第62話 この瞬間だけは。貴方のカノジョで――
三日目に行われるキャンプファイアーは、男女一組のペアとなってフォークダンスを行う。
そのペアとなる相手は前日か当日に、生徒たちが自分たちで相手を決めるのだが……、
「やべぇよ。もう始まっちったよ」
ゆらゆらと燃える
明かりに群がる虫のように、と例えは悪いが今宵限りのペアとなった相手と橙色の
「神楽の野郎。早々に八重さんとペアになりやがって。後で志穂に言いつけてやる」
既にカノジョ持ちのくせに他の女と手を繋ぐなんてなんて
しかし恨みつらみを吐いてもこの虚しい現状は変わらない。既に諦めて涙から一滴流している男子どもと同じになりたくはない。というヤケクソ精神で必死に周囲に目を凝らす。
「……雛森さんと仲良くなったし、誘えばワンチャン一緒に踊ってくれるかも」
なんて甘い考えは、呆気なく打ち砕かれた。
「……マジか」
なんと、雛森さんは既にペアを組んで踊っていた。相手に目を凝らせば見覚えのある人物で、女子にも負けない童顔と隠れた前髪が特徴的な男子、佐藤くんだった。
少しムッとした顔の雛森さんに佐藤くんはぎこちなくステップを合わせながらも、時折長い前髪から覗く照れた顔がなんと愛らしかった。乙女だな佐藤くん。
昨日の一件で二人は距離を縮めたのかもしれないと思うとなんだか妙に感慨深くなって、「お幸せに」と微笑とともに二人が上手くいくことを願った。
それが俺の勘違いだということを後日しる事になるのだが、今はその話は置いておいて。
「……はぁ。そうなると俺はいよいよ一人……」
帰ったら緋奈さんに慰めてもらおうと思った矢先のことだった。ため息を落とした俺の視界の端で、ゆっくりとこちらに近づいてくる一人の姿を捉える。それと同時に自然と苦笑がこぼれて、俺は止まった足音――黒瞳に映る少女に振り向いてこう言った。
「そういや、まだお前がいたな」
「にしし。その無気力な顔のせいで売れ残りになっちゃったみたいだね」
「うっせ。まだ俺にはまだ希望が残ってる」
「あははっ。超最低な誘い方してるよ?」
「ふっ。自覚してるよ」
眼前。揺らめく
「一緒に踊ろうよ。しゅう」
瞳を揺らしながら手を差し伸ばし、今宵限りのダンスパーティーに俺を誘ったのだった。
***
「あはは! なに、もしかしたら誰も一緒に踊ってくれないと思ったの?」
「笑うなよ。俺に仲いい女友達がお前以外にいないことなんて分かってるだろ」
「ふ~ん。嬉しいこと言ってくれるじゃん。このこの~」
「踊りながら器用に脇腹突いてくんな」
陽気なリズムと
ぎこちないステップがまるで俺たちのようで、それが可笑しくて、けれど同時に途方もなく心地よくもあって。
「それにしても、まさかしゅうが緋奈先輩と付き合ってただなんてぇ」
「付き合ってるけど正式ではないからな」
「あははっ。ほんとしゅうの度胸には恐れいるよ。あの緋奈先輩から告白されて、それを保留にしちゃうなんてさ。なに? モテ男気取り?」
「うっせ。気取ってねぇし」
「周りのことなんか気にしなければいいのに」
「そういうわけにはいかないだろ。あの人に釣り合わない俺が緋奈先輩と付き合ったところで、その非難は俺にじゃなく緋奈先輩に向かうかもしれないんだ」
「……だから周りに認められたかったんだ?」
「そうじゃなきゃ緋奈さんが辛い目に遭う。俺のせいであの人が辛い思いをするのなんて、死んでも御免だ」
「本当に、緋奈先輩のことが好きなんだね」
「打ち明けたからには隠す気はない。認めるよ。俺は緋奈さんが好きだ」
この事を他の女の子の前で、柚葉の前で伝えるのは
けれど、柚葉はその
「緋奈さん、ねぇ?」
「あ」
「二人の時はそう呼んでるの?」
「~~っ⁉ ……悪いかよ」
いつの間にか二人でいる時の呼び方をしてしまっていることを悪戯笑みを浮かべる柚葉に指摘され、俺はすこし顔を赤くしながら口を尖らせた。
「ねぇねぇ、逆に緋奈先輩はしゅうのことどう呼んでるの? 雅日くん? しゅう? それともしゅうくん?」
「だあああ! もうこの話止め! これ以上は絶対に何も教えない!」
「えぇ、もう少しくらいいいじゃん。しゅうのケチ~」
けらけらと笑う柚葉。それに対し俺は徒労感を覚えたように嘆息を落とす。
「はぁ。笑った笑った。やっぱりしゅうを揶揄うのは面白ね」
「俺、関わりある女性全員に揶揄われるんだけど……」
「しゅうって揶揄い
「俺ってそんなに顔に出るかな?」
「超分かりやすいよ。普段が死んだ魚みたいな顔と目してるから余計に」
「なんて失礼な。もう少し生気あるわ」
ないない、と鼻で笑って一蹴する柚葉に俺はバツが悪そうに口を尖らせる。
そんな俺を見て柚葉はまたケラケラと笑って、ひとしきりに笑い終えると深い息を吐いた。
「ほんと、しゅうは分かりやすいよ。単純で、純粋で、でも鈍くて、それなのに周りをよく観てて、優しくて思いやりがある」
彼女は、ずっと俺のことを見てくれたのだろう。俺の全てを
「ねぇ、しゅう」
「……なんだ」
陽気なリズムは続く。揺らめく
そんな騒々しい世界が、一瞬だけ二人だけの世界になったような、そんな静寂の時間が訪れた気がして。
そう思ったのはきっと、俺のことを一心に見つめるこの瞳のせいだった。
「――好き」
「――――」
「私、しゅうのことが好き」
「――――」
「こんなこと今更だって分かってるけど、もうしゅうには好きな人がいるって知ってるけど、こんなのズルイって分かってるけど、好きなの。しゅうのことがずっと前から、大好きだった」
「――――」
陽気なリズムは変わらない。揺らめく
その中で、今、たしかに、俺と柚葉は二人だけの世界に居た。
見つめる瞳はきっと、返事を望んでるわけじゃない。
正しさを、過ちを、後悔を、微かな希望に
ただ、伝えたかっただけなのだろう。
俺に抱いてくれた、自分の中に消そうとしても消せなかった〝恋心〟という
握る手を、そっと、今よりも少しだけ強く握りしめた。
「ごめん。俺は、柚葉の気持ちには応えられない」
「うん。知ってる」
刻むステップに意味はない。けれどもし、この時だけ意味を与えるのだとしたら、きっとこれは証なのだろう。
これまで共に歩んできた、友達としての証。
「俺は、緋奈さんが好きだ」
「うん。もう聞いたよ」
「柚葉の想いには応えられない。でも、まだ友達として、俺の傍にいてほしい」
「ふっ。ワガママだなぁ」
「ごめん」
「謝らないでよ。もとはと言えば、この気持ちを隠し通せなかった私に非があるんだし」
「柚葉に非なんてないよ」
気付かなかった俺が悪い。いつから、なんて記憶を辿ればすぐに見当はついたのに。それなのに、これまで気付かなかった。我ながらに、呆れるほど鈍感だ。もうマジでバカ野郎だ。
そして彼女の恋心に気付かぬまま友達という関係を続けていたせいで、ずっと柚葉に辛い思いをさせてしまっていた。
だからせめて、これまで秘めていた想いを告げてくれた柚葉には誠実に応えたかった。
もし。もしも、だ。
緋奈さんと出会う前に柚葉の気持ちに気付いていたら、俺はどうしていたんだろうか。
その考えが無粋なのは分かり切っているのに、でも、考えてしまう。
そして答えなんて、きっとすぐに出せたんだろうな。今のように。
「もし、もしさ。しゅうが緋奈先輩に出会う前に、私がしゅうに告白できてたら、どうなってたのかな」
「言わせるなよ、そんなこと」
それが答えのようなもので、そして、それを柚葉も分かって。
「たはは。じゃあ、結局私がしゅうと付き合えなかったのは、私が臆病だったせいか」
「柚葉のどこが臆病なんだよ。全部分かってて、それでも勇気をもって告白してくれたんだ。そんな柚葉が臆病なわけない」
「フッた女に優しくするなぁ」
「いて。悪かったよ」
怒った柚葉に脇腹に一発もらう。柚葉は
お互いに無言のまま、しばらくダンスに身を委ねる。
「言いたいことは言えたし、スッキリした」
「そっか」
「でもさ。やっぱりまだ、悔しいって気持ちは残るから……」
「――――」
「だから今夜だけ。今だけ私のワガママ聞いて」
「……今だけだぞ」
ありがと、と小さく笑ったあとに柚葉――、
「三年間。しゅうに惚れた女として、この瞬間だけしゅうのカノジョにさせて」
「――――」
「これが終わったら、そしたら今度こそ〝友達〟になろうよ。私たち」
「――っ!」
なんだよそれ。ずるいよ。
そんな目で見つめられて、そんなこといわれたら、頷かないわけにはいかないだろ。
胸裏で渦巻くあらゆる激情は、全部、この手に乗せて。
「……今だけ」
「っ!」
「今だけだからな。俺のカノジョの名乗れるのは」
「……へへっ。ありがとう。大好き。しゅう」
目尻に溜まった雫が一つ、頬に伝って地面にこぼれ落ちる。
その言葉に、柚葉がどれほどの想いを込めているのは、もう何も言わずとも分かってしまって。
『――きっと。緋奈さんに出会う前にお前に告白されたら、俺はお前と――』
その先は、何があっても言わない。例え、死んでもだ。
ありがとう。柚葉。
ずっと、俺の〝友達〟でいてくれて――。
【あとがき】
『〝恋心〟という
↑※ここのルビだけ他の
ここは意図的に他の『焔』と異なるルビを振ってます。柚葉の中にある大事な感情をキャンプファイアーの『焔』と比喩していますが、それよりもしゅうに対する想いが誰よりも強く、深く、熱いものだと表現する為に意図的にルビ変えてます。
なので、本話にて『焔』と書かれた箇所には全てルビが振られています。
これを見て気になった読者さまはもう一度本話を読み返してみると、また違った視点で本話をお楽しみいただけると思われます。
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