第21話 雅日家の女帝
――休日。
「母さん。ちょっと出掛けてくるから、昼ご飯要らない」
「あら珍しい」
既に外出の支度を整えて、俺はリビングでまったりしている母さん(
母さんはクッキーを食べながら目を丸くすると、
「休日は全くといっていいほど外に出ないしゅうが、まさか自分からそんなこと言い出すなんてねぇ」
雨でも降るのかしら、と息子が外出することを異常事態とでも思っている母親。
たしかに母さんの言う通り休日外に出る方が珍しい。けど、
「心外だ。俺だってたまには出掛ける」
「そういえばこの前も出掛けてたわね。今日も神楽くんと?」
「んー。そんなところ」
「なにその歯切れ悪い返事?」
嘘を吐いても構わないけど変に神楽の名前を使ってあとで面倒ごとになるのも御免だ。うまい言い訳も思いつかなかったので曖昧に答えると、母さんはさらに
「とにかく出掛けてくる。お昼は要らないけど、夜ご飯は普通にいる……かもしれない」
「だからなにその歯切れの悪い返事は?」
「俺もどうなるか分からないんだよ。もしかしたらその人と一緒に夜ご飯食べることになるかも……なんでニヤついてんの?」
予定が定まっていないことを伝えている最中、ふと母親が俺の顔を見てニヤニヤしているのに気付いた。それに怪訝に眉根を寄せると、
「しゅうの癖、教えてあげるわ」
「なに急に?」
「貴方は男の人と会うと〝ソイツ〟とか〝アイツ〟って言うけど、女の人と会う時は〝あの人〟って言うのよ」
「――っ!」
「ひょっとして相手は柚葉ちゃんかしら?」
「違うから!」
「むふふ。相手が異性という事は否定しないのね」
「……うぐ」
息子の癖を
上がる。
「しゅうにもついにカノジョができたのねぇ」
「カノジョじゃない! と、友達だ!」
「嘘吐くならもう少し平然としなさい。いつもの死んだ顔はどこにいったのよ」
息子の顔を死んだ顔って言うの止めろ。
「とにかく! カノジョじゃないし相手は柚葉じゃない! それ以上の詮索したらしばらく口聞かないからな!」
「可愛い反抗ね。はいはい分かった。そういうことにしておいてあげるわ」
「くぅぅ!」
ひらひらと手を振りながら俺の言い分を適当に流す母親。実際、今から行く所はカノジョの家に当たるけども。だが、今の俺と彼女の関係はとてもでもないけれど公にできるものじゃない。
「……頼むから、姉ちゃんにだけは絶対に言うなよ」
「なぁに? お姉ちゃんに報告したら何か貴方に不都合でもあるの?」
「その質問悪意に満ちてるな。いいから絶対に姉ちゃんに言うなよ」
「ならたまには家族の買い物にも付き合いなさい」
「うぐっ。分かったよ。今度は一緒に行く」
「できる限り同行しなさい」
「分かった! 分かりましたから! これからは家族もちゃんと大事にするから! だからこの通りです!」
「あははっ! よっぽどお姉ちゃんに知られたくないのね!」
ついに平服した俺に、母親はお腹を抱えながらゲラゲラと笑った。息子の土下座見て笑う親とか魔王かよ。いや、我が家の女帝だったな。
しかしそんな全力の懇願も手伝って、母親は「分かったわ」と黙認することを表明してくれた。
そんな騒々しい一幕を朝から繰り広げていると、
「なに~? 朝からそんな騒いで~」
「……うげ。姉ちゃん」
「「うげっ」てなによ。アンタのお姉様が起きてきたんだからおはようくらいいいなさい」
「おはろう。そして頬を抓むな」
「姉を敬ぬ弟にお仕置きだぁ」
欠伸を掻きながら二階から降りてきた姉ちゃんは、そのまま流れるように俺の頬を抓んできた。
俺はそれに異議は唱えるものの痛くはないのでやられっぱなしでいると、
「あれ? しゅうがもう着替えてる? どっか出掛けるの?」
と姉ちゃんが俺の異変に気付いて眉尻を下げた。
「うん。ちょっと出掛けてくる」
「しゅうが朝から出掛けるなんて珍しい」
雨でも降るのかな? と母親と全く同じことを呟く姉ちゃん。流石は親子だ。揃って俺に超失礼。
俺はよっと立ち上がりながら、
「べつに。用事があるだけだよ。それが済んだらすぐ帰って来る」
「べつに帰って来なくともいいわよ~?」
「母さん!」
先ほど母と息子で結んだ条約を一瞬で破ろうとする母親に一喝すれば、なんとも愉快そうな笑い声がリビングに響いた。……俺は年上に揶揄われる宿命でも背負ってんのか?
「なに? 泊り?」
「泊らないから! すぐ帰って来るから!」
「なんでそんなムキになってんの?」
「ムキになんかなってねぇし」
「落ち着いた?」
「ずっと落ち着いてるよ。誰かさんが弄ってこなければなっ」
「いったいしゅうは誰に怒ってるのかしらねぇ」
「白々しい魔女めっ」
「おほほ~」
そう皮肉を言いながら後ろを振り返れば、その誰かさんは口笛を吹きながら露骨に視線を逸らした。
俺は一つため息を落とし、
「はぁ。もう行くわ」
「うん。行ってらー。夜には帰ってくるんだよね?」
「帰って来るよ」
「そっか。じゃあ気を付けてね」
「姉ちゃんは今日デート?」
「私? 今日は家でごろごろしてるよー。デートは明日かも?」
「そう。なら明日は昼近くに起きるなよ。前の時みたく迷惑かけないように」
「前の時みたく?」と小首を傾げる姉に、俺はもう忘れたのかと肩を落としながら、
「前に緋奈
「ぎくぅ⁉」
と指摘してやれば、姉ちゃんは露骨に視線を泳がせて、
「そ、そういえばそんなこともあったなー。あはは。いやー、あの時は二人に申し訳ないことした!」
「俺じゃなく緋奈さんに謝れよ」
「うぅ。返す言葉もない」
しょんぼりと項垂れた姉に俺はふっと笑ってしまいながら、
「やっぱ姉ちゃんはこれくらいしおらしい方が可愛いと思うぞ」
ぽん、と頭に手を置きながら胸中を
「弟くせに生意気だぞ!」
「その弟に説教される姉の威厳とは?」
「姉の方が偉い! 何故なら弟より早く生まれているのだからな! つまりもっと姉を敬え!」
「とてもじゃないけど姉ちゃんを敬う対象にはならねぇよ」
「なにをー⁉」
腕をぐるぐる振り回して突撃してくる姉を片手でいなしがらふと腕時計を見れば、そろそろ家を出ないとマズイ時間だった。
「やば。そろそろ行かないと」
「行ってらっしゃい」
「うん。ご立腹の姉ちゃんの後始末頼んだ!」
「母親に不機嫌にした姉の後始末任せるの止めてくれる?」
ぱっと手を離すと暴走列車こと姉ちゃんはそのまま母親の座るソファーに突撃。そのまま勢いよくソファーに乗るとくるっと翻り、
「じゃ行ってらー!」
「ん。行ってきます」
見送りに手を振る姉に手を振り返して、俺はリビングを飛び出た。
急ぎ足で廊下を抜けて、慌てて靴を履く。乱暴に玄関を開ければ、向かう先はカノジョの自宅――緋奈さんが待つ家だ。
「……家に行く前に、ケーキ買ってこ」
喜ぶ緋奈さんの顔を見れたらいいなと、そんな妄想に胸を膨らませながらコンクリートの地面を強く弾くのだった。
【あとがき】
昨日は4名様に★レビュー評価して頂きました。
いつもいつも★付けていただきありがとうございます。
明日の更新も頑張るぞー!
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