第53話  苦味

「えマジ⁉ 雅日くんて料理できる男子⁉」

「これくらい誰でもできるだろ。あと近い」

「むぅ。さっきまで楽しく話してた仲じゃん!」

「無理矢理付き合わされただけだわ」


 日が傾きかけ、本日最後のカリキュラムとなるカレー作りに勤しんでいる俺の隣では、絶対安静が言い渡されている雛森さんがぴょこぴょこと跳ねていた。


「ほら、包丁持ってる人のすぐ近くではしゃがない。また怪我したらどーすんの」

「その時はまた雅日くんが手当してよ」

「怪我させたくないから落ち着けって言ってんの。女の子に怪我させたらそれこそ洒落にならん」

「お、お嫁さんで許してあげる、よ?」

「まじかー。そこまで責任取れねぇからやっぱ休憩室で待機しててくんない?」

「嘘だから! 冗談だから! だからボッチにさせないで⁉」

「あはは! 雅日くんて意外と面白い人なんだね!」


 何故か、神楽と柚葉ではなく、雛森さんと八重さんという女子二名に囲まれてしまっている俺。


 この状況の何がマズイって、そもそも俺の場違い感が半端ないし、緋奈さんに知られたら俺が確実に尋問されるということだ。そんな事態、現状から冷静に判断すれば起こりうる可能性の方が低いが、万が一でも知られたらと思うと背中の冷や汗が尋常じゃない。最悪ち〇こ切り落とす羽目になりそう。


「ねぇねぇ雅日くん! 私ルー入れたい! ルー入れる係私でいい⁉」

「いいよ。でもまだ鍋空だから具材入れるまでもうちょい待って」

「はーい。……あっ、そうだ。雅日くん。私も何か野菜切りたいな」

「じゃあ、今俺が皮剥いてる玉ねぎ切ってみるか」

「えぇ。玉ねぎは目が痛くなるからやだぁ」

「包丁を水で濡らせば痛くならないから。やってみ」

「本当だ⁉ 全然痛くない⁉ やっぱ雅日くん天才だ⁉ かっこいい!」

「……心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却」


 想い人を心の中で強く想いながら包丁を動かしていると、ギャルではないが陽キャの二人に褒められる。俺の方はずっとそんな繰り返しだった。


 ***


 ――想い人が他の女の子と楽しそうに話している光景を、私はただ羨ましそうに見つめていた。


「――は。――ずは。――柚葉」

「――っ!」


 私を呼ぶ声がしてハッと我に返ると、そんな私をおもんぱかった表情の神楽が見ていることに気付く。


「大丈夫?」

「う、うん。ちょっとボーっとしてただけ。気にしないで」

「それは無理があるよ」

「…………」


 私の恋心を知っている親友は、穏やかな声音で否定した。


「柊真。雛森さんたちに気に入られちゃったね」

「そう、みたいだね」


 私の真意を探るように、或いは発破をかけるように呟く神楽に、どんな顔して返事したのか分からなかった。

 ただ、この胸を満たす苦味をひたすらに誤魔化すのに必死なせいで。


「気になるなら柚葉も柊真の所に行けば?」

「私が行っても、お邪魔虫になるだけだから」


 食器を配膳しながら、私たちは静かに言葉を交わす。


「雛森さんとも友達なんだろ。なら自然と入り込めばいいじゃないか」

「でも、あれって、明らかにそうじゃん」

「まぁ、目に見えてね。柊真は鈍感だから気付いてないみたいだけど」


 私の指摘に神楽も苦笑して肯定する。あれを見て、否定する方が無理だろう。


 朱夏は露骨なまでにしゅうに好意を寄せている。きっかけは明瞭――今日、山登りでしゅうに助けてもらった瞬間からだろう。


 自分のことを懸命に助けようとしてくれて、あまつさえ不安な時にずっと傍にいてくれたのだ。女なら、そんな男誰だって惚れるに決まっている。


 しゅうは、鈍感だから朱夏の好意に気付いてないみたいだけど。


 呆れつつも、けれどそれが唯一の救いで胸の苦味もいくらか和らぐ。


「あれだけのことをされたらね。たぶん男の僕でも惚れるよ」


 柊真は自分が気付いてないだけで顔いいからね、と余計なことを言う神楽。


「だからこそ、柚葉は割って入るべきなんじゃないの?」

「――――」


 知ってる。分かってる。だから何も言うな。


「神楽には、私の気持ち分かんないよ」


 せめぎ合っている。朱夏の邪魔をしたくない気持ちと、柊真をられたくない醜い欲望が。


 その隣だけは、柊真友達の隣だけは、私の席なのに。


 お願い。お願い。お願い。


 座らないで。


 取らないで。


 そう思ってるのに。奥歯を噛み殺しているはずなのに――


『なんで、動かない。動けないんだよ、私』

 

 心と身体はせめぎあう感情に揺れて、そんな激情に弱虫な私は足をすくめる。


「おお! やっぱ調理雅日くんに任せて正解だぁ」

「おいお前ら! さっきからサボってないでちょっとは手伝え! 俺の周りちょこまかしてるだけじゃねえか!」

「最近の夫は料理も育児もできなきゃダメなんだぞっ」

「飽きてんじゃねえ!」


 お願い。柊真と一緒に笑わないで。そんな楽しそうにしないで。


 ――私を、置いて行かないでよ。しゅう。


 不安で胸が満たされて、手が震える。泣きたくなるほどの辛さに、喉が震えた。


 こんな弱いところ、しゅうに見られなくてよかった。見られたらきっと、しゅうは私を幻滅するだろうから。


「――柚葉」

「……気にしなくて、いいから」


 憂慮ゆうりょの声だけは、ただずっと弱虫な私に寄り添ってくれて。





【あとがき】

朱夏がめちゃくちゃ可愛い回と柚葉の激情を一話にまとめたら作者でも感情シェイクされました。このド修羅場感がたまりませんなぁ。


Ps;皆の意見のおかげで本作はより面白くなっていってると思います。

例えば、柚葉のシーン。書き上げた原稿からさらに書き加えられています。

臆病な柚葉を指摘してもらえたおかげでより柚葉の臆病な部分を引き出せたと思いますし、朱夏は朱夏でより積極的に行動している描写を加えられました。

朱夏と柚葉。互いが柊真に寄せる想いを今後ますます加速させられたらなと思って続きの改稿をしていきますっ。





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