第7話  姉も大概だけど弟も大概やらかしてる

「お邪魔します」

「狭い家ですけど、気楽にしてください」

「ふふ。エスコートされるなんて、なんだかお姫様になったみたい」


 緋奈先輩を自宅に招き入れ、短い廊下を歩く道中、俺は先輩と雑談を交えつつ不敬ということは百も承知で本日のコーデを拝ませてもらった。


 今日の先輩は学校でよく見るストレートの黒髪を後ろで一本の束に纏めていた。いわゆるポニーテールというやつで、歩く度に波打つしなやかな黒髪とそこからわずかに覗くうなじが非常に魅力的だった。直視すると色々と危ない(主に下半身が)ので、視線を早々に髪型から服装へと切り替える。


 服はというと、緋奈先輩らしい大人しめのコーデだった。

 ラベンダーのランタンスリーブと濃紺色ネイビーのスカート、ハイソックス。全体的に落ち着いた色味だが、それが先輩の大人の色香と絶妙にマッチしていた。なんだか高校生らしからぬというか、大学生のようなコーデだと思った。けど、緋奈先輩なら何着ても似合うんだろうな。


 そんな極論を抱きながら先輩のことをつい凝視してしまうと、ふと先輩が俺のことをジッと見ていることに気付く。


「ええと、今日の服、なんか変だった?」

「いや違っ! むしろすごく似合ってます!」

「そう。なら安心した。似合ってないのかと思ってドキドキした」

「……先輩に似合わない服なんてないだろ」


 俺の視線の意味を誤解していた緋奈先輩に必死に弁明すると、先輩はほっと安堵したように胸を撫でおろした。


 俺の感想如きで安心感を得るなんてと不思議に思ったが、それよりも先輩に誤解を生ませてしまったことに申し訳なさを覚える。でも、先輩の私服をこんな間近で拝める機会も早々ないので、網膜もうまくに焼きつけておきたいのも事実。つまり二律背反にりつはいはんということだ。


「でもよかったわ。雅日くんがお家に居てくれて。キミまで一緒にお出掛けしてたら、今頃私は門前で途方に暮れていたわ」

「休日わざわざ外に出るタイプじゃないので。家でごろごろする方が好きなんです」

「あら。真雪とは正反対ね」

「姉ちゃん買い物好きなんで」

「知ってる。よく買い物に付き合わさられるもの」

「いつもいつも姉が先輩に迷惑ばかりかけて本っ当に申し訳ございません!」

「気にしないで。おかげで私も退屈しないで済んでるから」


 そう言ってもらえるとあの愚姉の弟としては溜飲が下るばかりだ。まぁ、胃はキリキリするけども。


 そうして雑談している間にもリビングに到着。緋奈先輩に適当にくつろいでもらうよう促しつつ、俺はキッチンへ向かおうとした、その刹那だった。


「ふふ。この間と逆だね」

「この間……あー」


 先輩が急に微笑みだしたことに戸惑ったが、しかしすぐにその言葉の意味を理解すると苦笑がこぼれた。


「そうですね。前は俺が先輩の家に行って、お茶を出してもらいました」


 あの時の会話は朧気だけど、でも先輩の家で先輩と過ごした時間は鮮明に覚えている。


 俺にとってはあの時間は刹那でも、先輩と二人きりで過ごせた貴重な時間として今でもこの胸に一生の思い出として残り続けている。


「先輩は紅茶とコーヒー、どちらがお好きですか?」

「そうね。それじゃあ、紅茶を頂けるかしら」

「了解です。先輩ほど上手には淹れられないから、期待はしないでください」

「ふふ。そんなこと言わないで。楽しみにしてるよ」


 紅茶を美味しく淹れる技術なんて俺にはないけど、けれどせめて先輩に美味しいと思ってもらえるよう丁寧に注ごう。


 ありがとう、と淡く微笑む緋奈先輩に、俺は両脇を引き締めてキッチンへ向かった。


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