第2章―1 【 『お姫様』と現実・1 】
第39話 間接キス
――緋奈さんと付き合い(まだ仮ではあるが)始めてから、外出する時間が増えたと思う。
「あ、これしゅうくんに似合いそうだね」
「えぇ。ちょっと派手じゃないですか?」
「しゅうくんいつも青とかブラウンの大人しめの色しか着ないから、たまにはこういうパステルカラーの服を着てもいいと思うんだけどな」
デートも何度か重ねると、緊張はまだあれど当初あったぎこちなさというのは殆ど薄れ、純粋な楽しさが胸を満たす。
あぁ。緋奈さん。今日も綺麗だなぁ。
などと俺の服を楽しそうに選んでいる緋奈さんを見つめながら思う。
ちなみに、緋奈さんの本日のデートコーデはカジュアルなものだった。
トップスはロングTシャツにオーバーサイズのカーディガン(色はベージュ)、ボトムスは黒パンツで、靴はパステルピンクのスニーカーを履いている。
髪型はおさげだが、一本ではなく二本に分けて束ねていた。
衣装と相俟って今日の緋奈さんはいつもより幼く見えるというか、愛らしく見えた。
……まぁ、普段が大人びて見えるせいで、緋奈さんだってまだ16の高校生なんだよな。
しかし相変わらずこの人は何着ても様になるな。モデルにでもなれば一躍人気になれるだろうに。そして、そんな人と俺が今現在お付き合いしてるとか未だに信じられん。まだ正式じゃないけど。
「むぅ。また私のこと見てる。今はしゅうくんの服を選ぶ時間なんだよ?」
と眼福の光景に浸っていると、緋奈さんが不服そうに頬を膨らませていることに気付いた。
「すいません。今日も緋奈さんが美しくて見惚れてました」
「今日のコーデ、変じゃない?」
「緋奈さんの私服姿はいつみても眼福です!」
「ふふ。ありがとう」
ぐっと親指を立てれば、緋奈さんは満足げに微笑んだ。相変わらず天使の微笑みである。
「服選び、飽きちゃったかな?」
「飽きてはないですけど、少し疲れました」
「あはは。しゅうくんも男の子だなぁ」
「でも楽しいですよ。緋奈さんに選んでもらうのも新鮮だし」
素直に胸の内を吐露する俺に、緋奈さんは「正直でよろしい」と両手に持っていた服を元の場所に戻して、
「ちょっと休憩しよっか」
「賛成です」
結局服は買わず、俺と緋奈さんはショッピングモール内のカフェへ移動した。
「カフェオレを一つ」
「私は抹茶ラテを。カスタムはクリームとミルク少なめ、抹茶濃いめで」
それぞれ注文した飲み物を店員から受け取りつつ、対面で話せる形で席に座った。
「ん。これ美味し」
「それ復刻したやつでしたっけ?」
こくこくと小動物のように注文した抹茶ラテを飲む緋奈さんが小さく感想をこぼす。
「うん。去年発売された期間限定ものだよ。前に飲んで気に入ってから、真雪や他の友達と来るときはよく飲んなんだ」
「期間限定販売のものはその期間中にできる限り飲みたくなりますよね」
「あはは。だね。暫く口にできないのは惜しい! ってよく飲んだよ」
「それ、そんなに美味しいんですか?」
緋奈さんが絶賛するものだ。ちょっと気になる。
と興味本位で訊ねてみれば、緋奈さんは何故か不敵な笑みを浮かべ始めて、
「気になるなら飲んでみる?」
「――ぶっ⁉」
自分が既に口づけたストローを、俺に差し出してきた。
小悪魔が
「……じ、自分で買って飲むからいいです」
「あはっ。可愛い。意識しちゃってるんだ?」
確信犯だっ。
「わざとやってますよね?」
「私としゅんくんは付き合ってるんだよ。なら、間接キスくらい普通だと思うけど?」
「じゃあ、俺が飲んだこれに口付けられますか?」
やられっぱなしでいられるかと反撃に出れば、しかし、それは悪手だった。
俺がどうせできないだろうと緋奈さんに突き出したカフェオレ。それを、緋奈さんはくすっと微笑を浮べたあと、前髪を耳に流して顔を前に出し――
「ちゅー」
「……んなっ⁉」
どう? とでも言いたげにドヤ顔を決めながら、俺が既に口をつけたストローを
茫然自失とする俺に、ストローから口を離した緋奈さんがわずかに頬を紅く染めて。
「うん。しゅうくんのも美味しいね」
「……挑発して、それで本当に飲む人がいますか」
たぶん。意図的だろう。ストローにはてろっと輝く透明な粘液――唾液がわざとらしく付着していた。それを見て悶えずにはいられない俺を、緋奈さんはご満悦気な顔して眺めている。
「するよ。だって私たち付き合ってるんだもん」
ぺろりと、舌を舐めずさりながら肯定する緋奈さん。
「私のは飲まなくてもいいよ。でも、
「~~~~っ!」
俺が買ったカフェオレではあるが、既に緋奈さんが口を付けてしまっている。つまり、これを飲めば、図らずも彼女が望んだ間接キスをしてしまうことになる。
この人、想像以上に
結局どちらの選択肢を選んでも、俺が彼女と関節キス未来は確約されてしまったわけだ。
「一口飲んだだけなのに捨てるのは勿体ないよね」
「…………」
「私の、飲む?」
と訊ねてる間に緋奈さんは抹茶ラテに再び口をつけていた。俺のストローよりさらに多分につけた唾液をわざとらしく見せてくる。
「選択肢潰すの
「うん。自分でやってて狡いと思う」
でも、と緋奈さんは双眸を細めて続けた。
「しゅうくんには、もっと私でドキドキしてほしいから。だから狡いことも悪いこともしちゃう」
「――――っ‼」
逃れられない。
この人から。
この瞳から。
この注がれる愛情から。
意識せずにはいられない。
恋慕が、募る。
「ああもうっ!」
「ふふっ」
諦念か、あるいはヤケクソか。この人には敵わないと悟った俺は、それが敗北を意味すると理解していながらストローを加えた。
加えたのは俺の手に持つカフェオレじゃなくて、カノジョが手に持つ抹茶ラテ。
「どう、美味しい?」
「……美味しいです」
「でしょ」
顔を真っ赤にしながら呟けば、緋奈さんは頬杖を突きながら嬉しそうに口許を綻ばせた。
それから、
「ふふっ。あーあ。関節キス、しちゃったね」
「これくらい、付き合ってるんだから普通なんでしょ」
「うん。普通にしていこうよ。二人でこれから」
「はぁ。やっぱ緋奈さんには敵わないなぁ」
心臓が痛いくらいドキドキしてる。火照った身体にいくら冷たいものを流し込んでも一向に熱が下がってくれやしない。
好き。
超好き。
少しずつこの人の虜になっていく――いや、もう手遅れだった。
「ねぇ、しゅうくん」
「……なんですか」
「もう一口ちょうだい♪」
「……はぁ。あと一口だけですからね」
「やった。優しいしゅうくん大好き」
「全く。調子のいい人なんですから」
好きって想いは、募り続ける愛慕は、際限なく更新されていく。
【あとがき】
昨日は5名の読者様に☆レビューを頂きました。
今話から2章に突入した本作を引き続き応援よろしくお願いしますっ。
Ps.どこが抹茶濃い目だ。砂糖・ミルク多めじゃねえか。
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