第35話 美人先輩と未遂
「お邪魔します」
「いらっさー」
緋奈さんが予想していた通り、今週は我が家を使って勉強会(主に姉の赤点回避を目的にした)が開かれた。
俺と緋奈さんの関係は他人には秘密にしている。当然、それは姉ちゃんにも適用されており、故に家の中でばったりすれ違っても、
「あ。言い忘れてた。今週から藍李が家に来るからね」
「いつものことだろ。
「弟のくせに生意気だぞー! ……実際迷惑掛けてるからあまり反論できないけど」
「あはは」
呼び方も二人で決めた通りに、会話もせず会釈する程度で終わる。
「…………」
「…………」
近くにいるのに話せない。会えない。そんなもどかしい日々を過ごしながらも、来週に控える中間テストの為に勉強に集中しなければいけない。
「んー。一旦休憩しよ」
キリの良いところでシャーペンを置いて、俺はぐっと背筋を伸ばす。姉ちゃんの勉強は順調かね、とそんなことを思惟していると、不意に扉がノックされた。
「姉ちゃんか?」
母と父は仕事でまだ帰ってきてないはずなので、必然と扉をノックした人物に見当がつく。
「はいはい。俺に何かよ――うおっ⁉」
「――――」
気怠げに扉を開けた瞬間。俺に向かって飛び込んでくるように部屋に入ってきた黒い影に目を剥いた。
黒い影はそのまま、慌てふためく俺をベッドまで押し込んで倒した。
反射的に閉じられた瞼。それをゆっくりと開けていく。
そうして開かれた
「緋奈さん⁉」
「――――」
唐突に部屋に侵入。さらにはベッドに押し倒した女性の名前を叫べば、
「……やっぱり無理だよ」
「――ぇ」
唖然とする俺の手を握りながら、緋奈さんが唇を震わせた。
「しゅうくんがこんなにも近くにいるのに、なのに話せないなんて耐えられない」
「――――」
苦鳴にも似た弱音をこぼす緋奈さんに、俺は二の句が継げず視線を泳がせる。
「……あの、姉ちゃんは?」
「真雪は今コンビニに行った。だから、しばらく帰ってこないよ」
「だから俺の部屋に来たんですね」
「リビングにいるかと思ったけどいなかったから。靴もあったし、それなら部屋にいると思って」
「それでこうして訪ねてきたと」
「厳密には押し倒しちゃってるけどね」
どうやら余程俺と話せない事と会えなかった事がストレスだったようだ。そして、今まさにそのストレスが爆発してしまった感じである。
そこまで俺のことを思ってくれていることが嬉しくて、
「俺に会えなかったの、寂しかったですか?」
「聞く? そんな分かり切ってること」
「教えて欲しいです」
少し調子に乗り過ぎたか、とも思ったけれど、緋奈さんはその問いかけに淡い笑みを浮かべながら答えてくれた。
「会いたくてどうにかなりそうだった」
「はは。緋奈さんにそこまで求められるのは思わなかったな」
「私はしゅうくんが思ってる以上にしゅうくんを求めてるよ」
「……みたいですね」
握られる手がそれを如実に物語っている。絡み合せた五指が、離れたくないと切望するように隙間なく握られる。
「真雪が帰ってくるまで、それまではこうしてていいよね?」
「まぁ、姉ちゃんが帰ってくるまでなら」
「しゅうくんは相変わらず優しいね」
「お、俺も、緋奈さんと同じ気持ちですから。もっと、一緒にいたいです」
「あは。可愛い」
「男に可愛さ求めないでください」
拗ねた風に口を尖らせると、緋奈さんは反省した様子もなく「ごめんね」と謝った。
今は家に誰もいないことは分かっている。こうして緋奈さんが強行突破してきたのが何よりの証拠だ。仮に母か父のどちらかがいれば緋奈さんは姉ちゃんの部屋で大人しく勉強していただろう。
家に今いるのが俺と緋奈さんだけなら、恋人として少しくらいイチャついても問題ないだろう。仮だけど。
「勉強の邪魔しちゃったかな」
「いえ。ちょうど一区切りつけたところでした」
「ちゃんと勉強してたんだ。偉いね」
「正直に吐露すればずっと
「ふふ。お姉ちゃんにも嫉妬しちゃったんだ」
「……ガキで悪かったですね」
「いいよ。そういう子どもっぽい所も、私は好きだから」
「――っ」
この人に好きって言われるたびに、心臓がドクンと跳ね上がってしまう。
あぁもう、ずっとこうしてたい。緋奈さんを独り占めしたい。姉ちゃんずりぃ。
会おうと思えばすぐ会える距離。それなのに会えないもどかしさが、幼稚で滑稽な嫉妬心を生む。
この人の笑みが、その醜悪な感情を余計に刺激するから尚質が悪かった。
「はは。やっぱしんどいですね。週末まで我慢するのは」
「うん。でも少し楽になった」
「あと一日だったんですけどね」
「あはは。フライングしちゃった」
堪え性ないや、と苦笑を浮かべる緋奈さん。
それを言ってしまえば俺だって同じだ。こうして、緋奈さんの顔を間近に見れて安堵している自分がいるのだから。
「でも、押し倒すのはちょっと強引過ぎでは?」
「勢い余っただけだよ。本当は抱きしめようとしただけだもん」
「じゃあ離れてください」
「嫌よ。こうしてしゅうくんを見下ろすの、とっても背徳感があるんだもの」
「……ケダモノですね」
「否定はできないかな」
「そこは否定してくださいよ」
「まだしゅうくんと離れたくない。もっと、しゅうくんの体温感じさせてほしいな」
「――っ!」
絡み合って離すことはない五指がまるでその言葉を肯定するようで、俺は思わず生唾を飲み込む。
「……そろそろ姉ちゃんが帰ってくる頃だと思いますよ」
「玄関が開く音が聞こえるまでは平気だよ」
本能的にマズイと緋奈さんから離れようとしたが、恍惚と光る双眸は決して俺を逃そうとはしなかった。
ぞくりと背筋に走る怖気。彼女の口から洩れる熱い吐息が頬を当たる度に、身体が言う事を効かなくなる。
「不思議。しゅうくんの方が男の子だから力が強いはずなのに、でも今は私に押し倒されて、挙句に弄ばれちゃってるね」
「――っ!」
「唇じゃなかったら、べつにどこにキスしたっていいんだよね?」
「俺たちはまだ健全なお付き合いのはずではっ⁉」
目を白黒させる俺に、緋奈さんはくすっと笑いながら言った。
「しゅうくん勘違いしてる。私、全然純粋なんかじゃないよ。好きな人を押し倒してる時点で、それは分かってたよね?」
「――っ⁉」
「それに、しゅうくんの心臓もすごく早鐘を打ってるよ、ワイシャツ越しなのに判るくらい。……期待、してるんじゃないの?」
「そ、それは……」
「私はしてほしいな、期待」
「――っ⁉」
く、食われる⁉
怪しげに光る双眸が獲物を見つけた狩人のそれで、ぺろりと舌を舐めずさる「緋奈さんが熱い息を吐きながらジリジリと距離を詰めてくる。
反射的にぎゅっと瞼を閉じる。柔らかな唇が唇に軽く触れ――
「――たっだいまー!」
触れようとしたその刹那、下から大きな声が二階まで響くほど家中に響き渡った。
姉ちゃんが帰ってきたのだと瞬時に察し、強く瞑った瞼を開けると既に顔を上げていた緋奈さんが悔しそうな顔をしていて。
「残念。あともうちょっとでしゅうくんの首にキスマーク残せたのに」
「――っ!」
やはり口づけする気満々だったようで、緋奈さんは硬直する俺に微笑みかけた。
「真雪が帰って来たからすぐに部屋に戻らないと。私たちの関係がバレちゃう前にね」
べつにバレてもいいんだけど、と蟲惑魔ような笑みを浮かべながら言った。
「……刺激が強すぎます」
「これが一週間
分かったら今後は適度にストレス発散させてね、と付け加えながら立ち上がった緋奈さん。それからドアノブに手を掛け、そのまま部屋を出ていく。姉ちゃんの部屋に戻る直前、ひょこっと扉と壁の隙間から顔だけ覗かせた緋奈さんが、
「中間テスト。頑張ったらさっきの続きしてあげるから、楽しみにしてて」
「――は?」
それだけ言い残して足早に去っていく緋奈さんに、脳の処理が追い付いていない俺は「またね」も言えぬままただ茫然として。
「んぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ようやく理解が追い付いた頃、俺は枕に顔を埋めながらやり場のない感情を爆発させたのだった。
その隣の部屋で驚く姉ちゃんと、仮の恋人である緋奈さんが愉快げに口許を綻ばせていることなど露知らず。
「……なんだ今の?」
「ふふ。さぁ、なんだろうね」
【あとがき】
昨日は9名の読者様に★レビューを頂きました。一日10名様以上からもらえるようにもっと頑張らないとですね。もっと応援したくなるような話を掛けるように鋭意努力していきます。
Ps:ぬはは! やっぱこういうシーン書くの楽しいいいいい!
緋奈さんすごくえっちだ! こんなのまだ序の口だけど最高だ!
Ps2;あんまりにライン越えするとカクヨムコンの選考から除外されるから際どいラインで書き続けます。尚書くのを止める気はない模様。
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