ!
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