第15話  そっと手を伸ばしたのは

「ふぉぉ。可愛いぃぃ」

「ふふ」


 緋奈さんとのショッピングデート(付き合ってないのでデートではないけど)は、まず初めに緋奈さんが必要としていた日用品を購入した所から始まり、そして現在はペットショップに足を運んでいた。


 尻尾を振ったり、他の子犬とじゃれ合っている風景を堪能していると、隣から笑い声が聞こえてハッと我に返る。


「す、すいません。俺だけ楽しんじゃって」

「ちゃんと私も楽しんでるよ。ただ、雅日くんの反応が可愛くてつい見つめちゃった」

「そ、そんな可愛いなんて思われることしたつもりはないんですけど」


 顔を赤くする俺に緋奈さんは「全然可愛かったよ」と追撃してくる。……恥ず。


「でも、雅日くんは本当に生き物が好きなんだね」

「犬とか猫って基本皆好きだと思いますけど」

「恐怖症がある人以外はね。私も好きだよ。犬か猫どっちが好きかと言われたら、猫派だけど」


 緋奈さんは鏡の向こうにいる子犬たちにごめんねと謝りながら、


「でも雅日くんは生き物を平等に愛してるって感じがする」

「そうなんですかね? 自分ではよく分からないんですけど」


 他人から見ると俺はそう見えるのか。


「うん。さっきも水槽で泳ぐ魚たちをすごく楽しそうに見てた。今見たくね」

「どちらかといえば俺は魚の方が好きです」

「あはは。素直じゃない。でも、もしかしたら雅日くんにとってはそうなのかもね」


 けれど肝心なのはそこじゃない、と緋奈さんは子犬たちに手を振りながら、


「キミは、きっと色々なものに愛情を持てる子なんだろうな」

「そんな。過大評価ですよ。俺は、誰かに愛情を持ったことも、心の底から大切にしたいと思ったことはないんです。家族はべつとして」


 と照れもなく言えば、緋奈さんは「ふふ」と笑って、


「お姉さんは大切?」

「やかましい姉ですけど俺にとっては一人だけの姉ちゃんですから。大切なのは当然です」

「そっか。そんな風に想ってもらえるなんて真雪が羨ましいな」


 それが心の底から本音を言ってるように感じて、俺は視線を緋奈さんに移した。


「緋奈さんにだって、緋奈さんを大切に想ってくれる人はいるでしょ?」

「うん。いるよ。でも、一人でいることが多いとね、時々寂しくなるんだ」


 そういえば一度だけ緋奈さんの家に訪れた時、やけに静かだったな。一人暮らしか家族で暮らしてるかは覚えてないけど、あの閑静かんせいさ的に前者に思える。

 あの大きな部屋に一人でいれば、孤独を感じるのも無理はないかもしれない。


「――――」

「――――」


 ふと、緋奈さんが俺に振り向くと、紺碧の瞳を大きく見開いていた。彼女に見つめられている。どうして俺に振り向いて、そして見つめていのか。眉根を寄せる俺の視線に、不意に伸びている腕を捉えた。そして、その先が目の前の女性――緋奈さんの頭を撫でていることに、遅れて気付く。


「――うおっ⁉ 何してんだ俺⁉」


 ハッと我に返って慌てて手を引っ込めれば、俺はすぐさま緋奈さんに頭を下げた。


「すいません! 勝手に頭なんか撫でて!」

「う、ううん! 平気! ただちょっと驚いちゃっただけだから」


 びっくりした、と目を瞬かせる緋奈さん。内心では俺も驚愕しっぱなしだった。


『なんで俺、緋奈さんの頭なんか急に撫でたんだ?』


 理由は、なんとなく判る。あの時、緋奈さんがわずかに覗かせた寂寥せきりょうの顔。それに耐えられなくなったんだ、たぶん。その憂いを取り除きたいと、そんな憂慮ゆうりょが無意識に彼女の頭を撫でさせたのかもしれない。……それにしたって、カノジョでもない女性の頭を撫でるとかデリカシーがなさ過ぎだろ。


「本当にすいません。仲良くなんかもない男に触れるとか嫌でしたよね」

「驚いたけど嫌ではなかったよ。――うん。それより、ちょっと嬉しかった」

「え?」


 ぽつりと呟かれた言葉に耳を疑えば、緋奈さんは俺が撫でた頭に自分の手を置きながら、まるで先ほどの余韻に浸るように双眸そうぼうを細めて、


「なんでだろう。さっき、少し寂しかったんだ。でも、雅日くんに頭を撫でられた瞬間、すぐにその寂しさが消えた気がした」

「それは……不快感から来た怒りで?」


 そんなわけないでしょ、と怒られた。


「私も不思議。奇妙な感覚だった。私ね、人に触れるのあまり好きじゃないの」

「俺もです」

「でも、キミに触れられるのは……うん。嫌いじゃない、ううん。もしかしたら、好きなのかも?」

「――っ!」


 緋奈さんが振り向く。


「ねぇ、もう一度、私に触ってくれる?」

「む、無理です」

「どうしても?」

「はい。こればっかりは。たとえ、緋奈さんの頼みであっても」


 俺と緋奈さんはただの姉ちゃんを通しただけの関係。恋人でもなければ友達でもない。せいぜい知り合い程度の関係だ。そんな関係しか築けていない男が、どうして誰もが羨望しあがめる人に触れられるだろうか。


 これは、超えてはいけない一線なのだ。それを超えていいのは、俺ではなく姉ちゃんか、彼女の恋人になる人だ。


「そっか。ごめんね。変なことお願いしちゃって」

「いえ。もとはと言えば、俺が勝手に緋奈さんに触ったことが原因ですし」


 きっと俺が触って安心感を覚えたのも、姉ちゃんに似た何かを感じ取ったからだろう。俺が彼女に安心感なんて与えられるはずがない。


 共感はできても、安寧あんねいを与えることは俺にはできない。


 それでも、緋奈さんは微笑んでくれて。


「でも、ありがとう。さっきは私のこと心配してくれて」

「当たり前です。目の前で悲しんでる人がいたら、助けたいって思うのが普通ですよ」

「じゃあ、もし私が助けて欲しい、って雅日くんを求めたら、その時は助けてくれる?」

「秒で駆け付けます」

「まさか即答されるとは思わなかったな」


 迷うことなく答えれば、緋奈さんはくすくすと微笑んで、


「そっか。ならその時は、思いっ切り雅日くんに甘えちゃおうかな」

「俺なんかの力でよければ、いくらでも頼ってください」


 たとえ、この関係が紛い物だとしても、この瞬間限りだけのものだったとしても。


 ――この人の笑顔だけは守りたいと、何故か、そう強く思った。






【あとがき】1/14追記

3章が公開中の本編は甘さが尋常じゃないのでここから先の読み進めはご注意ください。

2章を乗り越えた猛者たちはただいま絶賛悶絶中です。

そろそろひとあまにハマりつつある読者さまは是非☆レビューをしていただけると嬉しいです。

もうしたよ、という方はご感想をくれると作者の頬が垂れます。

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