第11話  昼食と質疑応答

「ふへっ」

「うわキモッ」


 緋奈先輩と連絡先を交換した休日明けの昼休み。甲高い声がニヤつく俺を思いっ切り罵倒ばとうしてきた。


 いつもは猫のように丸い瑠璃るり色の瞳をこれでもかとキツく細めて睥睨へいげいしてくる柚葉に、俺はやれやれとため息をこぼすと、


「なんで今日はお前までいるんだよ」

「いいでしょーべつに。いつもボッチメシのしゅうにたまには付き合ってあげようかと思っただけー」

「余計なお世話だっつーの」


 頬を突いてくる一指し指を払えば、柚葉は「可愛くないなぁ」と不服そうに頬を膨らませた。


 それに「男に可愛さ求めんな」と返せば、バチバチと視線が火花を散らす。


 そんな俺と柚葉の睨み合いを中断させるためかはたまたどうでもいいのかは定かではないが、同じく昼食の席に着いている神楽が尋ねてきた。


「柊真。なんか朝からご機嫌だよね?」


 何かあったの、と問いかけてくる神楽に、俺は睨み合っていた視線を切ると、


「おう。ちょっとな」

「へぇ。気になるから教えて」

「やだ教えない」

「しゅうのケチ!」


 残念、と悔しがる神楽とは反対に、柚葉は真正面から文句を吐いた。


「じゃあ具体的には聞かないから、それがどれくらい嬉しいことだったか間接的に教えてよ」

「それくらいならまぁ……」


 べつに神楽になら緋奈先輩と連絡先を交換したことくらいなら教えてもいいが、本日はお邪魔虫が一人いるせいではばかられた。コイツがそれを知ったら瞬く間に他のクラスメイトに拡散されて、嫉妬と殺意を向けられる羽目になる。


 まぁ、神楽に教えるのもそれはそれで拡散されそうだから言うのは憚れるけど。


 要は煙のないところに火は立たないということだ。この一件は俺と緋奈先輩の二人だけの秘密にしておいた方が何かと都合がいい。……緋奈先輩が既に姉ちゃんに伝えてしまっているなら話は別だが、しかし姉ちゃんからそれに関して言及されることはなかった。おそらく先輩も同じ考えなのだろう。二人だけの秘密とか、なんか背徳感あるな。


 と俺が思惟している間にも神楽の質問攻めが始まろうとしていた。


「それじゃあ、それは柊真にとってどれくらい嬉しいことですか」

「そうだな。10連でピックアップキャラが2体出たときくらいかな」

「相当嬉しいことだったんだね」

「ねぇ何その例え私よく分かんないんだけど?」

「自販機から二本飲み物が出てきたって思えばいいよ」

「それはすごい⁉」


 小首を傾げる柚葉に神楽が補足しつつ、質問は次に向かう。


「なら次は、それは現実で起きた事? それともゲーム?」

「現実だよ。ゲームだったら神楽に教えてる」

「ゲームじゃなくて現実か。そしてそれで僕に言えないことねぇ」

「うーん。しゅうが現実で起きたことで嬉しいことねぇ。全然見当つかないや」

「お前俺のこと興味なさ過ぎだろ」

「アンタが普段つまらなそうに生きてるせいでしょ」


 柚葉にジト目を向ければ全く同じ視線を返された。おまけに柚葉の言ったことは正論だからバツが悪い。

 俺が顔をしかめていると思案中の神楽が唸っていて、やがて降参を表明するように手を挙げた。


「全然思いつかないや。ひょっとしてカノジョでもできた?」

「ぶぅ⁉」

「うわきったな⁉ お前毒切りすんなよ!」


 神楽の適当な回答に反応を示したのは俺ではなく柚葉だった。

 柚葉は驚愕に目を剥くと、水分補給と口に含んでいたお茶を飲み込めずに俺の制服にぶっかけてきた。


「ケホッケホッ……っ! しゅ、しゅしゅしゅしゅう⁉ カノジョできたの⁉」

「こんな死んだ目の人間にカノジョなんてできるわけないだろ。つかお前マジでやってくれたな。どーすんだこれ。びちょびちょじゃねえか」

「それは本当にごめん。でも私悪くないもん! 神楽が急に変なこと言い出したからだもん!」


 たしかに柚葉の言い分にも一理ある。ちなみに、毒切りの被害を受けていない言い出しっぺの神楽はけらけらと笑っていた。邪悪かコイツは。


「だって、柊真が現実で起きた嬉しいことって全然思いつかないんだもん。あとはお金拾ったくらいしか」

「お金拾ったらまずは交番に届けんだろ。つかカノジョできたら真っ先にお前に報告するわ。その次にお前を嘲笑いながら報告してやろう」

「むきー! なんで私だけバカにされながら報告されるのよ⁉ こんな意地悪な男好きになる女子なんかいないっての」

「安心しろ。俺が揶揄うのはお前だけだ」

「ちっとも嬉しくないし!」


 俺が邪悪に口許を歪めると、柚葉がご立腹とでも言いたげに両腕を振った。


「……はぁ。焦って損した」

「? なんか言ったか?」

「死ね」

「ド直球の暴言止めろ」


 初めて女子に死ねって言われたわ。

 何か柚葉が呟いた気がしたので訊ねてみたのだが、どうやら俺の聞き間違いだったみたいだ。


「いてっ。今度はなんだよ」

「べつにっ! ただしゅうにムカついただけ!」

「……お前の情緒訳わかんねぇな」


 ぷくぅ、と頬を膨らませた柚葉が何の脈絡もなく腕を殴ってきて、理由を聞けば逆ギレされた。

 もうコイツのことは暫く放っておくのが一番懸命だと理解した俺は、嘆息を落として箸を進めた。


「で、結局カノジョはできたの? できなかったの?」

「できねぇよ! もうこの話止め!」


 今日の昼休みも滞りなく、晴天に流れる雲のように穏やかに過ぎていく。


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