第25話  納得できないこと

 ――緋奈さんの隣に立てるような人間になりたい。


 とはいっても一朝一夕でそんな人間になれるほど超人ではないので、まずはやれることをコツコツやるしかない。


 そこで、俺にできることリストを作った。


 1つ目・期末試験で15位圏内に入る。

 2つ目・いざという時の為にカラダ作り。

 3つ目・今時の男たるもの。料理や家事は一通りできるべし。

 4つ目・将来の為に少しずつ貯金。


 以上が俺のできることリスト、もといこれからやるリストだ。


 基本はどれもコツコツと続けていれば達成可能な目標ではある。1つ目は勉強に力を入れればいいだけだし、2つ目に関しては中学の頃は陸上部だったのでそれなりに体力と筋力はある。まぁ、引退してから半年以上経ってるからかなり両方とも落ちてると思うけど。


 3つ目に関しては鋭意努力が必要だ。特に料理。緋奈さんレベルとはいかずとも、美味しいと喜んでもらえるくらいには上達したい。問題は家事だ。掃除はたまにやるから問題ないとして、洗濯に関してはこれから知識を身に付けていく必要がある。


 4つ目に関しては、まぁバイトをすればどうにかなる問題だろう。そこはやる気が必要だが、緋奈さんの為なら何だってやってやる。


 無茶ではないが中々に詰まったスケジュールだ。なんか陽キャっぽいことしてるという感慨は横に置きつつ、目先のことに集中する。普段やらないだけでやればできるのが俺。なので、このギュウギュウに詰まったスケジュールもどうにかこなせるだろうと謎の自信が背中を後押ししている。……まだ何も手を付けてないけど。


 そんなわけで緋奈さんの隣に立つ立派な男になるための長い計画が始まった――


「柊真。ここ最近機嫌いいね」

「ん? そう見えるか?」


 休み時間。ぼんやりと窓から流れる雲を眺めていると、俺の席までわざわざやって来た神楽がぱちぱちと目を瞬かせながら顔を覗き込んできた。


「うん。死んだ目に生気が灯ってるよ」

「元から死んでねぇ」


 悪態あくたいを吐いた友人に反論とパンチを繰り出すも、それは華麗に避けられてしまった。


「また良い事でもあったの?」

「まぁな。最近は退屈な日常がそれなりにマシに思えてきた」


 と背もたれに体重を乗せながら答えると、神楽は意外だとでも言いたげに目を見張る。


「まさかあの柊真がそんなことを言い出す日が来るとはね。今日は雨かな?」

「なぁ。なんで皆して俺がちょっと予想外の行動しだすと天気の心配するんだ?」


 家族と同じ反応するな、と睨めば、神楽は「だって」と前置きして、


「いつも無気力で何のアクションも取らない、ただ流れゆく時間に身を委ねるだけの柊真が急に行動し始めたんだよ。そりゃ、皆驚きもするさ」

「だからって俺は亀じゃないんだ。スロースターターなの俺は」

「じゃあ今になってようやくきらびやかな高校生活を送ろうとしてるってこと?」

「そんな陽キャボーイみたいなことはしない。俺はいつだって平穏無事な学生ライフを望んでる」


 でも、


「それじゃあダメだって気付かされたから、重い腰上げたんだ」

「――――」


 脳裏に大切な人を思い浮かべると、自然と拳に力が入った。胸に灯る熱を感じながら、少しキザ過ぎたかと思って神楽の方を振り向けば、俺の唯一の男友達は青天の霹靂へきれきでも目の前にしたかのような顔をしていて。


「キミ、誰?」

「何言ってんのお前。俺は雅日柊真だ」

「キミ、本当に僕の知ってる柊真?」

「だからそうだって言ってるだろ。お前の目の前にいるのは正真正銘、雅日柊真ご本人だっ」

「柊真はそんな真剣な顔しない」

「お前とことん失礼なやつだな」


 俺がそう簡単に言葉じゃ傷つかないからって好き勝手言い過ぎだろ。

 心外だと訴えるようににらめば、神楽は額を押さえてかぶりを振った。


「本当に何があったのさ」

「べつになにもねぇよ。ただちょっと心境の変化があっただけだ」

「異世界転生を夢見るにはまだ早いよ?」

「お前いい加減にしろよ?」


 コイツ、俺を確実にバカにしてる。マジで。

 そろそろ腹に一発拳でも入れてやろうかと真剣に考え込んでいると、さらに騒がしい奴まで俺の下までやって来た。


「およ。お二人さん。さっきから楽しそうだね。何の話してんの?」

「この会話の楽しい所なんて一つもないぞ」


 柚葉の乱入に嫌な予感を察知した俺は早々に退場いただこうと手を扇いだが一歩遅く、神楽が口走ってしまった。


「聞いてよ柚葉。柊真がおかしくなちゃった」

「コイツがおかしいのはむしろ正常でしょ」

「よし決めた。俺はお前たちと絶交する」


 とことん人を小馬鹿にしてくる二人に俺も堪忍袋の緒が切れた。そっぽを向く俺に柚葉は「まぁまぁ気になさんな」と頬を突いてくる。ええい鬱陶うっとうしい。

 突いてくる頬を払いのける俺を余所に、柚葉が柊真に訊ねた。



「で、具体的にどんなところがおかしくなったわけ?」

「死んだ目に活気がある」

「ほんとだ。いつもより若干キラキラしてる」

「万年真っ暗な目で悪かったな」


 顔を覗き込んでくる柚葉を手で追い払うと、


「まぁ、このくらいは嬉しい事があったと思えば納得できるとして、他には?」

「ノートをご覧あれ。きっちりと授業の内容がまとめられています」

「わお。本当だ。いつも板書はスマホで撮って終わらせてる男が今日は珍しくノートにまとめてるよ」

「言っておくけど家に帰ったらこれまでもちゃんと板書撮ったやつノートに書き写してたからな?」

「でも適当でしょ?」

「うぐ」


 正論を説かれてバツが悪そうに口を尖らせる俺を見て柚葉はケラケラと笑った。


「それで? 他には」

「あとは退屈だと思ってた日常がマシだと思えるようになったらしい」

「緊急事態だ⁉」

「お前の驚く一番の所そこなのかよ」


 目を白黒させる柚葉に俺は大仰なため息を落とす。コイツら揃いも揃って超失礼だな。


「しゅう何があったの⁉」

「べつに何もねぇって」

「嘘吐けえ! 何もないのにアンタがそんなこと思うはずないでしょ⁉」

「何かあってもお前らには絶対言わねえよ!」


 しつけえ! といい加減腹が立って怒鳴れば、柚葉は「だって!」と途端切なげな顔を俺に向けてきて、


「中学の頃は才能あったのにも関わらずやる気がないからって理由で選抜合宿の話蹴った柊真が突然やる気出したんだよ⁉ そんなのっ、驚かない方が無理だよ⁉」

「……はぁ。あのなぁ、柚葉。お前勘違いしてるぞ。俺に才能なんかなかったし、その話だって蹴った訳じゃなくて、最初の候補者が怪我したから代りに出ないかって提案されただけだ」

「でも、それを受けなかったのは事実じゃん」

「あぁ。面倒だったからな。そんな暇あったらゲームやってた方がマシだし」

「ほらやっぱ変じゃん!」


 たしかにそう責められるとおかしいのは自分の方だと思わなくもないが。

 でも、


「俺が何にやる気出すか出さないかは俺の自由だろ」

「それはっ、そうだけどっ!」


 いい加減この尋問じみた会話を終わりにしようと乱暴に結論を出せば、しかし柚葉は納得のいってない様子で。

 唇を噛みしめる柚葉は、泣きそうな声で言った。


「ちゃんとした理由教えてくれないと、私は納得できない」

「あぁ? 俺がやる気出すのになんで柚葉の了承が必要なんだよ?」


 そんな不服を吐露した俺に嚙みついたのは柚葉ではなく、彼女の隣にいた神楽だった。


「柊真。その言い方はよくない。柚葉に謝れ」

「はぁ? お前まで何言って……」


 るんだ、そう言いかけた言葉を飲み込んだのは、神楽がいつになく剣幕を帯びた表情で俺を睨みつけていたから。


 怒りをあらわにする神楽と、唇を噛みしめる柚葉。そんな二人を理解できない俺。三者三様の表情を浮かべる俺たちに不穏な空気が流れる。そして、そんな空気を霧散させたのは次の授業の予鈴だった。


「――柚葉。席戻ろ」

「うん」

「…………」


 神楽が柚葉を促し、それに柚葉は弱く頷いた。共に自席に戻っていく二人を茫然ぼうぜんと見つめていると、不意に振り返った神楽が俺を咎めるような視線を送ってきて。


「理由。ちゃんと言わない限り。僕はお前と何も話さないからな」

「――――」


 最後に呪いにも似た言葉を吐きかけて、神楽は自席へと戻っていた。


「マジで、何なんだよアイツら」


 その呟きは、まさに俺の今の心情を表したものだった。


 勝手に人の事情を探って、勝手に怒って。俺からすればアイツらの方が理解不能だった。


 それなのに、咎める視線が俺の頭から離れなくて。





【あとがき】1/14:追記

甘い話も好きだけど曇る話も好き。登場人物の感情が剥き出しになるから。


この作者只者じゃないな、という方は是非☆レビューを。

この作者ひょっとして読者を弄んでるなという方は気軽にご感想くださると嬉しいです。

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