第4話 お見舞い後の日常
「…………」
「ねぇ、どうしたのしゅうのやつ。呆けた顔で外なんて見てて」
「さぁ、僕にも分からない」
休み時間に俺の下に集合してきた友人の
一応説明しておくと、柚葉は俺と神楽と同じ中学出身、いわば腐れ縁という仲だ。
茶髪のショートに猫のようにくりくりとした丸い
柚葉の紹介はほどほどに、俺たちの下らない会話に時を戻そう。
「ねー。どうしたのさしゅうー。ぽけーっとした顔で外なんか見て。課金しようか迷ってるのかー?」
「……俺は課金は
柚葉が俺の頬を突きながら訊ねてくる。それに素っ気なく答えると、返事があるなら生きてるな、と不愉快極まりない会話が聞こえた。
「なんか機嫌悪い?」
「だね」
「べつに悪くねぇ」
「いや明らかに悪いでしょ。何か気に入らないことでもあった?」
神楽が少し心配そうに訊ねてきた。
機嫌が悪い、ね。むしろ今の俺の心境はその逆だった。俺が呆けているのは、昨日あった出来事が忘れられないからだ。
俺の脳裏に今でも鮮明に焼き付いている記憶。そう。緋奈先輩の見舞いに行った件だ。
昨日見た先輩の笑顔と無防備な寝間着姿が忘れられず、俺はこうして眼前で振られている手に煩わしさを感じずにトリップし続けている訳だった。
「しゅう~。おーい。生きてるなら返事しろ~」
「生きてるよ。勝手に殺すな」
「ふむ。皮肉屋は健在みたいだね」
「だねぇ。本当に何かあったの?」
「何もねぇよ」
はぁ、と
『……昨日あったこと、コイツらに話しても構わないけど、めんどくなりそうだから止めておくか』
胸裏で二人に昨日の一件を秘密にすることを決めてから、
「で、なんで俺のところに集まったわけ?」
「いや、柊真いつも退屈そうにしてるから」
「そうそう。友達がわざわざ心配して話に来てやったんだぞー。感謝しろよ~」
「……揶揄いに来たの間違いだろ」
柚葉は楽しそうに俺の頬を抓んだ。痛くはないが
それから大仰にため息を吐いて柚葉を睨んだ。
「お前、いい加減中学の頃からの癖直せよ」
「なにが?」
「その男にベタベタ触る癖のこと」
柚葉は中学の頃からやたらと男子にスキンシップをする癖がある。高校に上がってからもその癖は直っていないようで、今見たく隙を見つけては俺に触ってくるのだ。それをカレシ相手にするなら問題はないのだが、俺みたいな男友達にするのは正直言って危機感が欠如しているとしか言いようがない。
だからこうして注意したわけだが、柚葉は不服そうな顔をして言い返してきた。
「いーじゃんべつにぃ。しゅうのほっぺ弄り甲斐があるんだもん」
「だからって限度がある。俺じゃなかったら勘違いしてるぞ」
「勘違いしてないならいいでしょー」
「よくないから注意してんだろ」
何度言っても一向に直す気がない柚葉に俺も肩を落とすしかなくなる。
「神楽からもなんか言ってやれよ」
「ちょっと。僕まで巻き込まないでよ。喧嘩するなら恋人同士でやって」
「「恋人じゃない!」」
柚葉と口を揃えてツッコむと、神楽は「息ピッタリじゃん」と腹を抱えて笑った。コイツ、完全に俺と柚葉を玩具にしてやがる。
「とにかく、用がないなら席に戻って俺より仲良しな友達とおしゃべりしてろよ」
「ぶー。なにその言い方! もうしゅうのことなんて知らない!」
散れ散れ、と手を扇ぐとまず反応したのが柚葉。柚葉はぷくぅと頬を膨らませると露骨に怒りを露にしながら自席へと戻っていき、俺の言葉通り他の女子友達の輪の中に加わった。
楽しそうに話している姿を見守っていると、柚葉が唐突に俺の方に振り向いてあっかんべーと舌を出した。お前の言う通りにしてやったぞばーか、とでも言いたげな顔だ。頬を引きつらせる俺に満足げな顔を見せつけてくると、柚葉は女子たちとの会話に戻っていった。
「あちゃー。柚葉怒らせちゃったね」
「どうせ昼休みになったら機嫌直ってんだろ」
いつもそうだろ、と付け加えれば、神楽はくすくすと笑いながら、
「柚葉のことよく分かってるじゃん」
「女子の中じゃ一番話すのがアイツだし、中学の時は部活も一緒だったからな」
なんだかんだ一緒にいた時間じゃ神楽より長い気がする。いや、それはないか。神楽とはたまに休日ゲーセンとかカードショップに一緒に遊びに行ったりするが、柚葉とはそれがない。部活の遠征や試合を含めれば話は変わるが。
「ま、分かってるとは言っても、所詮は友達付き合い程度でしかないけどな」
「おっ。それってつまり、柚葉と友達以上になりたいことの言い回しかな」
「バカ言え。アイツと俺はただの腐れ縁だよ。お前もな」
揶揄ってくる神楽に手刀を入れて嘆息。イテッ、と呻いた神楽はそれから肩を落とすと、
「柊真がそんなドライだからカノジョ作れないんだよ。もうちょっと笑顔増やして声を10トーンくらい上げれば女子に好かれると思うよ。少なくとも顔はいいんだし」
「イケメンの神楽様の前じゃ俺なんてそこら辺の雑草ですよ」
「雑草て。自分を
苦笑する神楽に俺はつまらなそうに唾を吐く。
そろそろこの無駄話にも幕を下ろすかと思案したところで丁度よく予鈴が校舎に響き、神楽は「もうこんな時間か」と呟いて自席へ戻っていった。
「そうだ。柊真。今日のお昼は僕、他の友達と食べるから」
「了解」
「ボッチメシさせてごめんね」
「気にすんな。ボッチメシも案外悪くないぞ」
「もしあれなら柚葉を……」
「いいからさっさと席戻れよ」
顔をしかめて手を扇いで神楽を追い出す。神楽はにしし、と悪戯小僧のように笑いながら自席へと戻っていった。
「……相変わらずアイツらと話すのは疲れるな」
あの二人を相手にする時はどっと疲労感が溜まる。まぁ、アイツらがいなかったら俺は確実にこのクラスでボッチだから、そこら辺は感謝している。けれど、そんな恥ずかしいとは死んでもアイツらには伝えない。死ぬまで墓に持っていく……もしかしたら高校卒業する時にしれっと言うかもしれないけど。
そんなことを頭の中で思案していると教室に教科担当の先生が入ってきて、ほぼ同タイミングでチャイムが鳴った。
日直の号令で席を立ち、適当に会釈する。そして席に着けば、退屈な授業が始まって。
「……ふあぁ」
クラスメイトのひそひそ声とチョークが黒板を叩く音が木霊する教室で、俺は雑念に支配され続けるのだった。
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