第67話 やるっきゃないっしょ!
「ねぇ。私って魅力ないのかしら」
「おっ。なんだ喧嘩か? コーヒーブレイクってそういうことか?」
ため息を落としてそう呟いた私に、鈴蘭が不快そうに眉をぴくぴくと動かした。
ファインティングポーズを取る鈴蘭に、私は組んだ手に顎を乗せながら、神妙な顔で話しを切り出す。
「しゅうくんの方から私を襲ってくる気配が一向にないの」
「しゅうくんって……例の弟くん?」
「うん。真雪の弟のしゅうくん」
「あ、あれ? 私の記憶違いじゃなかったら、二人の関係って口外できないんじゃなかった? なんであっさり弟くんの名前言っちゃってるの?」
「それもこれから話すわ」
何の脈絡もなしに交際中(仮)の相手のネタバラシに困惑する鈴蘭。そんな彼女に、私はどういった経緯で秘密を明かすことになったのか語り始めた。
「実はかくかくしかじかで……」
「……ふむふむ。つまり、弟くんが大事な友達にひょんなことで自分たちの関係をカミングアウトしてしまい、だったら自分も相談したい相手に秘密を打ち明けるのはアリなんじゃね? と思ったと」
「そういうこと」
「となりますと藍李氏、ひょっとしてですけど、この事実は現在、私以外、心寧もまゆっちも知らないということでよろしいですかな?」
「喋り方が鼻につくけどそうね」
「優越感パねぇぇぇぇ!」
どことなく喋り方に不快感のある鈴蘭に私は顔をしかめながら肯定と頷けば、彼女は目を煌々と輝かせながら熱い吐息をこぼした。……うーん。気持ち悪いなぁ。
私は鈴蘭の興奮に荒げる息遣いを意図的に無視しつつ、
「二人で決めたルールだけど、特にこれといったペナルティなんてないのよ。強いていえば、相手の信用を
「それってめちゃくちゃ重要な気もしますが」
「しゅうくんは緊急事態。私は今後の二人の未来の為に打ち明けたの。どちらも問題視するほどの軽率さじゃないわ」
「あれだよね。藍李って時々ごり押しで自分の意見通すよね」
「それが暴論でも理屈に合ってるならいいじゃない」
かっけぇ、とこぼれた賞賛をドヤ顔で受け取り、私は話を進める。
「とにかく鈴蘭の方はこの事を誰にも漏らさずに私の相談に集中してくれるだけでいいの」
「うぃっす! ……それにしても相談ねぇ。それが最初の意味深な呟きってことでオーケー?」
「OKよ」
一度鈴蘭の脳内情報の整理に五分のインターバルを挟んだ。その間、互いに注文した飲み物とドーナツで胃を満たす。
「で、さっきの言葉の意味って結局何なん?」
ずず、とストロベリーフラペチーノを吸いながら首を捻る鈴蘭。私は最初の呟きを思い返しながら、憂いを帯びたため息をこぼすと、
「そのままの意味よ。しゅうくんが私を襲ってこないのよ。もう全く。
「で、自分に魅力がないのかと落ち込んでると……藍李、それ本気で言ってる?」
「本気に決まってるでしょ! 私はしゅうくんに襲われたいの!」
「わあー! ステイ! ステイ藍李! こんな公の場で叫んでいい言葉じゃない!」
腕を振り回しながら叫ぶ私を、鈴蘭が慌てて口を塞いできた。
落ち着け、と珍しく諭される側に回っている自分に呆れながら頷けば、鈴蘭はため息を落としながら私の口を塞いでいた手を離した。
「はぁ。いきなり見た目が変わったと思えば、今度は急に襲われたいとか叫び出して、藍李変わりすぎ」
「あ、そういえばこの見た目、しゅうくん一目みただけで気付いてくれたんだよ! おさげも可愛いって褒めてくれたの」
「マジかっ⁉ 私や心寧、真雪の藍李大好きズですら最初ご本人様だと気付かなかったのに」
「だよねー。すごいよねー。これぞ愛の力って感じだよねー」
「藍李。IQが私と心寧になってるよ」
つまり低下したということか。まぁ、自覚はあるし、それに今は絶賛浮かれているのでそうなるのも仕方がない。
私は机の下で足をパタパタさせながら、私のせいで逸れてしまった本題に戻る。
「自分でも言うのもあれだけど、私って容姿はかなり整ってる方だと思ってるし、スタイルだって申し分ないと思うの」
「うん。それは私も認めよう。藍李は可愛い上にけしからんおっぱいまで装備している。しかもめっちゃ触り心地もいい」
「でもね、しゅうくんは一向に私を襲ってこないのよ」
瞳を伏せて嘆く私に、鈴蘭は鼻で笑いながら言った。
「それは普通でしょ。藍李と弟くんて、たしかまだ正式には付き合ってないんだよね?」
「うん」
「なら弟くんの判断は正しい……というより、めっちゃ本能に抗ってるんじゃない?」
「そんな必要ないのに?」
「おい。貴様らはまだお試し期間中ということを忘れるなよ? そんな最中に魔が差してやっちゃいましたー。テヘッ。なんてクソ
「それは相手の気持ち次第じゃない?」
「何? 藍李はいいの? カレシ(仮)に処女あげても」
「どうせ付き合うもん」
「その自信どこから来るんだ……」
それはもちろん、彼との絆からだ。
私としゅうくんは、今、たしかに互いを想い合っている。それこそ、誰にも引き裂けぬほどに、強く、硬く。
お互いの首筋に刻み付けたキスマーク濃さが、何よりもそれを物語っている。
「いずれにせよ弟くんは頑張ってると思うよ。普通の男だったら、藍李にその気にさせられた時点で百パー襲ってるもん」
「それってつまりしゅうくんが誠実ってこと?」
「まぁ、誠実通り越して臆病者と思わなくもないけど。本当に何のアクションも起こしてこないの?」
「うん。したとしてもハグとか……キ
「……前より強く痕残されてるじゃん」
「すっごく興奮したわ!」
あの時、あと一歩で私の方がしゅうくんを襲っていたかもしれない。そんな危機感を覚えるくらいには、あの時間は濃密で濃厚で、至福だった。
「なんかもうお互いめっちゃ好き! って私には聞こえるんですけど。キ
「もっと見ていいのに」
「はよ仕舞えっ!」
わずかに苛立ちをみせる鈴蘭の命令に私は渋々といった顔で応じたあと、
「鈴蘭の言った通り、私もしゅうくんのことが本気で好きだし、しゅうくんも私のことを本気で好きでいてくれてると思う。しゅうくん、林間学校で告白されたんだけど、それ断ってるんだ」
「ふーん」
「驚かないんだ?」
「まぁ、あの子まゆっちと似てて顔いいし、少し大人しめだけど気配りはできる子っぽいじゃん。そういう男子って、意外と女子の好感度高かったりするんだよねぇ」
鈴蘭はしゅうくんが告白されていたことに納得していた。そして、それについては私も同感だった。
「そうだね。きっと、しゅうくんを深く知る人物であればあるほど、彼の魅力に
「優しくて頼り甲斐があって、その上『お姫様』と肩並べる為に努力するって誓ってくれたら、そら惚れねぇ女はいないわな」
鈴蘭は呆れたような、感服したような息を吐いた。
「でもさぁ、藍李はもう弟くんのこと〝認めてる〟んでしょ?」
「――うん。彼以外は、ありえないかなぁ」
少し真剣みを帯びた声音からの問いかけに、私は脳裏にしゅうくんの姿を思い浮かべながら頷く。
きっと、世界中どこを探したって、彼以外に私を大切にしてくれる人は現れない――今はそう思えるくらいには、彼に夢中になっている自分がいた。
だからこそ、もっと触れたい。いっぱい触れて欲しい。
私を、雅日柊真の本物の
「弟くんの方は、あれかぁ。皆に認めてもらうまでまだ正式に藍李と付き合う気はないんだっけ?」
「うん。たぶん、それは
「いやぁ。それも案外既に達成してると思うんだけどなぁ。少なからずあの一件で2、3年の男どもは少なからず弟くんをライバル視してるだろうし、あの緋奈藍李に認められている……かもしれない男としてもう殆どの生徒に認知されてるし」
それとさ、と鈴蘭は頬杖をついて続けた。
「私ちょこっと先生たちの話を聞いたんだけどさ。林間学校で負傷した生徒の手当した子がいたんだって」
「それがどうかしたの?」
「それ、たぶん弟くんだよ」
「しゅくんが?」
初耳だった。しゅうくんはあの日、友達に秘密を打ち明けたことを私に言っただけで、そのお話は聞いてなかった。
驚く私に、鈴蘭は「これ聞いたら惚れ直すよぉ」とニマニマ笑いながら教えてくれた。
「あの話がどこまで本当なのかは私も分からないんだけどさ。先生と、あと一年の子たちが話してたのたまたま聞いただけで信憑性は低いかもなんだけど……」
「話して」
うぃっす、と鈴蘭は軽く応じて、
「林間学校の初日の山登りの時、足をムカデか何かに噛まれた子がいたんだってさぁ。でも、その時引率の先生たちは運が悪いことに誰も近くにいなくて、その子の怪我には皆気付いてたけど足を止められずに通り過ぎってったらしいんだ。で、泣き続けるその子に、一人の男子生徒が駆けつけたんだって。その子は泣く子を懸命に
「それが、しゅうくん?」
「
「――ぁ」
「一年の中じゃもう英雄扱いされてるよ、弟くん。特に女子にな!」
鈴蘭は女子の部分を強調して語り終えた。
その間、私はといえば、彼女の話を最初は半信半疑で聞いていた。けれど、自分の中でその話が、次第に確信へと変わっていった。
生物に対する知識の豊富さ。向かう先の事前情報の習得と対策。誰かが不安そうな顔をするとすぐに駆け付けてしまう行動力。泣いている人を放っておけない優しさ――しゅうくんだ。
そんな人、しゅうくん以外にいない。
私はそれを、誰よりも知っている。故に、鈴蘭の話に確信を持てた。
「まぁ、その話を聞いてた私としては、なーんでムカデに噛まれた時の対処法なんて知ってるんだと不思議に思いますけどねぇ」
「……しゅうくんなら、それくらいできるよ」
「ほえ?」
その話を法螺話とまではいかずとも半信半疑だと感じている鈴蘭に、私は胸に広がる歓喜を噛みしめながら答えた。
「しゅうくんなら、できる。それくらい、余裕だよ」
「そ、そうなんすか?」
「うん。だってしゅうくん。生き物に詳しいの。あと、森にどんな危険があるのか事前に調べてたんだと思う。たぶん、もしものことがあった時に備えてね」
「ほぇ。カレシ(仮)への理解力ぱねぇっすなぁ」
「当たり前でしょ。大好きなんだから。それに、私がそれを一番知ってる」
あの子は、本当にすごいんだなぁ。そう、感服せずにはいられなくて。
きっと、しゅうくんに助けられたその子も、彼の凄さを実感したことだろう。もしその助けた子が女子だったら、もう既に彼に惚れているかもしれない。
私の胸の中に、様々な感情が渦巻く。感嘆。尊敬。賞賛。嫉妬。不安。焦燥。
それを、対面する鈴蘭は感じ取ったのだろう。彼女は悪戯顔にさらに歪な笑みを浮かべて、私を挑発するように呟いた。
「もう既に、たくさんの女子が弟くんの魅力に気づき始めちゃったかもなぁ」
「それは嫌!」
知って欲しくない。私以外にしゅうくんの魅力を。彼の優しさを、触れて欲しくない。
彼を好きになればなるほど、自分の中の『理想』が崩れて、醜い『本性』だけが残されていく。
「そうは言ってももう止められないよ。それこそ、今藍李が男子に毎日告白されてるような状況が、今後弟くんにも起きるかもしれない。あの子、顔悪くないでしょ。つぅか意外と顔面偏差値高いよね?」
「しゅうくんはカッコいいよ」
「藍李パイセンからのお墨付き頂きました~。で、加えて優しいんだっけ?」
「……うん」
それだけじゃない。あの子は、しゅうくんは誠実な子だ。告白した相手の子の想いをしっかりと真正面から受け止めて、曖昧な態度を取らず答えを出す。私とは違って、彼は不器用なほど真摯に相手と向き合っている。優しい彼は、相手の想いに応えられないことに傷つきながら、それでも真正面から向き合うのだ。
「ちょっと不愛想だけど、でもとことん誠実で、思いやりがあって、好きになった相手には一途で、顔もいい。それだけ聞けば、恋がしたいJKなんてアマゾン川に棲むピラニアの如く食いつくよ」
「分かってるわよ。そんなこと。だから必死に外堀埋めてるんじゃない」
しゅうくんの美点。その事実が波紋のように広がっていけば――鈴蘭が危惧する未来が訪れるのは何ら不思議ではないのかもしれない。
「今は藍李が弟くんを独占できてるかもだけど、大勢の女子に告白なんてされちゃったら弟くんが藍李に向ける気持ちは揺らいじゃうかもしれないよぉ?」
「そんなの絶対やだ! しゅうくんは私だけのものなの!」
これが私の『本性』だ。どこにでもいる女性と何ら変わらない。好きな人を独り占めしたい――
「絶対に、しゅうくんと付き合うのは私がいい。しゅうくんの童貞は私が奪うの!」
「童貞って決めつけてあげるなよ可哀そうだろ」
「童貞よ。しゅうくんは」
童貞でなければ許さない。そうでなければ、する時に気絶するまで搾り取ってやる。昔の女との快楽なんて忘れるほど。
そんな私の鬼気迫る表情を見る鈴蘭は苦笑を浮かべながら、
「ゾッコンだ」
「ゾッコンよ。しゅうくん以外の女になる気なんて微塵もないわ」
「大好きだ」
「大好きよ。誰にもしゅうくんは渡さない」
「……結婚したい?」
「18歳になった瞬間に婚姻届けに署名させるわ」
「弟くん逃げ場なくてかいわそー。……でも、それくらい本気なんだもんね」
その問いかけに答えるのも無粋だが、私は強く頷いた。それはもう、誇張するほどに。
鈴蘭は、苦笑を怪しげな笑みに変えると、既に決意を決めている私にこう問いかけた。
「もう、仮は嫌なんだよね?」
「うん。一日でも早くしゅうくんと正式な恋人になりたい」
「じゃあ――やるっきゃないっしょ!」
「何を?」
ダンッ! と鈴蘭は激しくテーブルを叩いて、呆気取られる私に向かって告げた。
その瞳に、溢れんばかりのロマンを魅せながら。
「弟くん告白大作戦、開始だぁ!」
【あとがき】
昨日は3名の読者さまに☆レビューを付けて頂けました。
いつも応援コメント書いていただきありがとうございます。
そしてついに三章クライマックスに向けて物語が動き始めました。どんなラストを迎えるかハラハラドキドキですね。
この作品のキャラ皆好きだけど、心寧と鈴蘭は特にお気に入り。こういう子と友達になりたかったと書く度に思わさられる。可愛いし明るくて元気でノリがいいとか最高なんよ。
ps:柚葉のifルートを読みたい! とご感想をくれている方が結構いて嬉しいです。もうちょっと話が進んだら書きたいなーと思ってます。だって一番書いて読みたいの作者だもん。既にプロットはあるけど、やばいぞぉ。はんぱないぞぉ。萌えしかねぇぞぉ。…更新したとしてもたぶん一か月後だけど。
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