第74・5話  そして盤面は完成する

「……ねぇ、本当に私、これやるの?」

「弟くんと付き合いたいんだろ~」

「なら藍李の方も少しくらい腹くくらないとダメっしょ」

「でも、もしこれで傷心中のしゅうくんに他の女の子が慰めたりでもしたら、しゅうくんそっちに行っちゃわない?」

「「否定できなくはない」」

「そこは立案者として否定してよっ!」

「あはは。まぁ、やるしかないんじゃない?」

「うぅ。ならその間の私のフォローもちゃんとしてよね。作戦だって分かってはいるけど、しゅうくんをわざとフるとか、その後絶対に落ち込むから。最悪学校休むまであるわよ」

「そこは大親友たちがきっちりフォローしまっせ……でもまゆっち大丈夫? ちょっと大変な役押し付けちゃうかもだけど?」

大丈夫ダイジョウブイッ! 私こう見えて、演技には結構自信あります!」

「なんて自信なんだ! ……去年の生徒会就任式で見事に棒読みぶちかましたヤツのドヤ顔とは思えねぇ!」

「あ、あれは緊張しただけだし! そもそも演技と挨拶は別物じゃん!」

「……あはは。そこは真雪を信じよっか」



 ***



 そして五つ日間の長い述懐じゅっかいを終えて、時の流れは再び現実へと戻っていく。


 しゅうと藍李の一世一代の告白大作戦。そこで重要な役割を任された私は、ひとまず難所を越えて肩の力を抜いた。


「うん。……うん。やっぱ皆の予想通り、しゅう、超落ち込んでたけど、でももう元気になったよ」


 世話の焼ける弟と話し合いを終えたあと、しゅうは昨日からお風呂に入っていないらしく今は一度シャワーを浴びに一階に降りた。


 やつれていた顔にもいくらか気力が戻った様子を見届けた私は、部屋に戻るとずっとこちらからの一方を待ちびていたであろう相手、藍李に先刻の出来事を含めた今のしゅうの現状を報告していた。


「今の所作戦通りって感じだね」

『ぐすっ。ごめんね。こんな嫌な役任せちゃって』

「何言ってんの。皆で決めたことでしょ。藍李もいい加減落ち込んでないで気合入れ直しな」

『うぅん』

「……こっちも重症だなぁ」


 電話越しからでも分かる涙声に苦笑しつつ、胸中で思惟にふける。


 ――あぁ。でも、私もつい情が入っちゃたなぁ。


 私のこの作戦においての役割は、一度藍李にフられたしゅうに発破を掛けるという重要な役割だった。


 愛しの藍李にフられて確実に落ち込むだろうというタイミングで、私が藍李に告白を迫るよう意気地なし弟のケツを蹴る、そんな算段だった。


 けれど、憔悴し切ったしゅうを前にその計画はあっけなく瓦解した。


 ――あんなに落ち込んだしゅう見たら、発破掛けるよりも助けたくなっちゃうじゃん。


 だからか、声音と肩に自然と力が抜けて、しゅうといつもの姉弟のように対話をできたのは。


 皆の前ではあんな啖呵たんかを切ってしまったが、本音を言えば演技力には自信がなかった。でも、布団に蹲り、何もかもを拒絶するようなしゅうを見た瞬間、夜なべして考えた原稿よりも、自然と胸中に込み上がった想いがつらつらと言葉になってこぼれだした。


 頭を抱えながら一緒に原稿を作ってくれた鈴蘭と心寧には申し訳ないけど、結果としてしゅうは立ち上がり、藍李とちゃんと向き合う覚悟を決めた。お姉ちゃんとしては、弟が自分の足で立ち上がってさえくれれば結果オーライだ。我ながらにいい仕事したよほんと。


 私の役目はここで終わり。あとは、二人の役者を舞台上に上げるだけだ。


「しゅうはもう大丈夫。だから次は藍李の番だぞ! ちゃんと、私の大切な弟と真正面から向き合ってよね!」

『――うん。私も、大丈夫。覚悟はもう、決めてるよ』


 発破を掛けるように問いかければ、電話越しから聞こえてくる涙声はもう止まり、返って来たのは静かながら力強い声音だった。


『二人で交わした約束を反故してまで一日でも早くしゅうと本当の恋人になりたかったとか、付き合いたかったとか、藍李も相当だよねぇ。しかも私にはその時まで絶対に打ち明けるつもりがなかったらしいのに』


 しゅうの覚悟も大概だけど、藍李の意固地さも弟と何ら遜色そんしょくない。


 お互いに、譲れない想いがある。だから迷って、悩んで、一つ一つの選択肢を大切に決めてるんだ。


 共に幸せになる為に。


『ああもうっ。早く幸せになっちゃよ! まったく』


 そんな二人の幸せに、少しでも協力できることが私はたまらなく嬉しくて。

 だから――


「神様。明日はどうか、絶好の告白日和であってくれますように」

『ふふ。大丈夫。明日は絶対に晴れるよ。真雪が見守っててくれるから』

「ふふん。明日、晴女の真骨頂をみせてしんぜよう」

『あははっ。うん。期待してるね』


 最後にそんな会話をして、藍李との電話を終える。次に藍李に会うのは明日。学校だ。


「……頑張れよ。しゅう。お姉ちゃんがちゃんと応援してあげるからね」


 今頃は洗面所で気合を入れ直しているだろう弟に、私は微笑みながら声援エールを送った。


 ――そうして明日、藍李としゅう。二人の恋の行方に遂に決着が訪れる。





【あとがき】

昨日は3名の読者さまに☆レビューを付けて頂けました。ありがとう。


前話と本話にて、藍李たち(立案者は鈴蘭)が立てた『告白大作戦』の内容が全て明らかになりました。それと作者からの補足です。


まず、鈴蘭が藍李に『告白大作戦』の計画を持ち掛け、大雑把な内容を彼女から聞いた時、藍李はこの計画を成功させるには真雪の力が必要不可欠だと直感しました。それが前話に繋がり、しゅうと交わしたルールを反故して打ち明けた場面に繋がります。


そして真雪との話し合いを経て、日曜日の夜の電話で一度しゅうをフります。後日、直接会いにきた彼に大事なものを見落としていることをかなり強引なやり方で気付かせ、それから蹲ったしゅうを真雪が立ち直らせるという計画でした。


ざっと今そこまでの補足が前座です。え、じゃあ残りは? 『告白大作戦』の告白の部分は? と思われる方。ここからが、真の『告白大作戦』です。


その先への展開は、是非皆様の目で見届けてください。次回もお楽しみに。









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