第7話 触れる

すぐに帰ると思われたメイデンは何かと僕の後を付け回していた。

まだ疑われているのかと思いながら、特に言葉を発する事はなく、危害を加える様子もなかったのでそのままにしていたら、ほんの少し日が傾いてきた。

流石に僕は心配になって、メイデンへ声をかける。

「メイデンさん、帰らないんですか?」

「・・・・・」

「僕は構わないんですが、ここにいるとちゃんとした食事もできませんし、泊まるとなるとまた地べたに寝る事になります」

「・・・・・」

「誤解はしないでくださいね。迷惑とかではなくて、ただメイデンさんが心配なんです。シリルさん達から街にちゃんと邸宅があると聞いてます。メイデンさんを待ってる人がいるんじゃないですか?」

「・・・そんなのいない。いるのはほんの数人のメイドだけだ」

ずっと黙っていたメイデンがボソボソと話始める。

「俺は・・・俺よりお前が心配だ。体も小さいし・・・カワイイ・・・のに、1人でここにいるのが心配なんだ」

僕は小さく可愛いと言った言葉を、また聞こえていない事にした。

それから小さくため息をつくと、メイデンを見つめる。

「メイデンさん、シリルさん達の伝言、覚えてますよね?」

「・・・・あぁ」

「この場所に縛られては前に進めません。僕の事は忘れて邸宅に戻ってください。僕は幸いにもドレイクさんから身を守る魔法も、生活していく上で困らない魔力も貰いました。それにシリルさんからも・・・僕は、大丈夫です」

僕のはっきりとした言葉使いに、メイデンはまた黙りこむ。

しばらく沈黙が続いた後、またぽそりと呟いた。

「俺が幸せを見つけても、お前はここで1人じゃ無いか・・・」

その言葉に胸が熱くなるが、グッと堪えてメイデンに言葉を返す。

「僕は1人は慣れてます。元の世界でも1人でしたから・・・」

僕の答えにメイデンが勢いよく顔を上げる。

「でも、メイデンさんみたいに人を嫌っていたわけではありません。ただ、僕の存在とこの傷が人を遠ざけるんです」

そう言いながら思っていたよりその言葉達が僕の胸を締め付け、今度は僕が俯いてしまった。

「・・・・見せてくれないか?」

「え・・?」

突然の申し出に僕は顔を上げて、メイデンを見る。

「見せてくれないか?」

確認するかのように、メイデンがもう一度言葉を繰り返す。

その真っ直ぐな目に、最初は戸惑ったが黙ったまま僕を見続けるメイデンに、僕は観念して目を閉じて欲しいと告げる。

「直接見せる事はできません。僕が心苦しくなるから・・・。その代わり、手で触れてください。それだけでもわかると思います」

メイデンは言われた通り目を閉じる。

僕はメイデンの側に歩み寄り仮面を外すと、そっとメイデンの手を自分の頬に当てる。

右半分・・・目の周りは白く、おでこと頬、首、そして目を庇った腕に僕は傷がある。火傷の跡のような傷だ。

赤黒くなっているそこは、皮膚は硬く、笑うと引き攣る。

だから、小さく微笑む程度はできるが、声を出して笑うような笑顔はしづらい。

その傷の跡をメイデンの手を使ってたどる。

首まで行くと一旦手を離し、今度は腕を辿らせる。

全ての傷を辿った後、メイデンの手を離し仮面を付け、目を開けるように伝えた。

でも、メイデンは目を開ける事なく俯いたままだった。

「いや・・・でしたか?」

僕の力ない声にメイデンが俯いたまま首を振る。

そしてゆっくり顔を上げた。僕はその表情を見て目を大きく見開いた。

メイデンは目に涙を浮かべ、苦しそうな、悲しそうな表情をしていたからだ。

「こんなに綺麗な顔に、どうして・・・・痛かっただろう?」

そう言ったメイデンの頬には涙が伝っていた。

その姿を見て、僕も目頭が熱くなる。

メイデンは黙ったまま僕を抱きしめる。シリルとはまた違う暖かさに僕はほっとしてメイデンの服を掴み、胸に顔を埋めた。

人に触れたのはいつぶりだろうか・・・あぁ・・・そうだ、人ってこんなにも暖かかったんだ・・・僕はそう思いながら、静かに泣いた。


2人で泣き止んだ後、メイデンがとんでも無い事を言い出す。

「ひ、聖!俺はやっぱりお前が心配だ。だから、俺の邸宅に行こう!」

泣いていた照れなのか、やはり顔を赤ながら少し大きめな声で言葉発する。

「む、無理です。理由は話したじゃないですか」

「大丈夫だ。俺の邸宅のメイド達は古くからの知り合いだ。お前の事を冷たくあしらったりしない」

「で、でも・・・」

「ここじゃあ、満足に飯も食えない。このままでは栄養が足りなくて死ぬぞ?」

「それは・・・」

「お金の心配はしなくていい。これでも俺は稼いでいる」

「ですが・・・」

「お前は醜くない。とても可愛い」

「え?」

「だから、一緒に住もう・・・それで・・・」

最後の方はゴニョゴニョと言葉を濁したので、何を言われたのかわからなかったが、直感でこれも聞こえなかった事にしようと聞き返さなかった。

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