第2話
先輩が私を何かしらに誘うことはあまりありません。逆も然りですが。先輩は部屋の中で色々なことをします。先輩は部屋の中にいる私をどう思っているのでしょうか。飲み物をくれるし、時にはご飯も作ってくれます。私の気分が悪い時には落ち着かせてくれるし、おすすめの本や音楽を教えてくれます。でも、先輩はほとんどの時間を傍目には一人で淡々と過ごしています。パソコンで何やらカタカタしていたり、本を読んだり、音楽を聴き入っていたり、うとうとしていたり。絵を描くこともありますが、私がいると恥ずかしいから私のいるところではしないそうです。先輩は自分の時間を一人で楽しく生きていけるひとです。だから私は先輩の家の二人掛けのソファーで、一人隙間にそわそわしながらも先輩を見ています。多分、迷惑ではないと思います。でも私は少し寂しくもあります。私は人と付き合うのが上手なわけではありません。たとえ先輩とだって、会話を何時間もするのは疲れてしまうと思います。それでも先輩は私がいないかのように時間を使います。私にとってありがたいことではありますが、それが私のために演技してそうしているのではなく、自然とそうしているというのがなんだか寂しく感じてしまいます。
先輩が席を外すとき、私はよく先輩が何をやっていたのかこっそり覗くことがあります。さっき言った絵もそうです。先輩の描いた絵が雑に積みあがっているのを知っていますから、私はそれが一段増えるとこっそり見るのです。なんとなくですが、先輩は私がそうやって色々なものを覗き込んでいるのを知っている気がします。
私は先輩の描いた絵が好きです。描かれているものは、毎回バラバラです。花が一輪だけ描かれているときもあれば、街の景色、誰かの顔が大きく描かれていることもあります。不思議なことに、共通して私は同じものを感じます。それが何なのかはよく分かりません。でも私はそれを描いているときの先輩の気持ちがよく理解できます。絵を見ることで、先輩がどんな目でこの世界を見ているのかを知ることができるような気がするのです。
あるとき、いつものように先輩のお部屋に行ったのですが、インターホンを押しても先輩が出てきませんでした。私は試しにドアノブを捻ってみましたがやはり鍵がかかっていました。いつも、いついつにお邪魔すると約束しているわけでも無いので、私はすぐに帰ろうとしました。ちょうど私が体の向きを変えようとした時、ドアのう向こうから何やら音がして、ドアがゆっくりと開きました。ドアの隙間から覗いていた先輩の顔はいつになく弱っていて、今体調を崩しているから帰って欲しいというようなことを私に言いました。次の私の行動は、自分でも少し驚きました。私は半ば強引に先輩を部屋の中に戻しました。つまりは私も部屋の中に入る形で。先輩が何かごちゃごちゃ言っていましたが、先輩はとても弱っていたので抵抗することもなくさっきまで寝ていたであろうベッドに寝かせられました。
「いいですか、先輩は今弱っているのでちゃんと休まなきゃだめです。今何か作るので大人しく寝てて下さいね」
先輩は、あーとかうーとか言いました。こんなに参ってしまっている先輩はかなりレアです。私の知る限り先輩はいつも健康なのですが、一体どうしたのでしょうか。私は卵を溶いただけの簡単なお粥と、はちみつ入りのハーブティーを淹れました。もっと栄養のありそうなものを食べたほうがいいというのは間違いないですが、とりあえず今大切なのは何かをお腹に入れて暖かくし、しっかり休むことです。幸い先輩は水分だけはちゃんと摂っているようです。枕元に水色のフィルムに包まれたスポーツ飲料水のボトルがあります。
「できましたよ」
私は先輩の上半身を起こすと、お粥の入った器とお茶の入ったコップをベッドの脇にある小さなテーブルに置きました。先輩が辛そうなので一口目は私が口元まで運んであげましたが、恥ずかしかったのか、もういいという感じで私の手からスプーンを取りました。先輩のこんな姿を見るのは何だか変な感じです。
「感染るといけないから」
と言われたので、私は先輩の家を後にしました。早く元気になるといいな、そんなことを考えながらも私の頭の中を占めるのは、最後に先輩が見せた涙目の可愛らしいお顔で、トクンと脈打つこの胸がなんだか無性に苦しくて仕方がありませんでした。
つづく
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