第1章―3  【 キミは私のもの 】

第34話  迫る中間テスト 

 休日明け。

 久しぶりに緋奈さんと学校で昼食を共にする事になったのだが。


「むぅ」

「…………」


 食事も終わり、昼休み終了まではまだ余裕のある時間の中で、俺は緋奈さんに睨まれていた。


「えいっ!」

「あっ。それはずるいです!」


 しびれを切らした緋奈さんがおもむろに距離を詰めると、そのまま俺の顔を押さえて強制的に振り向かせた。


 慌てふためく俺に、緋奈さんは焼いた餅のように頬をぷくぅ、と膨らませながら、


「ずるくない! さっきからずっと私と目を合わせようとしないしゅうくんが悪いのよ!」

「べつに逸らしてませんけど?」

「そう言いながら逸らすの止めなさいっ」

「イテテ。もうこれ以上首回らないです⁉」


 視線を逸らせば首ごと無理矢理動かされて、強制的に視線を合わせられる。それでも抵抗するように視線を逸らす俺に、緋奈さんは不服とさらに頬を膨らませた。


「最近は普通に顔見て話してくれるようになったのになんでまた元に戻っちゃったのよ?」

「……あんなことがあって直視なんてできると思いますか?」


 これは答えないと永遠にこの無意味な攻防が続くなと悟って吐露すれば、緋奈さんは「あんなこと?」と首を捻った。


 俺はなんでもう忘れてるんだよ、とため息を落とし、


「……一昨日。デートの最後」

「一昨日。デートの最後」


 具体的なことはいわずにそんな単語キーワードを並べれば、緋奈さんはそれを復唱して目を瞬かせた。


 そして俺が口にするそれをようやく思い出したように目を見開くと、ニヤァ、と口許を歪ませて、


「あは。意識しちゃったんだ?」

「むしろあんなことされて意識しない方が無理です」


 ほんと勘弁してください、と白旗を挙げるも緋奈さんは許してくれず、


「唇じゃなくてほっぺだよ?」

「ほっぺでもドキドキするものはするんです!」

「じゃあ慣れれば問題ないかな?」

「ここは大人しく手を引いてくれると嬉しいんですけど⁉」

「人間何事も慣れも大事よ」

「それはっ、そうですけど。でも、そういうのは大事にしていきたいじゃないですか」

「やだ私より乙女!」


 悪かったですね初心で! 


 そろそろ羞恥心も限界に達して泣き出す三秒前までカウントダウンが迫ると、緋奈さんは一つ嘆息をこぼしてようやく手を離してくれた。


「しゅうくんの言う事も一理あるわね。やっぱりこういうのはドキドキしながらしたいわ」

「分かってくれて何よりです」

「でも今やったら間違いなくドキドキするよね?」

「ほんと勘弁してくれます⁉」


 キスされること自体は嬉しいのだが、唐突だったり不意打ちだったりすると俺もどう反応すべきなのか困ってしまう。


「あまりがっつき過ぎるとしゅうくんに嫌われそうなので今回は我慢します」

「そもそも学校でそういうこと考えるの止めてくださいよ」

「あら。二人きりの時はあのルール・・・・は適用されないんでしょ?」

「ルールの穴突こうとしないでください」


 ふふ、と悪戯いたずらに笑う緋奈さんに肩を落とす俺。ここ最近の彼女はいつになく積極的だ。それが前回の水族館デートを経てまた増した……というより強引になった気がする。


 その分、緋奈さんに好意を抱かれているという自信も持てるようになったのが皮肉な話だが。


「ところでそろそろ中間テストだけど、どう? 調子は」

「悪くないと思います。今週は追い込みって感じですね」


 話題は変わり間もなく実施される中間テストへ。

 意気込み十分だと伝えれば、緋奈さんは「そう」と薄い微笑みを浮かべた。


「じゃあ今週末は一緒にテスト勉強しよっか」

「それは有難いですけど、でも迷惑になりませんか? 俺と緋奈さん学年違うから自ずと出題範囲も違いますよね?」


 俺は一学年。緋奈さんは二学年。つまり必然と俺たちの間にはざっと一年分の学習範囲の差がある。


 その懸念を伝えれば緋奈さんはピースサインを作って、


「中間テスト如き楽勝よ。そもそも、すでに一年先の予習は済んでるしね」

「なんですかそのチートみたいな能力は」


 天才はちげぇや、と脱帽していると、緋奈さんは「存分に崇めてちょうだい」と豊満な胸を張って鼻息を吐く。……しかままぁ、なんとも可愛いドヤ顔だ。


 こういう冗談も言う人なんだな、とまた緋奈さんの新たな一面を知りつつ、俺は彼女との会話を続ける。


「それに他の人たちと違って順位に拘ってる訳でもないから。10位圏内に入れば問題ないわ」

「いつもはどれくらいなんですか?」

「だいたい5位圏内かしら。べつにトップになりたいわけでもないから、いつも途中で問題解くのに飽きて適当に答えちゃうのよね」

「じゃあ本気で挑めば万年一位もあり得るってことですか?」

「うーん。たぶん?」


 この人本当に頭いいんだな。もはや尊敬レベルである。いや、ずっと尊敬はしているんだけど。


「だからしゅうくんは余計な心配せず、自分の勉強に集中しなさい」


 順位上げたいんでしょ? と問われて、俺はこくりと頷く。


「はい。できる限り最善を尽くして、できる限り上の順位獲りたいです」

「うん。そうと決まれば週末は勉強合宿ね。お姉さんがちゃんと教えて……」

「緋奈さん?」


 とん、と自分の胸を叩いて気合の入った鼻息が吐いたあと、緋奈さんが突然硬直した。


 どうしたのかと眉尻を下げると、緋奈さんの顔がみるみるうちに蒼白と化していき、そして沈んだ顔でぽつりと呟いた。


真雪まゆの勉強も見てあげないといけないの、思い出したわ」

「……あー」


 緋奈さんが死んだ目をした理由が分かって、俺はその気まずさに思わず視線を逸らした。


 真雪、とはつまり、我が実姉である。そんな実姉の学力は悪いか良いかと聞かれたら、若干悪い方に傾くレベルだった。


「そういえば、テスト期間になると緋奈さんよく家に来てましたね」

「毎回真雪に泣きつかれるからね」

「うちの姉が本当に迷惑ばかりかけてすいません!」


 全力で頭を下げると、緋奈さんは「いいのよ」と苦笑しながら首を振った。


「というわけで今週からしゅうくんのお家にお邪魔することになるかもしれないわ」

「全くあの姉は。俺も人のこと言えないけど」

「しゅうくんは自主的に勉強してるでしょ」

「じゃあ戦犯は姉ちゃんだけか」

「あはは。カレシくんの方も学力は平均的で教えるのは向いてないみたいだから仕方ないよ」


 緋奈さん曰く、カレシの方も感覚で問題を性格タイプらしい。なぜそこまで姉と同じなんだ。


 俺の方からも姉に勉強させるよう叱っておこうと思案していると、ふと緋奈さんが嬉しそうに口許を綻ばせているのに気が付いた。


「ふふ。でも、そっか。今週はしゅうくんと長く一緒にいられるんだ」

「――っ」


 嬉しい、と呟く緋奈さんに、心臓がドクンと跳ね上がる。


「……ですね。でも、俺の家だとあまり話せそうにありませんけど」

「あはは。たしかにそうだね。それだけがちょっと不満かな」

「俺もです」


 やっぱり対して変わらなそう、とお互いに不満と苦笑を交える。それでも、緋奈さんと共にいられる時間が少しでも増えるのは嬉しくて。


「週末。勉強が終わったら一緒にケーキ食べましょう。緋奈さんの好きなケーキ買って来ますから」

「やった。ふふ、それなら今週頑張れそう」

「俺もです」


 来週に迫る中間テスト。いつもなら気怠いそれが、今回は自信満々に迎えられそうだった。





【あとがき】

昨日は7名の読者様に★レビューをつけていただきました。

今週は1話更新の予定です。来週からまた尺の都合で2話更新……かもしれない。

1話更新・2話更新の週を交互にやっていけたらなと思ってます。

1章もそろそろ大詰め。2章のざっとの進行内容は後日お知らせする予定です。

ではまた明日の更新をお楽しみにぃ。

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