第28・5話  足踏みはしない

「――ごめんなさいね」


 悔し気に去っていく後ろ姿を見届けながら、私は謝罪を口からこぼした。


 ようやく神楽くんの姿が完全に見えなくなったところで、私はほっと安堵の息を吐く。


「なんとかボロは出さずに済んだかしら。しかし彼、尋問上手ね」


 度々痛い所を突かれて顔に出そうになったけれど、普段人前で『お姫様』を演じている経験が役になった。そんな役なんて大概損でストレスが溜まる訳だけど、今回は不幸中の幸いといったところだ。


「しゅうくん。結局約束通り何も言わなかったんだ」


 友達と喧嘩けんかしたのが私が原因ではなくとも要因であることは理解していた。彼が私の為に変わろうとしていることもなんとなく察していたから。


 要因が私である以上、直接解決はできずとも助言するのは責務だと思った。そのおかげで無事に友達と仲直りできたのは僥倖ぎょうこうだけど、しかし私がまた新たな溝を作ってしまった。


「しゅうくんと結ばれて欲しい子、ね」


 壁に背を預けて、私は別れ際に神楽くんが言ったあの言葉を思い出す。


 やっぱり、私以外にもしゅうくんに恋心を抱いている子はいるんだ。それは容易に納得のできることだった。しゅうくんは不愛想だけど根はすごくいい子で、誠実な子だ。それに気付けば彼に惹かれる女子が一人や二人くらいいても何らおかしくない。


かくいう私も彼の優しさと誠実さに惹かれたその一人な訳だし。


「たしかにぽっと出てきた女が、これまで丁寧に整地した盤面をいきなり荒らし始めたら気に食わないでしょうね」


 でも、神楽くんが言っていた子には申し訳ないけど、私は譲る気はない。

 だって、しゅうくんは、私がようやく見つけられた〝好きになれる〟人だから。

 だから多少強引な、それこそ卑怯とも泥棒猫とさげすまされようとも必ず手に入れてみせると決めた。


「恋は戦争なのよ」


 そう。恋は戦争だ。血と血を流し合い、己の魅力を惜しみなく意中の殿方に伝える。どちらが本命と先に結ばれるかのチキンレース。恋は、残酷なのだ。


 恋は足踏みする方が負ける。


 私は足踏みなんかしない。しゅうくんにもっと私を知って、そして好きになってほしいから。


「はは。みにくい女ね。私は」


 こんな醜い部分。とてもではないけれどしゅうくんには見せられない。でも彼なら、その醜さごと優しく包み込んでくれるのはないかと期待している自分もいる。


「はぁ。どうやら、努力しなきゃいけないのはしゅうくんだけじゃないみたいね」


 私もきたる日に備えて、念入りに準備する必要があるみたいだ。


 もししゅうくんと正式に交際できたとしても、それを周囲に認めてもらわなければ何の意味もない。べつに私は気にしないけれど、それでしゅうくんが大切にしている人たちと疎遠になってしまっては申し訳ないでは済まない。全力土下座もの、破局する覚悟だ。


「頑張らないと、私も」


 しゅうくんにもっと好きになってもらえるよう。そして、周囲に私たちの関係を祝福してもらえるよう、努力しよう。しゅうくんが、今そうしているように。


 人知れず決意を固める私を、天高く上るお天道様が「頑張れ」と応援してくれているような気がして、私はそれに応えるようにぐっと両脇を引き締めたのだった。


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