第28話  美人先輩と尋問

「ちょっとお話いいですかね」

「……キミは」


 昼休み。自販機の前で悩む黒髪の美女――緋奈藍李さんの隣に並びながら自販機のボタンを押した僕は、ぷらぷらと缶コーヒーを振りながらニコリと笑みを浮かべた。


「たしか、神楽くんよね? 雅日くんの友達の」

「はい。実は柊真のことで少し緋奈先輩と話したいことがありまして」

「それ、私に答えられるかしら」


 緋奈先輩は苦笑交じりに自販機のボタンを押した。ガコン、と音を立てながら落ちてきたそれを拾うと、


「でもいいわよ。私に答えられるものであれば、だけど」

「恐縮です」


 僕を真似てホットココアを振りながら応じた緋奈先輩に、僕は思わず不敵な笑みがこぼれた。

 それから僕と緋奈先輩は場所を変えて、人気のない校舎裏へ移動した。


「それで、話って何かしら?」


 あくまで白を切るつもりの緋奈先輩に、僕は少しずつその化けの皮を剥ごうと双眸そうぼうを細める。


『出だしは失敗。この人、案外手強いな』

「単刀直入にうかがいます。緋奈先輩は、柊真とはどんな関係なんですか?」

「どんな関係って?」


 俺の質問に緋奈先輩はきょとんとした顔で小首を傾げた。演技にも似たその顔に不快感を覚えながらも、冷静さを失わないように一拍吐いて続けた。


「これはただの僕の推論です。何の根拠もない。でも、柊真の態度から見て分かるんです。アナタと何かあったって」

「雅日くんの態度と私に何の関係があるかな?」

「柊真の機嫌が良くなるのは大抵アナタが関係してます」

「それで私に白羽の矢が立ったと」


 緋奈先輩はホットココアに口づけながら視線だけ僕にくれた。


「たぶんだけど、キミの勘違いじゃないかな」


 私と雅日くんはお姉さんを挟んだだけの知り合いだよ、と何一つ表情を崩さず答えた緋奈先輩。

 それは違うと、僕の勘が……いや、脳が警鐘けいしょうを鳴らす。


「実は最近、柊真と喧嘩したんです」

「あら。それは大変だったわね」


 他人事のように驚く緋奈先輩。本当に初耳なのか? と疑惑が胸裏に渦巻く。


「もう仲直りはしました」

「そっか。ならよかった」

「実はその時に柊真が言ったんです。認めてもらいたい人がいるって……」


 僕は一度言葉を区切ると、キリっと双眸を細めて、


「――それは、アナタなんじゃないんですか?」

「――――」


 それなりに柊真とは長く一緒にいたから分かる。柊真が自分を変えようと決心するほどの相手は、この人以外にいない。柊真が認めて欲しい相手は、きっと今、僕が対峙している緋奈藍李という存在だ。


 返答を求める視線を注ぐ。そんな視線に緋奈先輩は何一つ動じることはなく、わざとらしく人差し指を顎に当てながら、


「それは直接雅日くんに聞いてみないと分からないんじゃないかな」

「柊真はそれ以外は何も教えてくれませんでした。何も口外できないって」

「そうなの。意外と口が堅い子なのね。雅日くんて」

「……全部知ってるくせにっ」


 自然な口調。自然な反応。自然な態度。そこに違和感なんてない――だからこそ、怖気と苛立ちが込み上がる。


 僕の直感が、目の前の女性の全てが『演技』だと警告していた。僕自身も、それに相違ないと肯定できた。


 質問のことごとくを鮮やかに、手際よく、不気味と感じるほど華麗にさばかれる。――まるで、道化師に手のひらで弄ばれている気分だった。


「アナタが本当に柊真と関わってないのならそれでいいです。でも、もし今アナタの言っていることが嘘なら、柊真に近づく理由はなんですか?」

「――――」

「男除けですか? 遊び相手ですか? それともアイツの純粋な恋心を弄んでるだけですか?」

「――――」

「本当に柊真のことが好きなら、俺の質問にせめて一つでも答えてくださいよ!」


 いっそ怖気すら覚えるほどに表情一つ崩さぬ美貌びぼうに声を荒げて訴えかければ、その嘆願が通じたのか緋奈先輩は静かに口を開いて、


「――キミの言っていることは、全部妄言よ」

「……っ!」


 揺るぎない瞳が真っ直ぐに僕を見つめながらそう答えた。


「私と雅日くんには何の関係もない。友達でもなければ話したことだってろくにない。私と彼はただの知り合いよ」

「……もう、いいです」

「そう。ごめんね。変な妄想させちゃって」


 緋奈先輩は頭を下げた。その行為さえ既に、僕は真意が読めなくなってしまっていた。

 放心状態のまま振り返って、緋奈先輩から離れていく。


「……僕は、アナタと柊真の恋を応援できません」

「――――」

「僕には、柊真と結ばれて欲しい女の子がいるから」

「……っ!」

「僕は、その子の恋を応援します」


 最後。刹那だけ緋奈先輩が息を飲んだ気配をしたが、やはり彼女の表情からは何も読み取れず、まるで人形でも相手しているかのような不気味さに吐き気がして足早に校舎裏を去った。


「ごめん。柚葉」


 こんな事は柚葉も柊真も望んでいないことは重々承知している。

 それでも、僕は緋奈藍李という女性だけは、柊真と結ばれてほしくなかった。






【あとがき】

昨日は11名の読者様に⭐︎レビューを付けて頂きました。

そしてなんとっ、レビューコメントまで頂きましたっ!

本当にいつも応援してくれてありがとうございます。

まだまだ表現や技術が拙い点もありますが、これからも読者様に一ミリでも楽しんでもらえるように鋭意努力していきます。

ps:まだ2章書き終わってねぇぇぇ





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