第24話 至高の膝枕
今回も緋奈さんに無事胃袋を鷲掴まれた後――俺は何故か、緋奈さんと同じソファーに座っていた。否、正確には半ば強引に座らさせられた。
「あのー、緋奈さん? どうして同じソファーに座る必要が?」
と疑問が止まらないので
「しゅうくんともっと仲良くなりたいからだよ」
「ならわざわざ同じソファーに座らなくても、あちらの椅子に座って話せばよくないですか?」
「しゅうくんは私と同じソファーに座るのは嫌?」
「嫌じゃないです。ただ、その、これはあまりに距離が近いというか、緋奈さんのご尊顔が近くて非常に目のやり場に困るといいますか……」
「仮とはいえしゅうくんはカレシなんだから、私のこともっと近くで見ていいんだよ?」
「緋奈さんが綺麗過ぎて近くで見れないんですよ!」
情けない本音を吐露するも、緋奈さんは納得してないように頬を膨らませる。
「なら、慣れる為に猶更もっと近くで見た方がいいんじゃない?」
「――ぁ」
くいっと手を引っ張られて俺の体が流れる。咄嗟のことで為す術なく緋奈さんの方へ体が流れて行けば、鼻と鼻が当たるほど緋奈さんとの距離が詰まった。
「あは。ちょっと引っ張りすぎちゃったかな」
「――ぅ」
反射的に息を止める俺に、緋奈さんは
「しゅうくんの顔って男の子の割に綺麗だね。スキンケアとかしてるの?」
「……一応、やってます」
「そうなんだ。美意識高いのはいいことだよ」
ぎこちない俺の応答など気にせず、緋奈さんが俺の両頬を両手でガッチリホールドした。まるで、逃がさないとでも言いたげに。
息が当たる距離感というのは、どうしてこんなにも心臓の心拍数を上げて、錯覚に陥らせてくるのだろうか。いや、この距離感を彼女が求めてくるということは、もはやこれは勘違いなんかじゃない。正真正銘。緋奈さんは俺のことを本気で知ろうと、好きになろうとしている。
それが一度でも
「しゅうくん」
「…………」
「この距離。すごくドキドキするね」
「――っ!」
照れたように頬を赤らめてそう呟いた緋奈さん。ようやく自分が大胆なことをしていることに気付いた彼女は、視線を逸らしながらホールドしていた両頬を離してくれた。
「あはは。流石にちょっとやりすぎかな」
「……心臓止まると思いました」
「それはいい意味で? それとも悪い意味で?」
「どっちだと思います?」
「私的にはやっぱりいい意味がいいな。だってそれはつまり、しゅうくんが私でドキドキしてくれたってことでしょ」
「あんな近くで見つめ合ったらドキドキしない方が無理ですよ」
両手で真っ赤になった顔を覆い隠しながら悶絶する俺を見て、緋奈さんは愉快そうに微笑んだ。
俺がまだ
やがて、俺の頭にぽふん、と柔らかな感触が伝わる。
「緋奈さん?」
「近いとドキドキするけど、これなら平気でしょ?」
俺が説明を求めると緋奈さんはそう答え、それから労わるように頭を
頭には柔らかな感触。視線を上げればこちらに向かって微笑む天使の姿を捉えた。
そんな天使は、穏やかな笑みを浮かべながら俺の頭を撫でている。
これはもしかしなくとも、膝枕、というやつではないだろうか。
「なぜ急に膝枕?」
「元々しゅうくんを呼んだ本来の目的はこれだったから」
疑問符を頭に浮かべる俺に、緋奈さんはそう告げると、「ほら」と継いで、
「この間のお昼休みの時に約束したでしょ。膝枕してあげるって」
「たしかに言いましたね」
しかしまさかこれほど早く有言実行してくるとは想定外だ。
「どうですか? 私の膝枕の居心地は?」
「最高過ぎてこのまま永眠できます」
「あはは。嬉しい感想だけどまだ死なないで欲しいな。もっとキミと仲良くなりたいから」
しかしこれは本当に秒で極楽浄土に行けると思えるほどの至高の枕だった。
「緋奈さん、生足ですけど髪の毛擽ったくないですか?」
「ちょっとだけね。でもしゅうくんに私の膝枕を堪能して欲しくてストッキング履かないって決めたのは私だから」
「そんな理由でストッキング履かなかったんですか?」
「そんな理由とは心外だなぁ。やるからには心行くまで堪能して欲しいと思うのが私なの」
キミには喜んでほしいから、と緋奈さんは照れた素振りをみせずにそう言い切った。
「――理解できないです」
「なにが?」
「どうして俺なんかにそこまで尽くそうとするのかが、俺には理解できないんです」
胸裏に湧いて止まない疑問。それを吐露すれば、緋奈さんは「簡単だよ」と
「私ってね、どうやら好きな人にはとことん尽くす女みたいなの」
「…………」
「だからしゅうくんに尽くしたいって思う。ううん。そうでなくても、キミが可愛くてつい甘やかしちゃうのかも」
「……母性本能ってやつですか?」
「んー。それとはまた少し違うかも。あれかな。私に弟がいたらこんなことしたいなー、っていう願望なのかもしれない」
「つまり俺は弟みたいに思われてると?」
緋奈さんは「嫌な返し方ね」と苦笑した。しかし、俺にとっては大事な確認だった。
だって、その言い方なら、俺は男として見られてないってことになる。好きな相手にそう思われているという事実は、男からすれば残酷以外の何もない。
好きな相手に恋愛対象として見られていない、それはある種の絶望に等しい。
だからこそこの質問の答え次第で俺と緋奈さんの今後が決まる。
期待と
「そんなに心配しなくても大丈夫。私はちゃんと、しゅうくんを一人の男性として見てるし、そう思って接してるよ」
「――――」
緋奈さんの答えは、俺の憂いを一蹴するのに十分過ぎるほどの答えだった。
たまらず息を飲む俺に、緋奈さんは垂れた前髪を耳に掛け直しながら続けた。
「だって当然でしょ。私は一人の女性としてしゅうくんに見られたい。それなのに私がしゅうくんを一人の男性として見て接しないのは不平等でしょ?」
「俺は、緋奈さんのことを一人の女性としか見てません。つか、見れません」
「知ってるよ。だからちゃんと大切にしてくれるんだもんね」
「好きな人を大切にするのは当然です」
「あはは。実感してます」
やっぱりキミはいい子、と口ではああいいながら、緋奈さんは小さい子どもの相手するように微笑んだ。そういうところにもどかしさを覚えるんだ。
それを露にするように唇を尖らせる。結局は子どもみたいな真似をしてしまっている俺に、緋奈さんは何も言わずに頭を撫で続けた。
「キミを甘えさせたいのは私の性。つまり我欲をぶつけてるってことになるかな。ふふ。なんだか子どもっぽいことしてるね。そんな私は嫌いかな?」
「俺の目を見て、嫌いって言ってるように見えますか?」
体勢を変えて、正面を向く。そうすれば彼女の揺れる紺碧の瞳と黒瞳の視線が交わった。
「言ってない。そう捉えていいのかな?」
「いいです。甘えるのは正直苦手ですけど、でも、緋奈さんが積極的にきてくれるのは男として自信が持てます」
「よかった。私の方こそ、しゅうくんに魅力的な女性だと思ってもらえて嬉しい」
「緋奈さんはすごく魅力的です」
その真珠のような玉肌も。長いまつ毛も。吸い寄せられる紺碧の瞳も、華奢で細くてけれどとても温かい手も――彼女の、全部が好きだ。
あぁ。好きだ。
やっぱり、俺はどうしよもなくこの人が好きだ。
これまでずっと蓋をしてきた。どうせ叶わない恋だからと気付かぬフリをしていた。
けれど、自覚してしまった。
いや、引き摺りだされたんだ。
俺の間の前で微笑む――
「緋奈さん」
「なに?」
「俺は、アナタに惚れてもらえるよう努力します。だから、それを一番近くで見届けてください」
今はまだ、彼女の隣に立てるような立派な人間にはなれていない。だからこそ、その存在になる為の努力をする。
俺のそんな懇願を聞いた緋奈さんは、紺碧の瞳を大きく揺らして、
「そんなの、今更だよ」
そう言って、淡い微笑みを浮かべたのだった。
【あとがき】
昨日はなんと! 10名もの読者様に★レビューを付けていただきました。
わぁ。嬉しいなぁ。たぶん快挙だなぁ。でも、でもよ。
刻一刻とストックがなくなっていく足音が近づいてくる。
それでも★レビューされる限りは更新するんだぁ!
以上、今日の執筆ばかからでした。
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