第22話  今日泊ってく?

 緋奈さんの自宅にうかがうのは今回で二度目。一度目よりは緊張しなくなったが、やはり女性の(それも一人暮らしの可能性が高い)家に上がるのは恋愛経験0だった男子からすればハードルが高いことには変わりない。


 エントランスで来訪を報せてそのまま抜ければ、緋奈さんの自宅である214号室を目指す。


 エレベーターから降りて角部屋へ足を進ませ、玄関扉の前で止まる。一度深呼吸してから目の前のインターホンを鳴らすと、すぐに扉越しからとたとたと弾む足音が聞こえた。


「いらっしゃい! しゅうくん!」

「お邪魔します」


 開いた扉からぱっと顔を明るくした緋奈さんに出迎えられて、俺は道中で買ったケーキが梱包された紙袋を掲げながら口許をゆるめる。


「ささ、早く入ってちょうだい!」

「わっ。ちょっと急かさないでくださいよ!」


 催促されるように手を引かれて、俺は慌てふためきながら玄関と通路の境界線を超える。


「休日にもしゅうくんに会えるなんて嬉しいな」

「大袈裟ですよ。それに、緋奈さんが来て、っていうなら俺はいつでも駆け付けます」

「それじゃあ今日は家に泊る?」

「そ、それとこれとは話が別です」


 たいへん魅力的な提案ではあるが俺たちはまだ正式な恋人カップルではない。

 そういうのはお試し期間を終えてから、と注意すれば、緋奈さんは不服気に口を尖らせ、


「べつに泊まるくらいなら何も問題ないと思うんだけど?」

「――っ」


 一瞬の変化を緋奈さんは見逃しはしない。咄嗟とっさに視線を逸らした俺に、緋奈さんは怪しげに双眸を細め、


「それとも、しゅうくんはお泊りに何か期待してるのかな?」

「べ、べつに?」

「ふぅん。ならどうして、しゅうくんの心臓はこんなにドキドキしてるのかな?」

「それは……」


 反射的に一歩下がった俺に、緋奈さんはくすりと微笑むと胸に手を添えてきた。退路のない壁に追い込まれた俺に、緋奈さんは蛇が絡むように体を密着させてきて。


「――ぷ」

「あっ」


 生唾を飲み込んだとほぼ同時。不意にそんな破裂音が聞こえて、俺は既視感に目を剥く。

 まさか、と頬を引きつらせた俺を見て、緋奈さんはお腹を抱えて笑った。


「あはは! ごめんね、また揶揄っちゃった!」

「やっぱり⁉ まためられた⁉」


 破顔する緋奈さんはひとしきり笑い終えると、目尻に溜まった涙を指で払って、


「しゅうくんは本当にいい反応してくれるわね」

「緋奈さんは俺のこと揶揄いすぎですっ」

「だって顔を真っ赤にするキミが可愛いんだもの」


 だからついイジメちゃうの、と反省の気配など微塵みじんもみせない緋奈さん。

 俺は辟易へきえきとした風にため息を落とすと、


「俺は緋奈さんにはカッコいいと思われたいんですけど」

「あら。心外ね。ちゃんと思ってるわよ」

「本当ですか?」

「うん。嘘なんかついてないよ」

「なーんか怪しい」


 ジト目を送るも緋奈さんはずっと愉快そうにニコニコしていた。うん。やっぱり揶揄われてんな。


 一方的にやられるのも面白くないので何か仕返ししてやりたい気分だったが、迂闊うかつに触れるのもはばかられる。と、黙考する俺はとある妙案を思いついた。


『そうだ。正式に付き合ったらこれまでの借りを盛大に返してやろう』


 果たしてその日が訪れるかは分からないが、この鬱憤うっぷんを晴らすには丁度いいと思った。


 その時はどんなことをしてやろうかと、と密かな楽しみが出来た事に思わず唇が歪むと、


「あ、今えっちなこと考えてるでしょ?」

「か、考えてません」

「嘘だ。しゅうくん。私のこといやらしい目で見てたわ」

「…………」

「沈黙は肯定の証と受け取っていいのかな?」

「ノーコメントで」

「それ、そうですって認めているのと同じよ」


 反論したいが否定もできないので、結局黙るしかなかった。しかし、それが余計に緋奈さんを調子に乗らせてしまう。


 彼女はにしし、と笑いながら、


「やっぱり今日泊っていく?」

「だから泊まりませんよ⁉」


 緋奈さんは俺の反応を心底楽しんでいる様子だった。だが、俺も俺でやられっぱなしではいられない。この瞬間、やり返すポイント1貯まった。


「そんなに俺を揶揄うといつか痛い目みますからね。覚悟しててくださいよ」

「へぇ。それは楽しみね。その時しゅうくんは私に何をしてくれるのかしら」

「――っ。……強敵すぎだろ」


 俺の脅しに屈しもせず、緋奈さんはその日が訪れることを楽しみにしていると口を歪ませる。


 その笑みをせつけられた俺は、やはりこの人には敵わないと悟るのだった。





【あとがき】

昨日は6名の読者様に★レビューして頂きました。

連日の★評価、本当に感謝です。

本作はまだまだ序盤ですが、今後のしゅうと藍李の進展を応援頂けると幸い

です。

Ps:あぁ、早くえちちな話書きてーなぁ。

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