第32話  水族館デート②

「ふぉぉぉぉ! カワウソだぁぁぁ!」

「あはは。すごく興奮してる」


 鏡の向こう側で動き回るコツメカワウソたちに目を輝かせる俺に、緋奈さんは頬を引きつらせていた。


「しゅうくん。カワウソ好きなんだ?」

「はい! 動物の中で一番好きです!」

「わぁ。今まで一番いい返事ぃ。……まぁ分からなくもないけど、そんな嬉々とした表情で答えられるのは意外だったわ」

「だってめちゃくちゃ可愛くないですか⁉ 鳴き声も可愛いしエサを食べる姿も可愛いんですよ」

「さっきまであれほど魚の生態について饒舌に語っていたのに急に語彙力が低下したわね」


 緋奈さんは飼育ケージに視線を移すと「たしかに可愛いけどそんなに興奮するほどかしら」と小首を傾げた。むぅ、なぜこの子たちの国宝級の可愛さが伝わってないんだ。


「あ。一匹こっちに来たわね」

「おぉ。どうやらこっちに興味示したみたいですね」


 キュキュ、と鳴きながら寄ってきたカワウソに頬を垂らしながら手を振れば、その手を追うように顔を振るカワウソ。なんだこの可愛い反応は。胸がめちゃくちゃ締め付けられるっ。


「くあぁぁぁぁ。撫でてぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「くっ。しゅうくんにこんな顔させるなんて⁉」


 隣では緋奈さんが悔しそうに歯を食いしばっているが、俺はこちらに好奇心を示すカワウソに夢中で気付かなかった。

 そんな俺の気をどうにかして引きたいのか、緋奈さんがぽつりと呟いた。


「……カワウソって、たしか獰猛どうもうなのよね」

「えぇ。懐くまで大変らしいですね。よく手も噛むみたいです。基本は甘噛みらしいけど」

「私は噛まないわよ!」

「何に張り合ってるんですか」

「だってしゅうくんがカワウソばかり贔屓ひいきするんだもんっ!」

「どっちも可愛いでいいじゃないですか」

「いや私の方が可愛いわ」

「大人気ないなぁ」


 カワウソに対抗心燃やしだしたなこの人。気を遣ったというのに一歩も引く気はない緋奈さんに嘆息しつつ、俺はまた一歩距離を詰めてくれたカワウソに頬を垂らす。


「この子しゅうくんになついてる⁉」

「人懐っこい子なんでしょうかね。なんにせよ可愛いに変わりないです」


 とガラス越しに一匹のカワウソとたわむれていると、


「嘘⁉ もう一匹まで集まってきたわよ⁉」

「この子が気になったのかな?」

「それもあるけど二匹ともしゅうくんを見てるわ⁉ まかさ二匹ともメス⁉」

「えぇ。この子たちは二匹ともメスですね」

「メスなの⁉ それじゃあ、つまりこの二匹はメスとしてしゅうくんに本能的に惹かれて……っ⁉」

「そんな訳ないでしょ。人間とカワウソですよ」

「誰かを好きになるのに種族なんて関係ないわっ」


 緋奈さんは心底悔しそうに指を噛んでいた。俺が真に惹かれているのは今カワウソに嫉妬しているアナタなのになぁ。

 そんな俺の愛慕も知らず、緋奈さんは浮気した男でも射殺すような視線を向けてきた。


「うぅ。まさか人だけじゃなくカワウソにまで好かれるなんて、罪な男ねキミは」

「俺緋奈さんが言うほど俺は人に好かれてませんよ?」

「しゅうくんは私にだけ好かれてればいいのっ」

「おわっ」


 と言いながら緋奈さんは俺の腕に抱きついてきた。どうやら、カワウソに嫉妬して情緒が不安定になっているみたいだ。


 咄嗟とっさに腕に抱きつかれて驚いたせいで、それまで俺に寄って来てくれていた二匹がびっくりして離れてしまった。


「あぁぁ。カワウソたちがぁ」

「なんか悪い事しちゃったわね」


 本気で悲しむ俺を見て緋奈さんも流石に申し訳なさを覚えたのか、ごめんねと謝ってきた。

 俺は短く呼気をつくと、


「少し惜しいけど、でもいいです。近くに来てくれたことは嬉しいけど、ああして二匹でじゃれ合ってる姿を見るのも楽しいですし」

「カワウソに対する愛が爆発してるわ」


 遠くでお互いを甘噛みし合うカワウソたちに微笑みを向ける。そんな俺を見て、緋奈さんは不服そうな顔を引っ込めると一緒に微笑んでくれて。


「もうちょっと見てたいですけど、そろそろ行きましょうか」

「うん。水族館にいるのはカワウソだけじゃないしね。ペンギンも見に行こうよ」

「いいですね。早速行きましょうか」


 緋奈さんの言う通り、此処にはカワウソだけじゃなく他にたくさん愛嬌のある動物たちがいる。

 名残惜しいがカワウソコーナーから去ることを決め、そして次なる目的地を決めて立ち上がる。……が、


「しゅうくん?」

「あの、緋奈さん。いったいいつまでこうしてるおつもりで?」


 中々歩き出さない俺に眉尻を下げる緋奈さん。さらりと前髪を垂らしながら小首を傾ける彼女に、俺は左腕に絡みついてくる両腕に視線を落としながら訊ねた。

 頬を引きつらせる俺に、緋奈さんはふふっと怪しげに唇を緩めると、


「ペンギンがいる場所に着くまでだよ」

「……本当に?」

「うん。着いたら一旦離してあげる」

「一旦ってことはまた抱きつく気じゃないですか」

「もちろん。だって今日はデートだもん」

「だもんて」


 これは流石に刺激的では? と苦悶する俺に、緋奈さんは「それとも」と継ぐ声音をふんだんに弾ませて、


「恋人繋ぎにする?」

「……このままで、お願いします」


 たぶん、恋人繋ぎなんてしたらこの感情に歯止めが効かなくなる。そうでなくとも既にこの状況に心臓が爆発してしまいそうなのに。


「ふふ。どっちもしゅうくんにとっては刺激的な提案だったかな?」

「分かっててやってるでしょ、絶対」

「うん」

「頷くのかよ」


 本当に小悪魔だ。

 空いている片方の手で茹だった蛸より真っ赤にする顔を隠す俺に、緋奈さんはご満悦げにくすくすと微笑んで、


「カワウソなんかより私と一緒にいるほうが、ずっとドキドキするでしょ?」

「――当たり前ですよ」


 嫉妬から生まれた緋奈さんの可愛い意趣いしゅ返しに、俺は悶絶せずにはいられなかった。




【あとがき】

昨日は11名の読者様に★レビューを頂きました。

皆様のご支持のおかげで本作は先週、ラブコメ部門で日間最高ランキング12位を獲得することができました。10位圏内も夢じゃないとは思いつつ、その壁は高いなとも痛感させられました。

今後も引き続き、この更新ペースを維持していくよう尽力していきますので、何卒ご応援のほど宜しくお願いいたします。

Rs:本作は一月末までに夏休み編終わりまで書きたいなぁ。2章書き終わってないけど。

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