第74話 皆まとめてハッピーに。
それは遡ること五日前。
「というわけで、私はこれまで真雪に黙ってしゅうくんとお付き合いしていました」
「――そっ、かぁ」
「これまでずっと隠してて、本当にごめんなさい」
「いやいや! 事情は分かったけど! だからって土下座することじゃないでしょ⁉」
目の前で土下座する藍李に、私は慌ててその顔をあげさせた。
曰く、二人は私や周囲に内緒で付き合っていたらしい。
ただ、その交際も正式ではなく、仮の恋人関係だったそうで、お互いに
そして、正式に付き合い始めるまでの仮の交際期間中、このことを誰にも口外しないと約束していたとのこと。
それを聞いた私としては、最初は戸惑いこそあったものの、藍李の話を聞いていくうちに徐々に得心がついて。
「藍李が最近やたらご機嫌だったのはそういうことかぁ」
「うん。しゅうくんと付き合って浮かれてました」
「あはは。まぁ、カレシが出来て浮かれる気持ちはよく分かるよ。私も通った道だし」
いつもどこか物憂い気な顔をする藍李だけど、ここ最近は頬を垂らす回数が多くなったのはなんとなく気付いていた。
きっと何かいいことが続いているのだろうと思っていたのだが、まさか初めてのカレシができて浮かれていただけとは。ちょっと想定外だ。
しかし私は、今の話を聞いて藍李の行動に一つ疑問が生じた。
それを、目尻に溜まった涙をどうにか堪えている親友に向かって確かめるべく、私藍李の反応を
「そのさ、藍李はしゅうのこと、ちゃんと本気で好いてくれてたんだよね? 遊びとかじゃ、ないよね?」
「当たり前でしょ! 遊びで付き合うなんてそんな不誠実な真似しません! 私は本当に、心の底からしゅうくんを好きになりたくて……そして今は、本気で彼に惚れてるの。しゅうくん以外の人と付き合う気なんて微塵もないわ」
「……そっか」
私の問いかけに、藍李は切なげな表情から一転、真剣な面持ちでそう訴えた。震える
世話の焼ける弟ではあるけど、それでもしゅうは世界にただ一人しかいない、私の大切な姉弟で、弟だ。
もし、そんな弟が藍李に
どうしようもなくバカで間抜けでいつも無気力で、でも、私によく似た真っ直ぐな性格で、私よりも他者を
だからそんな弟に真剣に親友が惚れてくれているという事実が、私は心の底から嬉しかった。
「藍李」
「なに?」
「しゅうを好きになってくれて、ありがとね」
「――っ」
親友に寄り添い、微笑を浮かべる。そして、大切な弟を好きになってくれた親友に、私はただ心の底から感謝を伝えた。
それを聞いた藍李は、声にもならない悲鳴を上げて必死に込み上がる感情を堪えながら、
「私の方こそ、ありがとう。今までずっと黙ってたのに、私を許してくれて」
「許すも何もないよ。もとはと言えば、ウチの愚弟が男らしくないことしたのに原因があるんだし」
藍李と付き合うことに相応の覚悟がいることは理解できるけど、あのバカは逃げすぎだ。男ならドンと胸を張って恋人の隣に立てとケツを蹴り飛ばしたくなる。
――けど、しゅうはそんなこと言われなくても分かってるんだろうな。だから、あんなに必死に藻掻いてたんだし。
――『俺は、緋奈藍李さんと恋人になる為に結果を出す』
ここに来る前に偶然聞いてしまった、お母さんとしゅうの会話。
あれは単純にしゅうが藍李に惚れて告白しようとしているとばかり思っていたけど、しかし藍李の
しゅうも、藍李と正式に付き合う為にこれまで努力してたんだ。
振り返ってみればそうだ。二人が仮として付き合い始めたのが約一ヵ月半前。その時期から藍李だけでなく、しゅうの様子も変わり始めた。
家では引きこもって勉強ばかりするようになり、休日は外出が増えた。
そしてそれは、前者は藍李と交際する者として
「……あはは。私も相当間抜けですなぁ」
少し頭をひねればすぐに辿りつけそうだった答えを藍李に打ち明けられるまで気付かなかったとか、いやほんと、どうしようもないアホである。さすがは姉弟。揃ってアホだった。
……まぁ、しゅうの方が私より何倍も優秀なんだけどさ。私の方が、お姉ちゃんとしては足りないものばかりだ。
けど、今はそんな感傷に浸ってる場合じゃない。
「二人が私に内緒で付き合ってたってことは
「ええと、それはね――」
私が未だ解決されてない疑問を口にすると、藍李が急に頬を朱く染めて、指をもじもじさせ始めた。
どういう反応だそれ? と小首を傾げた瞬間だった。
わずかに話を切り出すのに
「それはもちろんっ!」
「今から壮大な計画を始めるからだよーん!」
「心寧に鈴蘭⁉」
それまでの
「なんで二人までいるの⁉」
「それはもち、まゆっちと同じで今日からしばらく藍李の家に泊まり込むからっ!」
「ちなみに私たちも藍李から話は全部聞いてるから安心してね、まゆっち。私たちがはせ参じたのは藍李と弟くんの恋のキューピッドになる為よんっ」
そう言って、二人は弓を打つジェスチャーをしながら
急遽登場した二人に困惑する私に、藍李は「そういう訳だから」と顔の前で手と手とを合わせてはにかんだ。
「……マジで今から何が始まるの?」
「お? 早速聞いちゃいますか、それ」
「ふっふーん。私たちズットモーズが集まったからにはやることは一つしかないっしょ!」
まだ上手く飲み込み切れていない情報と、突如乱入した二人によってただでさえ要用の悪い頭が一気にショート寸前に追い込まれる。
そんな頭を抱える私に向かって、心寧と鈴蘭は目を
「「弟くん告白大作戦! いざ開始だぁぁぁ!」」
その声音はまるで試合開始を告げるゴングのように、甲高くリビングに鳴り響いたのだった。
***
やけにテンションの高い二人の気合の入った宣言から今はそれなりに時間が経ち、リビングでは作戦会議に必要な道具が用意されていた。それだけでなくお菓子や飲み物まで置かれているので、親友の藍李と弟のしゅうの今後に関わる会議としては
気を張ってばかりでは名案は思い付かないという理由で、こんな風に楽しい雰囲気で進行していきたいのだろう。その気持ちは判る。
それでも、この和やかな空気を壊すかもしれないと懸念して尚、皆――藍李には伝えなければならなかった。
「話し合いの前に私のほうからちょっといいかな」
神妙な顔で手を挙げた私に、三人が目を丸くして振り返る。そんな彼女たちを一人ずつ
「皆に、この会議を始める前に聞いて欲しいことがあるの」
「なに? まゆっち」
人の感情変化に
私は皆に話す前に一度すぅ、と息を整えた。そして、脳裏に一人の大切な家族を思い浮かべながら告げた。
「しゅうね。今、ちょっと周りが見えなくなってるんだよね。藍李と付き合う為に、自分を他の人たちに認めさせようって
「――やっぱり。まだ気にしてたんだ」
言葉を紡ぐ間に藍李の顔を見ると、
「今のしゅうは、そんな
「その覚悟はカッコいいけど……」
「うむ。藍李からしたら見てらんないかもね」
「だから止めたいの。たしかに、しゅうのやろうとしていることは間違ってない。否定もしない。でも、それだけじゃきっと、本当の幸せは手に入れられないと思うんだよね」
字面だけ見れば、しゅうのそれは理想の愛情論だろう。相手の幸せを一途に想い、それを実現する為に身を粉にして努力する。きっと、それはしゅうにとって祈りにも似た『希望』なのだ。大切な人を幸せにするために必要不可欠な自己犠牲――けれどそれは今、しゅうを追い詰める『絶望』へと変貌していた。そしてそれを、本人が気付いているかは分からない。
「しゅうはさ、優しいんだ。それにバカみたいに一途で、だから盲目になっちゃってるんだと思うんだよね。藍李と結ばれる為なら自分はどうなったって構わないって思ってる」
あの時部屋の扉越しから聞いた、しゅうの
その覚悟を聞いてしまったからには、私はこの話し合いに生半可な気持ちで参加したくなかった。
弟が本気なら、私――私たちだって、本気でしゅうと向き合うべきだろう。
いいや、それじゃあ、ダメだよね。
「お願い。皆。藍李。あのバカ弟の目を
「……真雪」「「……まゆっち」」
その理想論を実現できるという証拠はない。けれど、何故か確信だけはあった。私たちなら、あのバカ弟の目を醒まさせた上で、藍李も幸せにできる方法が絶対にあると。
それをこれから皆で見つける為に、私は全力で土下座した。
その懇願を見つめる三人は、悲しみのような、忸怩のような、悔悟のような複雑な息を吐いていた。
「顔を上げて、真雪」
「――――」
穏やかな声音に促されて顔を上げた瞬間、目の前に藍李がいて、そのまま私は彼女に優しく抱きしめられた。
「ごめんなさい。しゅうくんだけじゃなくて、真雪にも苦しい思いをさせて」
「二人ほどじゃないから気にしないで。私はただ、自分の力不足を痛感して、何もかも足りないから皆にお願いしてるだけ」
一人で何もかも背負うとしてるしゅうには、私の覚悟なんて到底及ばない。だからこうして、皆の手を借りようとしている。
「藍李もしゅうと同じでしょ。どんなに苦しくて、どんなに辛くても、それでも一緒にいたいんでしょ」
「うん。早く恋人になって、もっとしゅうくんと色んなことをしたい」
二人とも思いと願いは同じだ。ただ、その方向性が少し違うだけ。
しゅうは皆に認められて、堂々と藍李と『恋人』になりたくて。
藍李はただ一人の男の傍にいたくて、窮屈でも構わないから早く『恋人』になりたくて。
「正しさや将来のこと考えれば、弟くんの判断が正解なんだろうけどさ」
抱き合う私と藍李を見つめながら、鈴蘭は
「でも、私たち女って、そんな悠長に待ってられないじゃん」
「だよね。好きになった人とは一日でも早く付き合ってイチャイチャしたいっ」
鈴蘭の言葉を心寧が繋げ、仲良し二人は静かにハイタッチする。
「藍李は『お姫様』でも何でもない。どこにでもいる、普通の女の子だよ。好きな相手と一緒にいたい、もっとああしたいこうしたいって、イチャイチャしたいって思ってる、ただのワガママ女なんだよ」
「普段の高潔さがそれを巧妙に隠しちゃってるだけで、藍李も相当浅ましい女だよねぇ」
「弟くんを他の女に奪られたくないからってキスマーク残す女だしねぇ」
「なにその話⁉ 私聞いてないんだけど⁉」
鈴蘭と心寧の感慨深い会話の中から唐突に落とされた爆弾発言に目を剥く私。
抱き合う藍李の背中を叩いて「詳しく⁉」と追及すれば、あはは、という苦笑いで誤魔化された。
話が逸れるから、と追及の中断を余儀なくされた私は不服に口を尖らせながらも、意識は続けられる二人の会話に傾けて。
「弟くんの覚悟は分かった。でも、藍李だってもう我慢できてないんだよ」
「うん。我慢できない。ううん。我慢したくない。私は一日でも早く、しゅうくんの本物のカノジョになりたい」
「あはは。変わったね。藍李」
「変えてくれたのはしゅうくんだよ。しゅうくんのせいで、こんなに醜い私になっちゃった」
「いいんじゃない。少なくとも私は、今の藍李の方がずっといい」
今の藍李に、いつもある高潔さや凛々しさ、可憐さはない。今、私の目の前にいる藍李は、顔をぐちゃぐちゃにして、友達に泣いて縋って、そうやって幸せを望みたいと
私も、鈴蘭も、心寧も、女の子は皆そうやって、幸せになる方法を探すんだ。
「あはは。やっぱ真雪には敵わないなぁ。大好き」
「しゅうより好き?」
「しゅうくんの方が好き」
「さらっと傷つくこと言うなよぉ」
「えへへ。ごめんね。でも真雪も、鈴蘭も心寧も大好きだよ」
あ、この大好きは心の底から言ってるやつだ、と察すると、私だけでなく鈴蘭や心寧までも照れてしまって頬を掻いていた。くぅ! 愛い女だなぁ、藍李ちゃんよぉ!
ぎゅっと私のことを強く抱きしめてくる藍李に、私も微笑みを浮かべて力いっぱい抱きしめ返す。
「やろう。皆で。藍李としゅうだけじゃない。私たちの理想を全部詰め込んだ、皆で幸せになれるような最高の舞台を創り上げて、そこで二人を本物の
「「うん!」」
それがどんなに
やってみないことには、何もかも結果なんて分からないのだから。
そうして私たちは、一世一代の告白大作戦を計画するのだった――。
【あとがき】
本話と明日午前に上がる第74.5話で前話までの流れが判明した形になります。そこで補足を皆様にお伝えする予定ですので、明日1/10(水)の更新をお楽しみください。
そして、第二章も予定通りならもう明後日で完結です。やばいです。何がって。第三章の原稿前半しか進んでない⁉ もうカクヨムコンの締め切り間近なのにぃ~~~。
Ps:蛇足2で大事な報告あります。あ、書籍化決定! 的なやつじゃないです。はい。そんな気配今の所一ミリもありません。でもいずれにせよ読者さまにとっては嬉しいお報せですよ。あとなんで毎話長いんだ!
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