第61話  手に入れた残酷さで

 その後は無事に先生たちと合流を果たし、仲良く二人で先生に怒られたことで肝試しは幕を閉じた。


 数名の先生に実は二人きりになりたくて故意ではぐれたのではないか、と真偽を疑われもしたが、それを柚葉が「コイツとはそんなこと絶対ありえない」と中々にドスの効いた声で弁解した為その説は一蹴され、俺と先生の間に虚しい沈黙があったことはここだけの話だ。


 雛森さんと佐藤くん、それから神楽と八重さんと迷惑を掛けてしまった班員にもきちんと謝罪を済ませた。


「僕たちの班は災難が多いね」

「「…………」」


 と、皮肉かただの感想かは分からない神楽の何気ない一言に俺、柚葉、雛森さんが沈黙した。べつに、全員災難に見舞われたいわけではないはずなんだけどな。


 とにもかくにも本日も濃密だった林間学校二日目も間もなく終了。三日目に突入するまであと数時間といった束の間の自由時間の中で、俺はペンションの外壁に背中を預けて星空を眺めていた。


 無論、ただロマンチストを気取って満天の星空を見上げているわけじゃない。


 俺が人目を気にしてここにいるのは、それなりの訳があった。


 それは――


『――あ、もしもし。しゅうくん』

「こんばんは。緋奈さん」


 大切な人、緋奈さんと電話する為だった。


 夜も深まってもしかしたらもう寝ていたかもしれない、という懸念もあったが、それは通話越しでも心地よさをくれる銀鈴の音の声音が応じてくれたことで安堵に変わった。


「よかった。まだ起きててくれて」

『まだ22時だよ。全然起きてるよ。……でも、どうしたの? 急に電話なんてかけてきて。もしかして私に会えないのが恋しくて声が聞きたかったとか?』

「はは。すごいな緋奈さんは。俺のことなんて全部お見通しだ」

『そう素直に認められると反応に困るというか、うん。ちょっと待ってね。今深呼吸するから……(くぅ⁉ 揶揄って反応楽しもうと思ったのにカウンターくらちゃった⁉)』

「緋奈さん?」


 何やら電話の向こうが騒がしい気がして眉根を寄せれば、数秒後に『大丈夫』と少し荒い息遣いが返って来た。


 本当に大丈夫なのか、と怪訝に思いながらも、


「今何してました?」

『さっきお風呂から出て今は顔のマッサージとストレッチをしてるところだよ』

「あー、ならもしかして邪魔しちゃいましたかね?」

『全然! しゅうくんから電話してくれて嬉しいよ』


 そう言ってもらえるといくらか溜飲も下るし、電話してよかったと思う。

 思わず微笑がこぼれる俺に、緋奈さんは続けて質問した。


『しゅうくんの方は?』

「俺の方は今ちょうど二日目の予定が終わったとこです」

『二日目ってことは肝試しだよね?』

「はい」

『楽しかった?』

「あはは。色々あってそれどころじゃなかったです」

『色々?』


 気になる、と声音をひそめる緋奈さん。


「それは帰ってからお土産話として話します。一日目も大変だったんですよ」

『あはは。それじゃあ、帰ったらたくさんしゅうくんからお土産話が聞けそうだね』


 そうだ。帰ったら、話したいことがある。たくさん。

 緋奈さんに、話さなきゃいけないことがある。

 一つ、深く息を吐いた俺は、声音を真剣なものに変えて言った。


「――帰ったら、緋奈さんに話さなきゃいけないことがあります」

『――――』


 その声音から、緋奈さんは何かを感じ取ったのだろう。少し沈黙が降りて、次に聞いた彼女の声音はひどく穏やかでありながら、俺と同じ真剣さを帯びていた。


『分かった。帰ったら聞かせて』

「はい」


 互いに静かに応じ合って、意思を確認し合う。


「……電話した用件は、それだけです。すいません。貴重な時間潰しちゃって」


 なんとなく気まずくなって逃げるように電話を切ろうとした。しかし、


『星は綺麗?』

「え? 星ですか?」

『うん』


 突如投げかけられた質問に戸惑いながら空を見上げた俺は、その暗闇の中で命を輝かせんとする満天の星たちに双眸そうぼうを細めた。


「はい。綺麗です」

『だよね。私も去年、そこから見た星が綺麗だったこと覚えてる』


 頷けば憧憬しょうけいに浸るような声音が返って来て、俺は微笑を浮かべた。

 それから、なんとなく、ぽつぽつとではあるが、こんな他愛もない会話が続いた。


『まだ少し時間があるなら話そうよ。もっとしゅうくんの声聞かせて』

「俺の声低くて聞き取りずらくありません?」

『そんなことないよ。男らしくて私は好き』

「…………」

『あはは。照れてる』

「なんで顔も見てないのに分かるんですか?」

『しゅうくん分かりやすいんだもん。今、絶対顔赤くして頬を掻いてるでしょ?』


 その通りです。


『はぁ。早くしゅうくんに会いたいな』

「俺も、早く緋奈さんに会いたいです」

『帰ってきたらたくさん甘えさせてあげるね』

「それはっ、嬉しいけど、でもお手柔らかにお願いします」

『ふふ。だーめ。私が満足するまで止めてあげなーい』


 ころころと楽しそうな声が鼓膜を震わせる。


 あぁ、この人と話すことはなんて楽しくて、なんて居心地がいいんだろうか。


 その心地よさに、疲弊した精神が癒されていく感覚に自然と笑みが浮かび上がって。


「緋奈さん」

『なに、しゅうくん』

「帰ったら、膝枕してほしいです」

『――。うん。いいよ。好きだけカノジョに甘えてね』

「はい。たくさん。甘えさせてください」


 普段はプライドが邪魔してできないようなお願いも、今は何故かすんなりお願いできて。


 それを、穏やかな声音が嬉しそうに肯定してくれて。


 彼女に早く会いたいという切望が、また一段と強まるのを感じた。



 ***



「朱夏。ちょっと話いいかな」

「え? う、うん」


 困惑する朱夏をペンションの外まで連れ出して、点々と並ぶ外灯の下で私は彼女と向かい合った。


「ごめんね。急にこんな場所に連れ出して」

「それはいいよ。それで、話って何かな?」


 私の顔色を窺うような、その顔に少し怖気づくような朱夏は、おずおずと訊ねた。

 自由時間も残り少ない。だから私は単刀直入に告げた。


「明日のキャンプファイアーでのフォークダンス。私をしゅうとペアにさせてほしい」

「――っ‼」


 その懇願が何を意味するのかは、今の朱夏ならすぐに理解できる。事実、朱夏は大きく目を見開いたあと、引きつるような笑みを浮かべた。


「え? 柊真くんと、踊りたいの?」

「うん。私、しゅうに話したいことがあるんだ」

「それって、あれかな。ひょっとして大事なやつ、かな」


 あえて主語をなくし、そして迂遠に言い回しながら問いかけてくる朱夏に、私は瞳に熱を灯すことなく淡々と応じた。


「うん。大事なやつ。私にとって、どうしても譲れないもの」

「……そ、なんだ」


 朱夏は戸惑うばかりだった。


 それもそうだ。だって、私は昨日、しゅうに寄せる〝それ〟を否定したばかりなのだから。


 それを今頃になって肯定されれば、戸惑うのも無理はない。


 何よりも、〝それ〟を否定して応援すると約束したはずなのに。


「ごめんね。昨日は朱夏のこと応援するって言ったのに」

「ほ、本当だよ⁉ な、なんで……どうして、今なの⁉」


 私の謝罪に、朱夏は困惑と無理解を同時に張り詰めた表情をみせた。そんな、悲壮な表情にも、私は狼狽えることなく憮然ぶぜんとしたままで。


「本当に、ごめん」

「……っ」


 糾弾されても仕方がない。憎まれても文句など言いようがない。嫌われて当然のことをしている。


 でも、今じゃなきゃダメなの。


「柚葉、柊真くんとはただの友達だって言ったよね? なのに、あれは嘘だったの?」

「うん。嘘だよ。何もかも、全部が」

「――っ⁉」


 しゅうと私は友達だけど、本当の友達じゃない。


 この想いを隠し続ける限り、私としゅうは、一生本物の友達にはなれない。


 ひたすらに続く弾劾だんがい。無理解に苦しむ悲痛の顔。けれど、私は止まらない。


 声音はひどく、ひどく穏やかで。表情も水面一つ立たない凪のようだった。そう自分でも分かるくらいには、今の私はおそろしく冷静でいて。


「だからこそ、これ以上私は嘘を吐かない。朱夏にも。しゅうにも」

「――――」


 だって、彼が教えてくれたから。

 だって、彼が自分を犠牲にして伝えてくれたから。

 だって――彼が、大切な人との約束を反故してまで、私と向き合ってくれたから。


「ごめんね。朱夏。ずっと嘘吐いてて。でも、ちゃんと言うよ。私は――」


 だから私は、ちゃんと彼と向き合うんだ。雅日柊真と。


「私も、柊真のことが好きなの」

「ぁ――」


 これまで自分がどうしても手に入れられなかった残酷さ。それを手にした時、私はようやく〝それ〟――〝恋心〟を他人に告げることができた。


「朱夏よりも、緋奈先輩あの人よりも――私は雅日柊真のことが好き」





【あとがき】

昨日は14名の読者さまに☆レビューを頂けました。

そしてなんと、2名の方がコメントレビューを書いてくださいました。

すげぇ。マジすげーい。モノスゲーイ!

改稿、執筆作業が追いついていない状況下ではありますが、最善尽くして1人でも多く、ひとあまのことを好きになってもらえるよう、これからも尽力していきます。

ps:3章の原稿全然進んでない。まず。超マズ。激マズぅ!?

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