第81話 バカップル爆誕☆彡!!
――放課後。
「しゅうくーん。一緒に帰ろー」
「藍李さん!」
教室でそそくさと帰り支度をしていると、教室の出入り口からひょこっと顔を覗かせながら俺の愛しの恋人、藍李さんが現れた。美女が魅せるあどけない微笑みにまだ教室に残っていたクラスメイト全員が胸を締め付けられる中、俺は急いで荷物を仕舞うとリュックを背負って彼女の下へ向かった。
「じゃあな、柚葉。神楽」
「じゃあねリア充」
「またね英雄」
「お前そのあだ名でだけは呼ぶなつったろうが!」
犬歯を剥きだして怒りを露にする俺を見て、神楽が腹を抱えてゲラゲラと笑う。その隣で柚葉が苦笑いを浮かべていた。
……ちなみに、今神楽が言い放った『英雄』というのは、俺がこの学校の男子から付けられた異名である。
それを付けられた理由は……もう分かるだろう。難攻不落のお姫様、緋奈藍李を落とした男として承ってしまった異名だ。全く以て不愉快な異名である。
その他には『覇王』、『クソ陽キャもどき』、『緋奈藍李のヒモ』などという異名がたった数日の間につけられた。その全ては高嶺の花を奪った俺を忌み嫌う奴らからの
他人の評価なんて関係ない。俺は、藍李さんに認められていればそれでいいんだ。
彼女がくれる愛情さえあれば、俺はそれだけで心が満たされるのだから。
「お待たせしました。帰りましょうか」
「うん。手、繋ご?」
「いいですよ」
教室の出入り口で待っている藍李さんの下へたどり着くと、甘えるような視線とともに手が伸びてくる。それに、俺は二つ返事で彼女の手を握り締めた。
「ふふ。ちゃんと恋人繋ぎしてくれるんだね」
「もうこうして帰るのも慣れましたから。藍李さんのせいで」
「わがままなカノジョでごめんね?」
「そんな藍李さんが好きだから構わないです。それに、藍李さんの手の感触好きですから」
「じゃあもっと強く握りしめてあげる」
「なら俺もお返しに強く握り返さないとですね」
この数日。藍李さんはずっとこの調子で俺がいる教室まで足を運び、そして手を繋いで帰ることを所望してくる。初めはクラスメイトや他の人に見られているから恥ずかしいという理由で断っていたのだが、手を繋がないと露骨に不機嫌になってしまう彼女を見かねて仕方なく手を繋いで帰えるという日々が続いた。ただ、数日も同じことを繰り返すと意外と慣れるもので、今では
周囲もそんな甘い雰囲気を放つ俺と藍李さんに多少見慣れてきているが、最初の頃はそれはもう嫉妬や殺意の視線が凄まじかった。雅日柊真コロす、という刺々しい視線が廊下から校門に出るまで続くのだ。
その視線は今もなお継続中だが、そんな周囲の視線や評価よりも大切にすべきは藍李さんを喜ばせることだと割り切ってこうして手を繋ぎながら廊下を歩いている。
「恋人繋ぎ、慣れたね」
「ここ最近はもうずっとこうして帰ってますからね。否応なく慣れますよ」
「嬉しいな。しゅうくんが私の気持ちに応えてくれるの」
「もう迷いはないので、ちゃんと藍李さんの想いを受け止められます」
硬く結ばれた手に視線を落とした藍李さんが、嬉しそうに唇に弧を引く。
そうだ。今は、彼女とこうしていられる幸せと思える時間を少しでも多く、彼女と共有したい。二ヵ月間。彼女を満足させてあげられなかった時間を埋めるように、俺は恋人の願いに応じ続けた。
「今日はこのまま真っ直ぐ駅に向かいますか? それともどこか寄っていきます?」
「うーん。明日は休日だし、今日はこのまま真っ直ぐ帰ろうかな」
「分かりました。それじゃあ、駅まで送り届けます」
「本音をいえばもっとしゅうくんと一緒にいたいけど、明日はずっと一緒にいられるし少しだけ我慢するよ」
「べつに我慢しなくてもいいですよ。俺ももっと藍李さんと一緒にいたいし」
「やだっ。そんなこと言われたらこのまましゅうくんをお家に連れて帰りたくなっちゃう!」
「お泊りはまだダメです」
「むぅ。早く覚悟決めてください」
「も、もう少し待ってください」
早く自分の家に泊りに来て欲しいカノジョと、そうするにはまだ覚悟が足りないと怖気づくチキン野郎こと、俺。
べつに泊まることくらいどこに問題があるのかと思う者もいるかもしれないが、藍李さんが俺をお泊りに誘うのは十中八九〝アレ〟をする為である。
まだキスも済ませていないのに〝アレ〟をいたしてしまうのは色々と段階を飛ばし過ぎている気がするし、正直に言えば自信がない。
べつに息子の懸念をしているわけじゃない。自信がないというのは、自分を抑制できる自信がないことにだ。
『手だけですべすべで柔らかいって分かるのに、それ以上の所なんて触れたら絶対に理性がぶっ飛ぶ!』
藍李さんの肌は最高級品だ。そのハリ、弾力、滑らかさ、触り心地は文句なく至高と評価していいだろう。まさに天が与えた美貌。そして、彼女はそれを維持すべくたゆまぬ努力を積み重ねている。前に少しだけ聞いただけだが、相当肌に気を遣っていることが窺えた。うちの姉ちゃんとは段違いだった。
なので、藍李さんの身体がどこを触っても至極なのはもはや必然で、そんな彼女の努力がカレシである俺を
「藍李さんがもうちょっと触り心地悪かったら気軽に触れられるんだけどなぁ」
「触り心地が良くて嘆くの、しゅうくんだけだよ」
「だって緊張するんですもん。藍李さんに触るの」
手が今の限度です、と情けない心情を吐露すれば、藍李さんはやれやれと肩を落とした。
「はぁ。これは、明日は特訓が必要かな」
「嫌な予感がするのでやっぱ明日のお家デートは中止にしましょう」
「来なかったら雅日家に突撃にしに行くから」
徹底的に逃げ場を塞がれている。
「あぁぁぁ!
「ふふっ。よかったねしゅうくん。とっても
「家に帰ったら水風呂入らないと⁉」
「風邪引いたら看病しに行ってあげる。身体も拭いてあげるね」
「逃げ場がどこにない!」
「逃げ場なんて最初からないよ~」
我が愛しのカノジョさんは愛が重い。それはもう、カレシが好きすぎて選択肢なんて与えないほどに。
「まぁ、純粋に考えてみれば、藍李さんに触れるのは良い事なのか」
「そうだよ。私に触れるのはカレシであるしゅうくんの特権。キミはその特権を存分に乱用する権利があるの」
「乱用し過ぎて怒りませんか?」
「気にしないでもっと私を触って欲しいな。キミが私のことを好きって想いを、そうやって知りたいから」
「――っ!」
そんな言い方は卑怯だ。
そんなことを言われて喜ばない男がどこにいる。
俺と緋奈さんはもう仮の恋人じゃない。
本物の恋人だから、彼女の望むことをしてあげられる。
踏み込めなかった領域に足を踏み入れることができる今、俺の方も、多少なりともブレーキが効かなくなってしまっている。
故に、
「大好きです。藍李さんのこと。だから、もっと触れたいです」
「うん。もっとたくさん。私のこと求めてね」
足を止めて藍李さんと向き合って、その最愛の顔に手を添えた。それに藍李さんは嬉しそうに微笑みを浮かべると、俺から注がれる愛情を余すことなく享受するように己の手を重ねてきた。
慈愛を灯しながら揺れる紺碧の瞳。大好きな瞳に自分だけが映っていること。それを誇りに思いながらも、
「……でも、学校でこういうことするのは恥ずかしいから、続きは学校を出てからにしましょうか」
「あはは。その意見には流石に私も同意かなぁ」
ふと、周囲の羨望や殺意を向けられている視線に気づいて、俺はハッと我に返ると慌てて二人だけの世界から抜け出した。やや遅れて藍李さんも現実に戻って来て、やってしまったと苦笑いを浮かべる。
「……何やってんの、アンタたち」
そんな
周囲の痛い視線と、姉ちゃんのため息。それに、俺と藍李さんは一度お互いの顔を見合わせると、
「「あはは。……以後気を付けます」」
揃って同じ微苦笑を浮かべるのだった。
どうやら、募り募った恋慕が暴走しないよう制御するのは、今の俺と藍李さんには難しいみたいだ。
【あとがき】
3章はほぼこんな感じの甘い話で構成されてます。2章とはまた違った雰囲気で読者さんの心をかき乱していきます。
口から糖分吐く準備しとけよっ。
Ps:冬に飲む温かいお茶ってなんでこんなに美味いんだろうねぇ。
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