第5話 メイデンという男

夜になってもその場から離れようとしない男が気になって、洞窟の中へと招き入れる。

洞窟の中をキョロキョロと見回しながらも、黙ったまま僕に付いてくる。

僕は湖のそばまでくると、予めおこしておいた焚き火の側に座るように声をかける。そして、先日干して置いた魚を木の枝に刺すと、それを焚き火の火で焼き始める。

その間、果物を手に取り、彼へと渡す。

彼はそれを取って一口齧った。

しばらく沈黙が続いた後、男が口を開く。

「お前はここの人間ではないな?どこから来た?」

その問いにどう答えようか悩んでいると、また言葉をかけてきた。

「その黒髪と黒い目、この国の人間ではない。それに、何かの加護と強い魔力が感じられる」

その言葉に警戒を感じ、僕はゆっくりと口を開く。

「僕は・・・ここの世界の人間ではありません」

「ここの世界・・・?」

「はい。色々あって別の世界から来ました」

「別の世界・・・」

疑わしい僕の話に、オウムのように繰り返す。

「加護と魔力はシリルさんと、ドレイクさんから授かりました」

「・・・・・」

「ほんの数日しか一緒に過ごせませんでしたが、お二人は僕にとても親切に接してくれました。詳しくは話せませんが、僕がここに来たのはちょっとしたトラブルというか・・・とにかく、それで元の世界に帰れなくなって、その事で2人が色々教えてくれて、生きて行くためにと力もくれました」

「・・・・」

他の世界の存在を漏らしてはいけないとドレイクから言われていた僕は、ほんの少しだけ真実を入れて、他はぼかして説明する。

「それから、あなたへの伝言も託されたんです」

彼のそばにいて欲しいという願いはあえて口にしなかった。

友人としての意味もあるが、彼を幸せにして欲しいという言葉はどう考えても恋仲という意味にしか聞こえなかったからだ。

男女ならあり得る話だが、男同士ではそうもいかないだろう。

だから、あえて口にしなかった。

警戒されている上に、気持ち悪いと思われたら、彼との縁は切れてしまう。

恋仲に、そばにいなくても彼の事は見守りたいと思っていたから。


魚が焼けて、僕は彼に食べるように促すと、彼は素直に受け取ってくれた。

それから、今日はもう遅いからここに泊まるように伝えた。

「泊まるって言っても、昔シリルさんが使ってた寝床しかないので、少し狭いですが我慢してもらえますか?」

そう言って微笑むと、男は何故か少し顔を赤らめ、小さく頷いた。

改めて彼を見ると、すらっと伸びた高い背にシルバーの長い髪、目も少しシルバーがかっていた。

ドレイクが言ってたように天才魔導士でこの美貌なら、僕でなくても側にいてくれる人はすぐにでも現れるのでは無いかと思うくらい綺麗な男の人だった。

「その仮面・・・何か意味があるのか?」

不意にそう聞かれ、僕は咄嗟に仮面を押さえる。

その動きを見て男は慌てて言葉を放つ。

「い、いや、無理に話を聞こうとか、取れと言っているわけではない。ただ、見えている半分は綺麗な顔立ちなのにもったいないと・・」

そう言いかけて、男は我に返り、慌てて顔を背ける。

その姿がなんだかおかしくて、僕は小さな声で笑う。

「あなたは、シリルさんやドレイクさんが言ってたように、優しい方なんですね」

「・・・そんなことはない。俺はこの国が嫌いだ。貴族はもっと嫌いだ」

「・・・知ってます。大事なシリルさんを奪ったからですよね?」

「・・・それも聞いたのか?」

「はい・・・でも、お二人はそれを望んでいません。あなたが憎んでいることで孤立しているのを悲しんでました」

「・・・・・」

「すぐにとはいかないと思いますが、憎しみにだけに囚われず、幸せになってください。それが2人の願いです」

「・・・・無理だ」

小さくそう答えた彼に、僕はそっと近付き手を取る。

「今すぐじゃ無いんです。ゆっくりでいいから幸せを見つけましょう」

戸惑った表情の彼に、僕は引き攣る顔を精一杯伸ばし、にこりと満面の笑みを向けた。

その瞬間、ボソリと彼が呟く。

「可愛い・・・」

耳を疑うようなその言葉に、僕は笑顔が引き攣ったまま固まる。

「あ・・・すまない。つい・・・」

顔を赤らめて謝る彼に、僕は何かフラグを立てたのかと戸惑う。

「俺、メイデンって言うんだ。お前は?」

「・・・・聖です」

「・・・・名前も可愛い・・・」

小さな声ではあったが、そう呟いた彼に僕は不安からか鼓動が鳴り止まなかった。

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