第59話  泣き止むまで、隣にいるから

 暗闇の中でわずかなあかりを見つけた時、胸には漠然と安堵が広がった。


「――見つけた」

「……しゅう」


 息を切らし、額から滝のような汗を流して、枝木に傷つけられた汚い顔を見た柚葉は、驚きと困惑で流していた涙を止めた。


「ど、どうしてここに……」

「バカ野郎!」

「――っ!」


 震える声音が戸惑いをはらみながら問いかけるも、それをさえぎるように俺の怒号が森に響いた。


 ビクッと肩を震わせた柚葉に俺は膝から崩れるように寄りながら、その怯える肩に手を乗せて、


「お前が無事で、本当によかった」

「――しゅう」


 ずっと見つからないんじゃないかと不安でたまらなかった。その恐怖に震えた声音を聞いた柚葉は、わずかに息を飲んでから俺との距離を詰めて、


「ごめんなさい。迷惑かけて、本当に、本当にごめんなさいぃ!」

「謝らなくていい。お前が無事なら、それでいいんだ」


 きっとこの暗闇の森で一人だったのはさぞ心細かっただろう。柚葉は謝ると、たちまち滂沱ぼうだの涙を流し始めた。


「ああもう泣くなよ。せっかくの可愛い顔が台無しだろうが」

「だっでぇっ! またしゅうに迷惑掛けちゃったからっ! ……誰も助けにっ、来てくれないと思ったからっ……っ!」


 ぼろぼろと零れ落ちていく雫を袖で拭いながら、俺は柚葉が泣き止むよう声を掛け続ける。


「助けに来るに決まってるだろ。生徒が行方不明になったとか学校側も洒落しゃれにならないだろ」

「ぼーっとしてた私が悪いもんっ!」

「やっぱぼーっとしてたのか。それは俺にじゃなくて、ペアだった佐藤くんに謝れ」

「佐藤くんごめんねぇ!」

「佐藤くんは今ここにいねぇよ」


 感情の防波堤が決壊して、わんわんと泣きじゃくる柚葉。そんな彼女の不安を少しでも早く取り除けるよう、俺は優しく彼女の頭を抱きしめた。心の中で、大切な人に謝罪しながら。


「ずっと、お前と向き合えなくてごめん」

「ひくっ……ひくっ」

「お前がはぐれたのも、こうして泣いてるのも、俺の責任だ」

「ちがっ……しゅうはっ……何も、悪くない!」

「悪いよ。俺はずっと柚葉から逃げ続けてきた。男として情けない限りだ」


 友達として、ずっと彼女の傍にいたはずなのに。

 友達なのに、大事なことは何も言えなくて。

 彼女と同じくらいに大切な子なはずなのに、いつの間にか見なくなってしまって。


「ごめん。柚葉。ごめん」

「ひくっ……ひくっ」

「ごめん」


 俺はただ、泣いて喘ぐ柚葉に謝り続けた。これまで彼女に抱いていた罪悪感の全てと向き合う為に。


「私も、ごめんねっ。しゅうに、たくさん酷いことしてっ……」

「酷いことされただなんて思ってないよ。まぁ、少し理不尽を感じたことはあったけど」

「うわーん!」

「冗談だから! もう全く! これっぽっちも理不尽に感じたことなんてないから!」


 少しだけ泣き止んだかと思えば、またすぐに泣きだしてしまった。どうやら、今の柚葉に冗談は通じてくれないらしい。


 だからか、早くいつもの元気な彼女に戻って欲しくて、いつも俺に魅せてくれた笑顔を取り戻したくて。


 柚葉の頭に置く手のひらに、「大丈夫だよ」と想いをこめた。俺は、此処にいると、そう気づいてほしくて。


「柚葉」

「……ひくっ」

「もう大丈夫だから。俺は、ここにいるから」


 いつの日だったか、柚葉が泣いていた日の事を思い出す。

 そういえばあの時も、こんな風に慰めてたっけ。

 どうしてか、柚葉の泣き顔だけは見たくなくて。


「お前は笑ってる顔が似合ってるんだからさ、だから早く泣き止んでくれよ」

「……うっ」

「泣き止むまで、俺はずっと柚葉の隣にいるからさ」


 そう言って、俺は無意識にむせび泣く彼女を慈しむように撫で始めた。小さな頭を撫でていると意識が遅れて気付いて、ダメだと分かっていながらも俺はその手を止めることはなかった。――止めることなんて、できやしなかった。


「柚葉」

「…………」

「見つかってくれて、ありがとう」


 月下。月明りがわずかに差す夜の森で、俺は大切な友達が泣き止むまで頭を撫で続けた。


「……見つけてくれて、ありがとう。しゅう」

「どういたしまして。柚葉」





【あとがき】

本日、一件のレビューコメントを頂けました。☆マジ感謝☆ マジサンクス。マジ卍

日頃から『ひとあま』を応援してくださっている読者様一同。改めて感謝申し上げます。

…どうやら本作のキャラクセが強いらしいです。誰のことだ? 緋奈パイセンしか思い当たる節がねぇな。逆にあの子は思い当たる節しかない。

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