第27話  見守ってほしい

「来たな」

「「…………」」


 月曜日の放課後。部活動に励む学生たちの声が木霊する中庭にて、ようやく現れた待ち人二人――神楽と柚葉に俺は溜飲りゅういんを下げた。


「露骨に話すこと避けてるけど連絡には応じると思ったわ。とんちでもやってのかよ」

「僕たちが来ないのと柊真がずっと中庭にいると思ったから来たんだよ」

「流石に下校時間になったら帰るよ」


 まずはジャブ。滑り出しは好調と二人の顔色を窺いながら会話を続行する。


「柚葉は、その、今日は急に呼び出して平気だったか?」

「う、うん。私も帰宅部だし、基本暇だから」

「そっか。なら、よかったわ」


 柚葉とはぎこちない会話の応酬をする。柚葉は俺と視線を合わせようとはせず、右手で左腕を掴みながら俺と話していた。


「で、こんな所に呼び出した用件は?」

「あぁ。無駄話する気は俺もないよ」


 柚葉の顔色をうかがいそう促してきた神楽に俺も短く相槌あいづちを打った。それから、俺は一度深く息を吸う。そして、


「一応先に言っておくけど、俺はやっぱり謝ることに納得はしてないからな」

「「?」」

「でも、このままじゃ一生話は進まないから――」

「「――っ⁉」」


 俺の不服を表明する態度に疑問符を浮かべる二人。そんな二人の顔が次の瞬間、驚愕きょうがくに満ちた、と思う。少なくとも平常ではなかったはずだ。


 どうして俺の表現が曖昧なのか。それは、俺がアイツらの顔を今見れていないから。


 二人の顔が見えない理由。それは――俺が深く頭を下げていたからだった。


「――ごめん」

「……柊真」


 謝罪する俺に、柚葉の痛々しい声が鼓膜を振るわせる。

 俺は頭を下げ続けながら、


「正直、お前らが俺に対して憤ってることには未だに納得はできない。やる気出してそれを気に食わないって言われるのは心外でしかない。でも、理解はできるんだ」

「…………」

「何の説明もせずに勝手に前に進もうとして、ごめん」


 これが謝罪なのかは分からない。ごめん、とは伝えたけど、ただ文句を言っただけの気もする。


 二人と対面する前に頭では整理できたはずのものが、二人の顔を見た途端にぐちゃぐちゃになっていた。


 もはや感情に任せた謝罪といっていい。そんな謝罪が果たして受け入れられるかはどうかは、俺には分かるはずがなかった。


「柊真。顔上げて」

「あぁ」


 神楽の声に促されて顔を上げれば、神楽はいつも通りの顔をしていて、柚葉は今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「やる気出した理由、僕たちに教えてくれる?」

「ごめん。それは、今はできない」

「なんで?」

「なんでもだ。約束したんだよ。約束を果たすまで、この事は口外しないって」

「誰と?」

「言えない」


 できない、言えない、否定を並べる俺は二人に呆れられても仕方がないかもしれない。それでも、こればかりは例え親友の二人にでも告げられなかった。いや、親友だから猶更。


「言えないことばっかだけど、これだけは言える。俺は、今ある人の為に努力してる。その人に認めてもらいたくて、その人の隣に並ぶ為に他の人からも認められなきゃいけないんだ」

「――――」


 緋奈さんと交際するということは、少なからず注目を浴びることになる。あんなに美人で、学校では毎日告白が絶えない女性だ。彼女と付き合うには、それ相応の覚悟がいる。


 その覚悟を手にいれる為に、俺は、


「大変だって理解してる。一朝一夕じゃいかないって分かってる。それでも、やりたいんだ。やってみたいんだ。――どうしても、あの人の隣に立ちたいんだ」


 もう一度、今度はさっきより深く頭を下げる。脳裏に、大切な人緋奈さんを思い浮かべながら。


「頼む。どうか、俺のことを見守っててほしい」


 二人のことを親友だと認めている。だからこそ、俺たちがそうで在ると信じたいからこそ、懇願した。

 他の誰よりも、まずは二人に認められなくちゃいけない気がするから。

 そんな俺の懇願を聞き届けた二人は、終始沈黙を貫いていて。


「――――」


 頭を下げ続ける俺の視界にふと、靴のつま先が見えた。女子のローファーだった。

 柚葉? と思った矢先、


「うりゃりゃりゃ!」

「うわっ⁉ やめ! おいっ、止めろ⁉」


 突然髪の毛を乱暴に掻か乱されて、狼狽ろうばいする俺。すぐさま制止を呼び掛けるも柚葉は一切言う事を聞かず、自分の気が満足するまで手を止めることはなかった。

 やがて乱暴に掻く手が止まると、


「しゅう。顔上げて」

「――ん」


 柚葉の静かな声音にそう促され、俺は口を尖らせながら顔を上げた。すると、


「ぷ。変な髪型」

「お前が好き勝手やったんだろうがっ。お前の髪も滅茶苦茶にしてやろうか⁉」


 嘲笑した柚葉に頬を引きつらせる。柚葉は一言も謝ることなくひとしきり笑うと、目尻に溜まった涙を指先で払って、


「本当に何も教えてくれないね」

「……悪いと思ってるよ」

「ねえ。しゅうが言った認められたい人って、しゅうにとってそんなに……今までの自分を変えてまで一緒にいたい人なの?」

「あぁ。それくらい大切な人だよ。その人に認められないなら死んでもいい」


 躊躇ためらいなく答えれば、柚葉は「そんなになんだ」と感服したような吐息をこぼした。


「私より大切?」

「そんなの比べられるか。お前も、神楽だって、俺にとっては唯一の友達なんだ」

「もう少し友達作る努力すれば?」

「お前たちだけで十分だよ」

「ちょっとときめいた⁉」

「よかったね柚葉」

「おい。茶番劇止めろ」


 言わせようとしたろ、とジト目を送れば、柚葉は「バレたか」と桜色の舌を出しながら自白した。

 それから、柚葉は穏やかな顔をみせて。


「でも、そっか。その人は、しゅうが変わらなきゃいけないって思わせるほど凄い人なんだ」

「あぁ。凄い人だよ。だから一日でも早くその人に追い付きたい」


 追い付きたい。追い付いて、この恋慕を告げたい。

 その言葉と想いに嘘偽りはない。それを、柚葉も俺の顔から察して、


「ああもうしょうがない! しゅうはすぐ怠けそうだから、私と神楽が見守っててあげないとね! 神楽もそれでいいよね!」

「ふふっ。僕は柚葉がいいならそれでいいよ」


 諦観を悟ったような、呆れたような大仰な嘆息を吐いた柚葉は、それから感情を爆発させるように叫んだ。柚葉の意見に神楽も微笑を浮かべながら同意を示す。ということはつまり、


「見届けてあげる! ……その代わり、今日は帰りにアイスおごって」

「この時期にアイス食うのかお前」

「じゃあキャラメルラテ奢って!」


 どうやらそれが二人に認めてもらう前払いのようで、俺はやれやれと肩を落とす。


「分かったよ。奢ればいいんだろ」

「言ったな? 男に二言はないぞ?」

「ないよ。柚葉には特別にドーナツも追加してやる」

「よっしゃー!」


 苦笑を浮かべる俺とは裏腹に、おまけももらえてはしゃぐ柚葉。これから俺の進む道を見届けてくれると約束してくれたんだ、ならこの対価は安い方だろう。


 先週の重たい空気はどこへやら、すっかり元気を取り戻した柚葉が高らかに拳を突き上げて。


「そうと決まれば早速コンビニにレッツゴー」

「急にご機嫌になりやがった」

「べつに完全に納得できたわけじゃないからね。その時が来たらちゃんと、全部私たちに打ち明けること!」

「分かってる。姉ちゃんの次にお前たちに伝えるよ」

「「……シスコン」」

「シスコンじゃねえ。義理通すだけだ」


 地面に置いた鞄を肩に掛け直した柚葉が先を行き、それを追いかけるように俺と神楽がゆっくりと歩き出す。


「ところで柊真。僕のドーナツは?」

「お前にはない」

「じゃあ僕は認めてあげなーい」

「ああもう分かったよ! お前も好きなもの食え!」

「やったぁ。じゃあ僕肉まんで」

「ドーナツじゃねえのかよ!」

「あ。じゃあ私あんまん追加で!」

「おい! さりげなく追加すんな! ドーナツかあんまんどっちかにしろ!」

「しゅうのケチー!」

「万年金欠学生舐めんな!」


 夕陽の落ちる校舎に、俺たち三人の声が木霊する。それが、不意に憧憬じょうけいとよく似た感情を胸に抱かせて、自然と双眸が細くなった。


 こうして、俺は無事に神楽と柚葉と和解できたのだった。





【あとがき】

子どものころ、訳の分からないことで友達と喧嘩することがよくあった。でも、数日経つとお互いケロッとしていて、何事もなかったかのように普通に話して笑い合っていた。

柊真や神楽、柚葉たちもそうで、まだ感情に身を任せてしまう部分が出てしまった回でした。

柊真が二人に謝罪したのは仲直りしたかったから。結局二人がいないと自分が調子を崩すと理解した柊真は、自然と仲直りするよりも先に謝ることを選びました。

それが正しいか、正しくないかは問題ではなく、柊真の謝罪と覚悟を二人が無事に受け取ってくれたことで三人は和解することができました。

蛇足;この後三人は仲良く肉まんとあんまんを食べました。勿論、柊真の奢りで。

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