第9話 メイデンの邸宅
心地よい柔らかさに寝返りをうつ。
目は閉じたままだが、この柔らかさがベットだという事はわかった。
久しぶりの柔らかい感触と、肌に触れる柔らかい毛布に自然と笑みが出る。
だが、その柔らかさと正反対に、頭の下にある枕はゴツゴツと硬い。
僕はその枕の寝心地の悪さに、ゆっくりと目を開けた。
目の前には肌色の壁・・・それが、人の胸板だと気付くのに時間がかかる。
そして、ゆっくりと顔を上げると端正なメイデンのドアップに僕はびっくりして起き上がった。
「ん・・・起きたのか?」
眠そうな声で目を擦りながら起き上がるメイデンは、何故か上半身裸だった。
「なっ、なんで裸!?ここはどこ!」
声を上げる僕にメイデンはキョトンとして、僕を見つめる。
「裸ではないぞ?それにお前が寒いと言うから一緒に寝てたんだ」
「ぼっ、僕がそんな事、いつ言いました?」
「寝言で寒い、寒いと言ってたぞ?まぁ、少し熱があったからだと思うが・・・」
メイデンはそう言いながら、僕のおでこに手を当てる。
「うん。下がっているな。お腹は空いていないか?」
メイデンの問いかけと同時に腹の音が鳴る。僕は恥かしくなって俯いた。
「恥ずかしがる事はない。まる一日寝ていたからな。お腹が空くのも仕方ない。誰かに食事を持って来させよう」
ベットから降りたメイデンは、側にあった丸い球体に手を触れ声をかける。
「ヘルダ、すまないが聖が起きた。何か食べる物を持ってきてくれないか?」
(了解。すぐに用意する)
球体からの声に僕は目を丸くしてそれを見つめる。それに気付いたメイデンがふっと笑う。
「この水晶には俺の魔力が込められている。伝えたい相手を念じて話せば、誰とでも繋がる様になっているんだ」
メイデンの説明に、僕はベットから降りてその球体をペタペタと触る。
ふとその球体に映る自分の顔にハッとして、目元を触る。
ズレていない事に安堵しながらも、明るい所でメイデンに見られた事が嫌で膝を抱えて顔を埋めた。
「聖・・・大丈夫だ。倒れた時、少しズレたが見てはいない。許可をもらっていないのに勝手に見てはいけないと思って、顔を背けたまま手探りで直した。寝ている間、顔や体を拭いたがその時も仮面には触れていない。その、腕の傷は見てしまったが、家の者達にも誰にも見せていない」
「・・・ごめんなさい。見苦しい物を見せてしまって・・・」
震える声で小さく謝る僕に、メイデンは声を荒げる。
「見苦しくなどないっ!」
その声にびっくりして、慌てて顔をメイデンへと向けると悲しそうな表情を浮かべ、僕へと近づく。
「見苦しくなどない・・・逆に痛ましくて悲しくなる・・・何をしたらあんな大怪我を負うんだ?まるで、戦に出たような傷だ」
包み込むように僕を抱きしめながらメイデンが囁く。だけど、その問いかけに僕は答えられずに黙り込む。
「今は無理に聞かない。でも、いつか話してくれ。聖の話したい時に、話せる分だけでいい。痛みを分けてくれるか?」
メイデンの優しい声に僕は小さく頷いた。
しばらくしてからドアのノック音がして、ドアが開かれた。
僕は慌ててベットに飛び乗り、布団を頭まで隠す。
丸まった僕の背中をさすりながらメイデンが声をかける。
「聖、大丈夫だ。ここには、お前を傷付ける者はいない。ここで働いている者達は皆、俺が孤児だった時の友や仲間だ。信頼に値する人ばかりだ」
その言葉に僕はゆっくりと布団から頭を出し、顔を隠したまま振り返る。
そこにはワゴンを手にする年配の女性と、若いタキシードを着た男性が立っていた。
「彼女はメイ。シリルと会った教会の近くに住んでいて、時折、孤児達の世話を手伝っていた。そして、彼はヘルダ。俺と同じ孤児だ。2人ともシリルの事を知っている」
メイデンの紹介に、2人がお辞儀をしながら微笑む。
優しそうな笑みに、僕は慌てて挨拶をした。
「こ、こんにちは。僕は聖と言います。突然、押しかけてすみません」
「いいのよ。どうせ、メイデンが強引に連れてきたんでしょ?私達もその手で連れてこられたのよ。まぁ、今は仕事にありつける事に感謝してるけどね」
メイが笑いながら、テーブルに食事を並べていく。
「そうですよ。メイデンは昔から心許した相手には容赦無いんです」
ベルダも笑いながら、皿を並べていく。
「聖、俺は人嫌いではない。嫌いなのは貴族達どもだけだ。普通に平民の友もいる。だから、シリルが言うように決して孤独ではない。俺は多くの人に囲まれるより、心を許す相手が数人いればいいんだ」
メイデンはそう言いながら、僕を布団ごと抱き抱える。
「え?え?下ろしてくださいっ」
突然の事に慌てる僕にメイデンは微笑む。
「ダメだ。病み上がりだし、こうでもしないと隠れて出てこないだろう?」
「そ、そんな事は・・・」
「少しずつでいい。ここでの暮らしにも、ここにいる者達にも慣れてくれ。ここはもうお前の家でもある。これからここがお前の居場所だ」
メイデンは僕を抱えながら長椅子に腰を下ろし、また微笑んだ。
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