第36話  雅日柊真、覚醒ッ!!

 ――二週間後。


「ほーい。それじゃあ今から中間テストの成績表渡すから、席順に取りにこーい」


 担任が気の抜けた語調で指示を出すと、最前列の席に座るクラスメイトから順に並び始めた。皆、友達と「今回はあれがダメだった」とか「意外と点数いいかも」と焦燥と期待を纏い、それを隠しながら担任からの成績表を受け取っていく。


 しばらくしてようやく俺の番が巡ってきて……、


「うおっし!」


 急ぎ足で自分の席に戻り、恐る恐る成績表を確認する。いざ御開帳とうっすらと開けた瞼から順位を見た瞬間、自分でも驚くほどの声量が出てしまった。


「おーおー。私と頭が同じレベルのしゅうくんは果たして今回は何位だったんですかねぇ」

「うざいのが来たな」

「普通に見に来ただけじゃん!」


 喜びもつかの間。人を小馬鹿にしながら近づいてきたのは柚葉だった。


 柚葉はにまにまと笑いながら、


「さぁ、共に底辺の争いをしようぞ」

「悪いけど俺はもう底辺卒業したんだ」

「なにおぅ。そんな自信満々に言うからにはさぞかしいい順位だったんでしょうねっ」


 俺の発言を挑発と受け取ったのか、ぷっくりと頬を膨らませた柚葉が俺の順位が記載された成績表紙を覗いてくる。そして次の瞬間。柚葉の顔から笑顔が消えた。代わりに浮かび上がったのは、ありえない、とでも言いたげな驚愕の表情で。


「29位……え嘘29位⁉」


 驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる柚葉。


「290位じゃなくて⁉」

「それはもうド底辺だろうが。俺はそんなバカじゃねえ」


 頑なに現実を受け入れようとしない柚葉に現実を突きつけるように、俺は勝ち誇った笑みを浮かべてピースサインを作る。


「ふふん。どうよ。これが俺の真の実力というわけさっ」

「嘘だ! 絶対に何かの間違いだ!」

「素直に認めろよ」


 寄越せ! と強引に俺の成績表紙を奪う柚葉。特に恥じらう点数を取ってもいないので俺は「好きにしろ」と吐き捨てるように言ってやった。


「84……81……90……ほとんど80点以上取ってる⁉」

「英語だけ72点だったけどな」

「私40点だったよ⁉」

「バカじゃねえか」

「赤点は回避してるもん!」


 俺の各教科の点数を見て「嘘だあ⁉」と戦慄せんりつする柚葉。俺だけ見せるのはフェアじゃないと柚葉の順位も見てやろうと奪い取ろうとしていると、


「なんか柚葉が驚いてる声が聞こえたんだけど?」

「ちょっと聞いてよ神楽ぁ!」


 遅れてやってきた神楽に柚葉が涙目でしがみつく。


「しゅうが私を裏切ったんだよ!」

「なに? どういう意味?」

「俺が柚葉を置いて高みへ昇ったということだ」 


 未だに理解不能と小首を傾げる神楽。そんな彼に柚葉が他人おれの成績表を渡せば、それを見た神楽は柚葉と全く同じ表情を浮かべた。


「29位⁉ あの柊真が⁉」

「失礼だなと言いたいが今回はその反応を許してやろう」


 何せ中学までは中位かそれ以下だったからな。二人がこうして驚愕するのも無理はない。


「ふっ。この程度の順位。この雅日柊真様に掛かれば朝飯前よ」

「調子に乗んなっ」

「イテッ。八つ当たりすんな!」


 裏切者めっ! と149位様が腕を殴ってきてそれに負けじと応戦していると、


「でも本当に驚いた。この点数から分かるけど相当勉強しただろ」

「まぁ、それなりに」

「すごいよ、本当に。見違えたね」


 柚葉の両腕を押さえながら肯定すれば、神楽は賞賛の拍手をくれて。


「頑張ったのは例の人の為?」

「まぁな。他の連中に俺の事認めさせなきゃいけないし、この順位に甘んじるつもりはないよ」

「嘘⁉ もっと上目指す気⁉」

「一応期末は10位圏内狙ってる」

「あのしゅうが⁉」

「つくづく失礼だなお前ぇ」


 当初は15圏内だったが、これならばもっと上を目指すべきだと思う。

 目標を明かすことに躊躇ためらいはありながらも吐露すれば、二人はジッと俺のことを見つめてきて、


「これ、本当に私の知ってるしゅう?」

「今の目の前にいるのって本当に柊真?」

「親しき中にも礼儀ありってことわざ知ってるか?」


 神楽と柚子はお互いの顔を見やりながら首を捻った。その声のトーンが冗談ではなく本気だったから余計に腹立つ。


「これ以上揶揄うなら散れ散れ」

「べつに揶揄ってないよ。未だに信じられないだけで」

「その成績表が事実を物語ってるだろうが」


 机に膝を突きながら言えば、神楽は「分かってるよ」と苦笑いを浮かべた。


「人って変わるものだねぇ」

「だねぇ。でも意外と次の期末テストの時は元に戻ってるかもよ」

「まぁ、ワンチャンそれはあるかも」

「「……あるんだ」」


 今回のことで勉強も案外悪くないものだと思ったが、それでも大変だし面倒だと思うことは多分にあった。けれど、その度に心を奮わせてくれたのは緋奈さんだ。心の支えと言っても過言ではない彼女から「飽きた」と捨てられてしまえば、また以前の俺に戻る可能性は十分にある。


 それでも、今はまだ緋奈さんの『好きな人』でいられているから。


「一応。なんとなくだけど進路も決まったしな」

「えぇ⁉ もう決めたの⁉」

「一応って言ったろ。まだ確定じゃない」


 流石に一年で進路を確定するのは時期尚早だろう。それを伝えるもしかし柚葉は感服したような吐息をこぼして。


「……どんどん遠くにいっちゃうなぁ」

「柚葉?」


 ぽつりと、柚葉が何か呟いたような気がして眉根を寄せるも、それはすぐに乱暴な態度で誤魔化されてしまった。


「何でもない! こんな腹立つ成績表返す!」

「おい雑に扱うなよ! 一応姉ちゃんにも自慢すんだから」


 バシン! と叩きつけるように俺の成績表を返してきた柚葉。不服といった表情を浮かべた柚葉は、そのままふくれっ面で自席に戻ってしまった。


 そんな、どこか哀愁が漂ってみえる後ろ姿を、俺は茫然ぼうぜんと眺め続けた。


「何なんだアイツは?」

「そんな顔するなよ。ドベ仲間がいなくなって寂しいんだよきっと」

「ドベ仲間っていうな」


 神楽の言葉に不服を表明するようにジト目を送るも、それは適当にあしらわれてしまう。そして、神楽も「今回はおめでとう」とだけ言い残して自席へ戻っていった。


 一人になってようやく落ち着いて成績表を見ることができて、俺は並べられた点数と順位に改めて拳を硬く握り締める。


「緋奈さん。この順位知ったら褒めてくれるかな」


 きっと緋奈さんなら褒めてくれる。そうと分かってはいても、胸には期待と不安が渦巻いて。


 電話やメールじゃない。これは、これだけは、直接会って報告したい。


「あぁもう。早く会いたいな、緋奈さんに」


 その時はどんな顔をしてくれるんだろと、次の休日を待ち遠しく思うのだった。




【あとがき】

昨日は9名の読者様に★レビューを付けて頂きました。

いつもご応援のほどありがとうございます。

そして、本作あと数話ほどで一章も終わり物語は2章を迎えます。

これから二人がどんな風に甘い関係になっていくのか楽しみですね。

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