第10話 沢山の傷

朝食が終わった後、やっと膝の上から降ろされ、僕は安堵のため息をつく。

するとメイが微笑みながら話しかけてくる。

「聖様、病み上がりではありますが、湯浴みはいかがですか?」

「湯浴み・・・ですか?」

「風呂だよ、風呂。メイ、だからその変な言葉使いやめろと言ってるだろ」

「大事なお客様には必要な言葉使いよ」

「聖は大事な客だが、貴族ではない。そもそも俺の家に貴族なんぞ、入れさせてたまるか」

怒ったように乱暴に吐き捨てるメイデン。

僕はオロオロしながら、2人を交互に見ているとヘルダが声を出して笑う。

「2人とも聖様がびっくりしてるじゃないか」

その言葉に2人は驚いて、僕の方へ視線を向ける。

「聖様、喧嘩している訳ではないんですよ」

「そうだ。これは俺達の仲では普通だ。メイに怒っているわけではない」

「そ、そうですか・・・?あ、あの、僕、湯浴みしたいです」

オドオドしながらそう答えると、メイは笑顔を浮かべてすぐに用意すると部屋を出ていった。

メイデンは変わらず心配そうに僕を見つめている。

「聖様、着替えはこれを使って下さい。急で用意したので、細かい寸法は合わないかと思いますが・・・」

そう言って差し出された服を受け取り、まじまじとそれを見つめる。

肌触りはとても良く、一見Tシャツのように見えたそれは、長めの丈のシャツになっていて横にスリットが入っている。

重なって下にあるのはズボンだった。

「こんな綺麗な服・・・いいんですか?僕が着ても・・・」

「もちろんです。メイデンが自ら選んだ服です。きっとお似合いになるかと」

「メイデンさんが・・?」

隣を見ると得意げな顔でメイデンが頷く。

「きっと似合うはずだ。似たような物を数着用意したが、もう少し元気になったら街へ買いに行こう」

「街・・・ですか・・・」

一瞬この世界の街を直に見れるのかと喜んだが、すぐに僕は俯く。

それを察してか、メイデンが優しく頭を撫でる。

「無理しなくていい。難しかったら業者をここへ呼ぶ。だが、ずっとあの洞窟で暮らしていた聖に街を見せたいんだ。シリルと出会った教会へも行きたい」

そう言いながら微笑むメイデンに、僕は小さく頷く。

「僕も行ってみたいです。シリルさんとドレイクさんが知り合ったのも、教会の側だと聞いています。2人が出会った場所、メイデンさんと出会った場所に僕も行ってみたいです」

そう答えると、約束だとメイデンは答えたくれた。


湯浴みを終えた後、姿見の鏡を見ながら服についた細かい刺繍を見て、改めてこの服が上質な服だと気付く。

シルクのような白い生地全体に、クリーム色のような糸で花が描かれている。

蔦が付いた花は、膝まである裾丈まで伸びていて、地面を表すかのような薄い緑のズボンによく映えていた。

メイが僕を鏡台の前に手招き、僕を座らせるとゆっくりと髪をといていく。

肩まで伸びたまばらな長さの髪・・・耳が見えるほど短かった髪は、部屋に籠っている間、一度も切った事がない。

ふとメイが持つ櫛が前髪にかかると、僕は無意識に顔を背ける。

「ご、ごめんなさい・・・」

「いいんですよ。聖様、実を言うとね、私とヘルダ、メイデンにも体に火傷の跡があるんですよ」

「え・・・・?」

急にそんな話をされ、僕は鏡に映ったメイへと視線を向ける。

「シリルが連れて行かれたあの日、反抗した司祭様や私達に怒って、貴族達が教会のそばにあった孤児院に火を付けたんです。その時に、私とその場にいたメイデンとヘルダでまだ施設にいた子供達の救助に行ってね。私とヘルダは腕に、メイデンは腰に火傷を負ったんです。

最後の子を連れて出る時に柱が倒れてきて、私はその子とヘルダを庇ったつもりがヘルダはその子を守ろうとしてたから、私はヘルダの腕を守れなかった。でも、腕だけで済んだのはメイデンのおかげなんです。あの子は魔法が使えるから私達が直撃しないように弾き飛ばしてくれたんです。だけど、あの子はそのせいで別の柱が腰に当たって・・・すぐに助け出したんだけど、私達より深い火傷を負ったわ」

その話を聞いて、ふと僕はシリルが悲しい顔をしていたのを思い出す。

ドレイクは連れて行かれた時の話をした時、あまり詳しくは言わなかった。

だけど、きっと2人は知っていたんだろう。

シリルが連れて行かれた後、何があったのか・・・・。

それを思うと僕はやるせない気持ちでいっぱいになった。

シリルの気持ち、シリルを慕っていた人達の気持ちが痛いほど伝わって、涙が溢れ出してしまう。

そんな僕をメイは静かに抱きしめてくれた。

小さく泣いてくれてありがとうと呟いて、優しく抱きしめ続けた。

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