第2章ー2 【 林間学校編 】

第49話  林間学校

 月曜日から四日間行われる林間学校は、快晴の下無事に始まりを迎えていた。


「なぁ、神楽。俺たちが行く所ってイモリいるかな」

「いたとしても絶対に僕に近づけないでね」

「お前イモリの可愛さ知らないのか。よし、今から動画視て予習しておこうぜ。きっとお前もイモリの可愛さに気付くはずだ」

「マジでやめてっ!」


 俺を含む一年生を乗せたバスは、既に都心を離れ郊外へ出ていた。


 目的地は林間学校のあるペンション。片道四時間の旅は、ようやく折り返しを迎えていた。


 そのバスの中で、俺は班員でもある神楽といつものように会話を弾ませていた。


「はぁ。そんな動画視るならゲームする方がマシだよ」

「そんな動画とはなんだ。イモリに失礼だろうが」

「大体、イモリ好きな高校生なんて聞いたことないんだけど」

「お前の隣にいるだろうが」

「柊真は生き物全般が好きなんだろ。おまけにカエルまで好きとか、僕からしたら気絶ものだよ」


 この会話から察してもらいたいが、神楽は生き物、特にカエルとかイモリが苦手だ。対する俺はカエルもイモリも好きなので、嗜好しこうは正反対もいいところである。


「でも、林間学校のスケジュールで水辺観察あるだろ。その時に絶対に遭遇そうぐうすると思うぞ」

「その時僕は全力で柊真から逃げるからね」

「男のくせに情けない」

「カニはギリいける!」

「カエル見つけたらすぐにお前の下に持って行ってやろう」

「卒倒しても知らないからね⁉」


 本気で怯える神楽に俺はやれやれと嘆息。神楽はそのまま現実逃避するようにイヤホンを耳につけて音楽を聴き始めた。


 話し相手を失った俺は、不貞腐ふてくされた神楽に嘆息を落としてから流れゆく景色に視線を移した。


 窓から覗く景色は二時間前の建築物ばかりの退屈なものから、自然を象徴する緑梁色がぽつぽつと増え始めた。それが都会から田舎へと変わっていく合図に思えて、自然と双眸を細くする。


「……こういうのを、緋奈さんと一緒に見たかったな」


 隣に座っているのは想い人ではなくこれから出会う生き物に怯える友人。それ故に、胸が漠然ばくぜんとした焦燥を覚えた。


『いい景色。でもまだ都会感が残ってるね』


 焦燥は切望をはらませ、脳内が勝手に想い人の声を再生する。

 ここまで行くともう重症だなと苦笑をこぼしてしまいながらも、けれど自分の胸の中に今は会いたくても会えない彼女がいることに嬉しく思えて。


『帰ったら、緋奈さんにたくさんお土産話しよう』


 次に彼女に会う日に想いを馳せながら、過行く景色を眺める。


 俺はまだ、知らない。


 これから始まる、林間学校を舞台にした激動の四日間。その結末を。


 俺たち・・・はまだ、夢見る無垢むくな子どものままで――。


 ***

 

「じゃあ、一度ペンションに荷物預けたら10分後に広場に集合。一班から順に並べー」


 片道四時間の長旅を終え、背伸びする俺たちの耳に担任の気怠そうな声がそう指示をあおいだ。


「だってさ。指示通り部屋行こうぜ」

「だね」

「くぁぁ! 背中いたぁ。しゅうー、背中叩いてー」

「なんでだよ。めんどいからやだ」

「しゅうのケチ!」


 それぞれ宿泊の荷物を詰めたバッグを肩に乗せ、俺たちは事前に割り当てられたペンションへと移動する。


 少し先を行くと柚葉もそこに合流して、いてて、と呟きながら腰を叩いていた。おばさんかよ、と鼻で笑うと怒りのパンチが飛んできて、紙一重でその拳打を交わし続ける。


「あ、そうだ。柚葉。二日目の水辺観察。カエルとイモリ見つけたら真っ先に神楽の所に持っていこうぜ。普段は見れないイケメン様の無様な姿が見れるぞ」

「そんな邪悪な考え思いつくのしゅうだけだよ。見なよ隣を。そのイケメン様はもう顔が真っ青だよ」


 わずかに俺との距離を広げた神楽にくつくつと笑っていると、柚葉が「ガキじゃないんだから」と肩をすくめた。


「しゅうはいつまで経っても子どもだなぁ」

「ハッ! お子ちゃまボディに言われたかないね」

「お前ぇ! 人が最も気にしていることを鼻で笑ったなぁ⁉ 死刑だっ、死刑!」


 緋奈さんと比べるまでもなく見発達もいいところの身体を嘲笑すると、血相を変えた柚葉が胸倉を掴んできた。


「しゅう、アンタ渓流下りの時覚えてなさいよ。神楽共々川に沈めてやるんだから」

「ちょっと二人の喧嘩に僕まで巻き込まないでよ!」


 いつもの三人で和気藹々わきあいあい駄弁だべりながらペンションまで移動し、そこで柚葉とは一旦別れる。女の子に似つかわしくないガニ股で自分の部屋に向かっていく姿に苦笑をこぼしながら、俺と神楽も部屋へ向かい荷物を置いた。


「ふぅ。やっぱ三泊ってなるとそれなりに荷物多くなるよな。つか、林間学校で三泊ってやり過ぎじゃね?」

「ね。ちょっとした修学旅行だよね。スケジュール量的にやむなし、って感じだけど」

「まぁ、イベント毎が多いわりに日程は余裕あるよな。三日目なんて夜のキャンプファイアー以外ほぼ自由行動みたいなもんだし」


 荷物を置き、ベッドに腰を下ろして神楽と軽く雑談を交わす。それから再び部屋を出ると、同じく荷物を部屋に置いた柚葉が俺たちの下へと戻って来た。


 いつも鬱陶うっとうしいとか煩わしいとか言いつつ、この二人と共に行動するのは俺の中で既に日常化されてしまっている。今回の林間学校もそれに例外はなく、三人で益体のない会話を交わしながら広場へと足を運んだ。


「よし。じゃあ班員の確認しようか」

「「了解リーダー」」

「あはは。二人とも、こういう時は息ピッタリだね」

「「…………」」


 面倒ごとは大抵神楽に投げるのが俺と柚葉。それが神楽に二人は馬が合うと思わせる要因にさせている一つなのだろう。


 愉快げに笑う神楽に俺と柚葉は不服そうな顔をしながらも反論はしなかった。 中学から三年間共に行動してることが多いと、その指摘があながち間違ではないことを認めてしまうのだ。そもそも、馬が合わなければこれだけ長く友達関係も続けられていない。


 俺も柚葉も、そして神楽をそれを理解しているから先の神楽の指摘は余計にたちが悪かった。


 なんとなく気まずくなって顔を背ける俺と柚葉に神楽はくすくすと笑いながら、班員となる他三名の名前を呼んだ。


「皆揃ってると思うけど、念の為確認――」


 班長の点呼のついでに今回林間学校で共に行動するメンバーを紹介しよう。

 まずは俺こと『雅日柊真』。

 そして班長である『梓川神楽』。

 こういうイベント毎の時は大抵同じ班になる『清水柚葉』

 残りの班員は、女子二名、『雛森朱夏ひなもりしゅか』さんと『八重育美やえいくみ』さん。そして男子一名、『佐藤弘樹さとうひろき』くん。以上の六名で構成された班だ。


「よし。皆揃ってるね」

「「揃ってるよー」」

『うわー。露骨な神楽贔屓ぃ』


 ニコッ、と笑った神楽に、女子二名の黄色い歓声にも似た返事が耳をつんざいた。


 反射的に頬を引きつらせていると、柚葉が「気持ち分かるけど」と俺に同情はしつつ脇腹に肘を入れてきた。どうやら顔に出すなと注意しているらしい。


 点呼を終えた神楽が担任に報告にしている間、俺は胸中でこんなことを呟く。


『神楽と柚葉はいつも通りだからいいとして、残りの班員とこれから四日間行動を半ば強制されるとかメンタルゴリゴリ削られるんですけど』


 ちなみに、リーダーにされた神楽の意趣返しで、俺は副リーダーだったりする。故に、今後はそれなりに二人以外とも接しなければならなかった。


『まぁ、緋奈さんに啖呵切った手前、あの人が見てない場所でもちゃんとやらないとダメだよな』


 それが、周囲に自分を認めさせる最短の道なら、猶更やらなければいけなくて。


「……はぁ。早く帰ってあの人のご飯が食べたい」


 林間学校が始まってまだ30分も経っていないというのに、俺の心は既にホームシックならぬ、緋奈さんシックになりかけているのであった。





【あとがき】

昨日は2名の読者さまに☆評価して頂けました。

いつもご応援のほどありがとうございます。


本作は年末年始も変わらず更新されていきます。何なら更新量増えます。

予定としては、本日12/29(金)~1/5(金)まで3話更新の予定です。

たぶん絶対どこかで息切れすると思いますが、変わらず本作をお楽しみください。

年末年始は『ひとあま』に大注目だあ!

・・・本作の略称決まったな。『ひとあま』にしよう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る