第2話
教室の前で和葉と別れ、雄太は自分の教室に向かう。
ガラガラと戸を開けると、このクラスでいちばんの友人のバカな顔がこちらを見ていた。
「きっっっっっっっっしょ!!!」
唐突な誹謗中傷に吹き出した彼は、黒沢康二。溌剌とした明るい青年で、クラスのみんなから慕われている。
「お前まずは挨拶だろこのヤロー」
至極真っ当な返答を聞き流し、雄太は自分の席で荷物を解く。
「そういや、いとしのまなちゃんはどうした」
康二はその名前を聞いて耳を真っ赤にする。
「うるせお前バーーーカ」
「東大医学部」
「頭悪いぃ!!」
こういうところのノリが抜群に良いのが康二の魅力である。ちなみにまなちゃんというのは康二の片思いの相手である相馬愛花というクラスメイトだ。
「てかそうやって話題にすんな、今来たらどうすんだよ」
「今和葉と登校した時にはうちのクラスのやつ見かけなかったぞ」
「それはそれで残念だが」
思い人繋がりで、自分のことを思い出した。康二に聞いても何かいい情報があると思えないが、こいつになら一目惚れとかいう恥ずかしい話も相談できると雄太は考えた。
「一個聞きたいんだけどさ」
急に声色を変えたせいで少し驚いている康二。
「髪が長くてぱっちりした目のここの女子生徒、知らん?」
「そんなのいっぱいおるだろ、何を言い出すんだお前は」
康二の言う通りである。提供する情報が少なすぎたと雄太は反省した。
「身長は?」
「俺と同じぐらい」
「女子にしては少し高いな、165ちょいくらいか?」
「まあそんなもんだろうな」
「それでもたくさんいるだろ」
流石に思い当たる節はなさそうだ。
「もう少し自分で探してみるよ、ありがと」
「《先生》にでも聞いてみたらいいじゃねえか」
「うっ」
《先生》。雄太たちのクラスの担任である池内友梨先生だ。
「あの人だけは良くない、やめておく」
「何、一目惚れでもしたか」
図星である。もとより隠す気もないため、雄太は顔が少し赤くなっているのを自覚しながら肯定することにした。
「悪いかよ」
「ま、気持ちはわかる。お互い様だな」
「一緒にすんなバカ」
ハハハと歯を見せて笑う康二をみて、雄太は少し気が緩んだ。気が緩んで初めて、雄太は自身の体が緊張していたことに気づいた。
「てか雨止むのかな今日」
康二はテニス部所属だ。我が校のテニス部はエンジョイ勢が多く、康二もその一人である。
「もう3時間ぐらいで止むは止むはず、今朝の雨雲レーダー的には」
「どれだけ乾くかだな…」
少し不安そうな康二だが、
「うちのグラウンド水捌けいいし大丈夫でしょ」
と言ったら顔が明るくなった。
「確かにそうだ」
そんな話をしていたら、《先生》が教室にやってきた。
「おっはよう」
「あ!おはようございます!!!」
「あっす」
二人は先生の方を向き、康二は元気に、雄太は軽く挨拶する。
「相変わらず早いねあんたは、川島くんも今日は早い日なんだ」
この先生は本当に生徒に対しダル絡みをすることしか頭にない。こうやって毎朝訪ねてきては康二と話しているようだ。
「家いても暇なんで」
康二がいう。
「ふーん?」
「な、なんすか」
「ん?別に」
ニヤニヤしながら教室を徘徊する先生。僕はもう先生の真意を察している。
「気づいてないと思った?とだけ言っておく」
「!!!」
この先生はやたらと生徒の恋愛ネタに詳しい察しがいいのだ。めんどくさい芸能記者さながらである。
「康二、諦めろ」
「うぁ」
「全然関係ないけどさ、相馬さんっていい子だよね」
「うう」
「先生やめてあげてください。康二のライフはもうゼロです」
「死体蹴りって楽しいじゃん」
「教員が死体とかいうもんじゃありません」
康二は謎の言語を発して突っ伏してしまった。
「川島くんの意中の人も私じゃなくなったっぽいし、面白くないから朝礼でも行くかな」
「早く行ってきてくだ…ブフゥッ!!!」
雄太の深層心理はバレていた。この先生はかなり雄太のタイプの女性に近い。去年入学式の日に初めて会い、雄太は一目惚れして即座に撤回した。教師を好きになるとは、流石に性癖が溢れているこの現代日本においてもマズイと自制心が働いたからである。
「なんなんですかあなたは…」
「伊達に2年間担任受け持ってるんじゃないのよ、朝礼行ってくるぁ〜」
先生はそう言い残し、教室を去った。
「……康二、自販機行こう」
「そ、そうだな……」
朝から精神が満身創痍の二人は、逃げるように教室から飛び出した。
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