第26話 ダンとクリス
「おや、かわいい鳴き声が聞こえると思ったら、聖殿ではないか」
不意に名前を呼ばれ、顔を挙げると、目の前にダンとクリスがこちらを見ていた。
「クリス伯爵・・・ダン様・・・」
僕の声に、ダンが僕へと近づき、懐からハンカチを出し、僕へと手渡す。
僕は慌ててそのハンカチを受け取り、頬に残る涙を拭う。
「・・・喧嘩でもしたのか?」
「いえ・・・僕が勝手に怒って部屋を出てきたんです」
「こんないい子を怒らすなんて、あの捻くれ小僧は何をしたんだ?」
クリスはそう言いながら僕に近づき、頭を撫でてくれた。
「・・・お二人は仲がいいんですね」
「・・・仲良しに見えるのか?」
ダンは不服そうな表情で僕を見つめる。その側でクリスが声を出して笑った。
「釣れないな、ダン。私と君の仲ではないか」
「誤解を招く言い方をするな。私とクリスは旧友だ。クリスが王都のアカデミーに通っていた時に共に剣術を習った。ただ、それだけだ」
「ひどいなぁ。聖殿、こう見えても昔はダンをコテンパにした事があるんですよ」
「えっ・・・凄い・・・」
「そうだろ?」
「負けたと言っても数回だけだ。今は私の方が実力は上だろう?」
「数回でも負けは負けだろ?」
「ならば、今すぐここで決着をつけようか?」
「やだね。技術面では五分五分でも、体力面では負ける。君は筋肉バカだからな」
「お前は剣術バカだ」
そんな2人のやり取りをぽかんと見ていた僕は、次第に可笑しくなってふふッと笑みを溢す。
「・・・聖殿、やはり君には笑顔が似合う」
「あ・・・すみません」
「何故、謝る?」
「あの・・お二人を笑ってしまいました・・・」
「気にするな。聖殿の可愛い笑顔が見れたんだ。役得だろ?ダン」
「そうだな。聖の笑顔は私も初めて見る」
「そ、そうでしたか?」
「あぁ。初めて会った時は、私も不躾な事をしたが怖がっていただろう?」
「い、いいえ・・・」
「ダン、こんな小さな子に大男が何をしたんだ?」
「ちょっとな・・・」
「あ、あの・・・・」
僕のか細い声に、2人同時に僕へと視線を向ける。僕は少しオドオドしながら口を開いた。
「あの・・・先ほどから、僕を子供のようにおっしゃってますが、僕はもう17です・・・」
「何だとっ!?」
声を揃えて返事をしたダンとクリスは、心底驚いた表情で僕を食い入るように見つめた。その行動に戸惑いながらも、僕は何だか恥ずかしくなって俯いてしまう。
「驚いた・・・私はてっきり13、4だと思っていた・・・」
「私もだ・・・。てっきりメイデンは幼子趣味で、どこから攫ってきたのかと思っていたが・・・聖殿、成人してるとは思えないほど、小柄すぎる。メイデンはちゃんとご飯を食べさせているのか?」
「え・・・?あ、メイデンさんの邸宅でお世話になるようになってからは、沢山ご飯を頂いています・・・」
「そう言えば、メイの遠い親戚だと言っていたな。それまではどこに?ご家族は?」
「あ・・・母が・・・母と妹がいますが、長い事会っていません・・・邸宅に来るまでは、森の奥で一人で住んでました・・・」
「何と言う事だ・・・こんな小さな体でよく生きながらえたな・・・よし、聖殿、今日は邸宅でディナー会がある。君も参加してくれ」
「え・・・?でも・・・僕はただの平民です」
「気にしなくていい。主人である私が招待しているんだ。誰にも文句は言わせない」
「そうだな。文句を言う奴がいれば私が黙らせる。聖は安心して美味しい物を沢山食べればいい」
僕の心配を他所に、ダンとクリスは互いに顔を見合わせ頷くと、僕の頭を撫で微笑んでくれた。その笑顔を見て、僕は小さく笑った。
「お前ら、俺の嫁に何をしている!?」
突然の怒鳴り声に驚いて振り向くと、怒りで肩を振るわせているメイデンの姿があった。
「まだ嫁ではないだろう?それに、婚約者というのも不確かだろう?」
ダンが口の端を上げ、そうメイデンへと言い返すと、メイデンは地面を踏み鳴らしながら近づいてくる。
「やはり、そうであったか・・・どう見てもメイデンの片思いのような気がしていたんだ」
「違うっ!聖は俺の嫁だ!ちゃんと承諾も得た!」
「あ、あの・・・メイデンさん・・・」
「ほら、みろ。聖殿が困っているだろう?」
「あ、あの・・・そうでは・・・」
「困ってなどいない!その証拠に俺からのブレスを受け取ってくれたんだ!俺のこれも聖自身が用意してくれたんだ!」
メイデンはそう言いながら、自慢げに自分の腕を2人の目の前に差し出し、ブレスを見せる。
「まぁ、そういう事にしておこう」
ダンは揶揄うようにそう言うと、クリスの肩を叩く。
「ダンが言うなら、それでいいか。あ、メイデン、今日のディナーは聖殿と一緒に参加してくれ」
「いやだ」
「なら、聖殿だけでいい。先程、私からの招待を聖殿は快く受けてくれたからな」
「なっっ!」
「聖殿、席は私の隣を用意する。安心して食事に来て欲しい」
クリスは僕の頭を撫でながら微笑むと、後で会おうと言い残しその場を去っていった。ダンもまた、騎士団との会議があるからとその場を後にする。
僕は、まだ怒りで肩を振るわせるメイデンとその場に取り残され、深いため息を吐いた。
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