第53・5話  嘘ばかり

 夜。


「ねぇねぇ柚葉! 雅日くんの好きな性格タイプってどんなの子かな!」

「……あはは。うーん。どんな子だろうね」


 夕食も済ませ、早くも自由時間がやって来た私たちは現在、班ごとに割り振られた部屋にてくつろいでいた。


 否、それは少し誤謬ごびゅうがある。正確には、恋バナが行われていた。


「え、なに朱夏。アイツ好きになったの⁉」

「ま、まだ好きじゃない!」


 私たちの班とは別の子がもう一人、自由時間を利用して部屋にやって来ていた。この子も私や朱夏と仲良く、よく話す子だ。名前は透。染めた淡い紫髪が特徴的で凛とした顔つきの女の子。


「雅日ってたしかあれだよね。いっつも教室の端っこにいる根暗男子」

「しゅうは根暗じゃないよ。基本やる気ないだけ。まぁ、死んだ目はしてるけど」

「でも顔は結構いいよね!」

「そ、そうかな」


 しゅうは前髪が長いから、よく顔を覗き込まないとその精悍せいかんな顔立ちが見れない。それを知っているということは、今日、朱夏はずっとしゅうの事を見ていたのだろう。――ずっと、見つめて、いたんだろう。


 それが分かってしまって、もうそう・・であることが確定してしまって――胸が締めつけられるほど痛くなる。


「つか、なんで雅日? アンタ、梓川狙いじゃなかったの?」

「だから狙ってないし! ま、まぁ。たしかに最初は梓側くんと仲良くなれればなと思ってたけど……その、今日さ、雅日くんに助けてもらったんだよね」

「あー、そういえば朱夏アンタ、ムカデに噛まれたんだっけ。私前の方にいたから気付かなかったけど」


 でも悲鳴は聞こえた気がする、と透は午後の山登りを思い返しながら呟いた。


「うん。その時に雅日くんに助けてもらったんだよね」

「やー。隣で見てた私もあの対応力には見惚れたなぁ。もうね、超凄かったんだから。朱夏の下に駆け付けるなりすぐに応急処置してさ。おまけに「怖かったね」とか「大丈夫だよ」って超励ましてくれたの」

「……そうなんだ」

「あれを見たら、朱夏がこうなるのも当然だと思わさられるよ。なんたって当事者だからね」


 それは私も初耳だった。しゅうから聞いてたのは、上手く毒の処置ができた事くらいだった。


「先生が駆けつけた時もさ、朱夏についてこうとした私に「あとは俺が引き継ぐから安心して皆と合流して」ってフォローまで入れてくれたんだよね」

「ほほぉ。雅日にそんな一面がねぇ」

「ね。すごく優しい人じゃない⁉」


 自分のクラスに隠れ優男がいたことに驚きを隠せない透に、朱夏が興奮気味に頷いた。


「ま、たしかにそれなら惚れるのも無理ないわな。自分がピンチの時に颯爽と駆け付けてくれるとか、女からしたら王子様かよって一目惚れしちゃうわな」

「だよねだよね! しかもね、私が足を引きずってると心配して声掛けてくれるの!」

「なに? アイツ朱夏のこと好きなの?」

「あはは。しゅうはたぶん、無自覚でやってるだけだと思うよ。しゅうって周り見てないようにみえてよく見てるから」

「さっすが中学から一緒にいるやつはよく理解してるねぇ」

「それなりにしゅうとは話すからね」

「そういえば柚葉。休み時間も時々雅日くんと話してるよね?」

「うん。しゅう友達いないし、話し相手になってやるかってよく神楽と一緒に揶揄いに行ってる」


 嘘だ。私がしゅうの所に行くのは、しゅうと話したいから。しゅうと、もっと一緒にいたいから。


 そんな醜い欲望をひたすらに隠して、押し殺して、皆と会話を弾ませるフリ・・を続ける。


「いいなぁ。私ももっと前に雅日くんと仲良くなりたかった」

「あれ? でも雅日ってカノジョいなかったっけ?」

「え⁉」

「え?」


 唐突に思い出したようにそんなことを口にした透に、朱夏は目を白黒させ、私は瞠目どうもくした。

 そんな私たちの反応を横目に、透は「ほら」と前置きして、


「一年先輩の緋奈先輩。噂になってたじゃん」

「あー」


 透の言葉を聞いた瞬間、私はわずかに走った緊張が瞬く間に解けていく感覚に頬を弛緩しかんさせた。


「あれは誤解だよ。しゅうと緋奈先輩は付き合ってない」

「でも一緒に帰ってたんだよね?」

「らしいね。私も本人から聞いただけだけど、とにかく付き合ってないって」


 それは遡ること二週間前。しゅうが緋奈先輩と放課後に校門で待ち合わせ、そして一緒に帰った日のことだ。


 金曜日――つまり事件の当日にその事実が発覚され、月曜日には全校生徒に拡散されていた珍事。そのせいでしゅうは一週間同学年や先輩の男子たちに質問攻めに見舞われた。酷い時は早退したくらいだ。


 そのほとぼりも、時間経過とこの林間学校を機に冷めつつあった。たぶん、しゅうも火消には丁度いいと思ってるはずだ。


「え、なに。雅日くんて緋奈先輩と知り合いなの?」

「うん。しゅうのお姉さんが緋奈先輩と友達なんだよ。それで、たまに話す時があるんだって」

「緋奈先輩が相手とか私に勝ち目なくない⁉」


 それは私にも言えたことだ。しゅう本人は彼女とは何の関係もないと断言しているが、しかし彼女の心境は分からない。少なからずしゅうに好意を抱いているから放課後に一緒に帰るなんて真似をした、その可能性も多分にあるのだ。


 これまで数多の男子からの告白をことごとく振ってきた人が、そんな女性が唐突にそんな思わせぶりな行動をみせれば、誰だって猜疑心さいぎしんを抱かずにはいられない。


 もし、仮に本当に緋奈先輩がしゅうに恋慕を抱いているのなら、凡人の私如きが勝ち目なんて到底なくて――そうでなくとも、しゅうはあの人に惚れているというのに。


『前にしゅうが言ってた認められたい人って、絶対に緋奈先輩だよね』


 元々二人は接点があって、しゅうがご機嫌になるのは決まってあの人が関わっていて、それだけの判断材料があってあの人じゃない訳がない。


 私も、神楽も、もうしゅうが緋奈先輩と何らかの関係を持っていることに気付いている。だから、しゅうに何も聞けなければ何も言えない状況が膠着している。


 せめてしゅうの方から打ち明けてくれる日が訪れるまで――そんな言い訳を自分に聞かせて、ずっと逃げ続けている。


 無意識に、枕を抱く両手に力が籠った。


「――案外いけんじゃない? 緋奈先輩ってハードル絶対高いし、それならタメで気楽に話せる子の方が楽だって気づかせればいいだけじゃん」

「そう簡単にいくかなぁ」


 そうだ。そう簡単にいくなら、私はここまで尻込みしてない。


「いかなくても好きならするっきゃないでしょ。恋は早い者勝ち。一つの席の奪い合いなんだから」

「それはそうだけど」

「安心しなよ朱夏。私が雅日と仲良くなれるよう協力してあげるから!」

「ありがとう育美――柚葉も、私のこと応援してくれる?」

「――ぇ?」


 不意に声を掛けられた気がして慌ててハッと我に返れば、朱夏が私に不安と羨望せんぼうを宿した瞳を向けていた。


 それに、私は、


「も、もちろん。二人が上手くいくよう、応援するよ」


 逃げた。戦わず、逃げることを選んだ。


 私だってしゅうのことが好き。けれど、そんな気持ちを押し殺せる女が、これから頑張ってしゅうにアプローチしようとする子の邪魔なんて、到底できるはずがないと、怖気づいた。


 そのぎこちない肯定を受けて、朱夏はへへ、と安堵して柔和な笑みを浮かべた。


「ありがとう皆。私、残りの三日間で雅日くんに意識してもらえるよう頑張る!」

「サポートは私に任せなっ!」

「ふあぁ。頑張れー」

「……わ、私もできる限り協力するよ」


 あぁ、私はなんて残酷な女なんだろうか。


 精一杯の勇気を振り絞る健気な女の子を応援しているその裏腹で、その恋が絶対に実ることはないと知っているのに。


 それなのに、笑みを取り繕って背中を押している。


 ――こんな女、しゅうが好きになるはずがない。




【あとがき】

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