第42話  校門で待ってるね

 ――金曜日。


 六時間目も終わり、のろのろと下校準備をしていると不意にスマホにメッセージが届いた。


『緋奈さんから?』


 こんな時間に珍しいなと思いながらスマホを覗き込み、届いたメッセージの内容を確認する――、


「……うえ⁉」


 メッセージを確認したと同時に思わず変な声がもれてしまい、それに反応した周囲が何事かと一斉に振り返る。


 その視線を意図的に無視しながら身をかがめて、俺は再度届いたメッセージを胸中で読み上げた。


『――『今から放課後デートしよう』って、どういうことだよ⁉』


 困惑しながらも俺はとりあえずメッセージを返す。


『ダメです』


 と送れば、数秒後に緋奈さんからこんな不満を露にしたメッセージが返って来た。


『なんで?』


 この人意味分かってないのか、と眉間に皺を寄せる。

 俺は迫る危機感に焦らされながら、俺は素早く文字を打つ。


『もし誰かにデートしてる所見られたらどうするんですか⁉』


 俺が懸念してることはそれだ。今からデートするということは、他の学生にその光景を見られる可能性が高い。他の生徒に見られて、それで俺と緋奈さんの関係が公になれば一大事だ。主に俺の人生が詰む。


『バレなきゃ問題ないと思わない?』

『思いません』

『しゅうくんのケチ!』


 こればかりはいくら緋奈さんのご要望でも承諾することはできない。


 緋奈さんは俺と付き合っていることが周囲にバレても問題ないのだろうか。ないんだろうな。こんな風に放課後デートを提案してくるくらいだし。問題があるのは、いつだって俺の方だ。


 俺がもっと優秀で緋奈さんの隣に立っても遜色ない存在であれば、彼女にこんな窮屈きゅうくつな思いをさせずに済んだのかもしれない。そんな悔悟かいごに奥歯を噛みしめながら文字を打つ。


『今日じゃなくても明日があるじゃないですか』

『やだ。今日しゅうくんと放課後デートしたい』


 なんとも可愛らしいおねだりだ。今すぐに会ってぎゅっと抱きしめたい。けれどそんな邪念はすぐに振り払って、


『我慢してください』


 先ほどまではすぐに返ってきたメッセージが唐突に返って来なくなった。


「――?」


 小首を傾げた、そのおよそ10秒後か。

 こんな、ようやく返って来たメッセージを見た瞬間、ひゅっ、と背筋に寒気が走った。

 その、緋奈さんから送られてきたメールの内容とは、


『今一年生の教室に向かってます』

「――っ⁉」


 ついに強硬手段に出やがったこの人⁉


 瞬間、ぶわっと顔から尋常ないほどの冷や汗が噴出した。声にもならない悲鳴を上げたあと、俺は高速で文字を打つとそのまま緋奈さんへと送った。


『絶対に来ないでください!』


 とメッセージを投げ飛ばすもやはり先ほどと同様返事が遅い。

 悶々として、貧乏ゆすりをしながら返信を待っていると、今度はメッセージではなく一枚の写真が送られてきた。


「なんだ、これ?」

『だんだんと近づいてるよ~』

「メリーさんの電話かっ!」


 べつに緋奈さんを捨ててなどいないが、それに似た恐怖感があった。

 頬を引きつらせつつ、送られてきた写真を凝視する。


「ここ、踊り場か?」 


写真の半分以上が白い床で埋め尽くされているが、端に階段が見えた。それと意図的に自分の上履きを映している。それがまるで、『今向かってまーす』とでも伝えたそうなわざとらしい撮り方で。


「ああもうっ! あの人全然言う事聞いてくれないな!」


 悪意たっぷりな写真にため息を落として、俺は急いでリュックを背負うとそのまま教室を出た。


 勘ではあるが、緋奈さんが今いる場所に見当がついた。


 おそらく緋奈さんは今、四階と三階、つまり一年生と二年生の教室を繋ぐ階段にいる。


「緋奈さんて何組だっけ⁉」


 直感的に走り出してしまったが、この選択肢が間違いという可能性だって多分にあった。もしかしたら緋奈さんは真反対側にいるかもしれないし、そもそもあの写真も全く別の所で撮った可能性だってある。


 それでもとりあえず見当のついた場所へ向かおうと走り出した足が、目的地となる踊り場へ続く廊下を曲がった瞬間だった。


「あっ」

「はぁ。はぁ。……やっぱ、いた」


 目下。荒い息遣いを繰り返しながら、俺は見慣れた黒髪の美女を捉えると頬を引きつらせた。


 話す前にお互い前後左右に他の生徒がいないか確認する。後ろを振り向くと危惧した他の生徒(おそらく別クラスの一年生)が俺の背後を通り掛かった。そして、本来この場にいるはずのない存在――緋奈さんに気付くと『なんでいるの⁉』と大仰に驚きながら去っていく。


 ダメだ。話せない。帰ろうとする生徒が次々にやってくる。


「――――」

「?」


 悶々する時間がいくらか続いたあと、不意に緋奈さんが視線を下げてスマホの画面を指で叩き始めた。


 どうしたのかと眉根を寄せたのとほぼ同時、スマホがぶるっと震えた。


 いぶかし気にスマホに視線を移せば、すぐ近くにいる緋奈さんからメッセージが届いていた。


『校門で待ってるね』

「――先に行くね」

「――っ‼」


 小さな呟きとともにウィンクした緋奈さんが黒髪をひるがえしながら去っていく。


 俺にだけ向けられたウィンクと笑み、そして小さな声が心臓を弾ませて、たまらずその場で蹲ってしまう。


 顔を真っ赤にしながら、俺は緋奈さんから送られたメッセージをもう一度見た。


「これ、行かなきゃ絶対に怒られるよな」


 緋奈さんは既に校門へ向かって歩き出してるだろうな。これを無視すれば、最悪一生口を聞いてもらえないまである。


 あまりに危険リスキーなデートをしようとしている。

 誰かに見られたら、と不安は募るばかりだ。

 それでも。


「行くしか、ないよなぁ」


 仕方がないのだ。

 何故なら、これは緋奈さんからの命令だから。

 俺は緋奈さんの従順なカレシ。従僕ペット故に、拒否権を行使しようとしても彼女がそれを許容しないのであれば行使されることは絶対にあり得ない。


「はぁ。そろそろ行くか」


 階段前で蹲る俺のことを不気味なものでも見るかのような視線がいくらか通り過ぎたあと、俺は覚悟を決めて緋奈さんが待つ校門へと向かった。


 ……つぅか、校門が一番まずいんだよなぁ。


 と、胸裏ではそう思いながらもしかしこの足は彼女を求めて止まることはなかった。



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