アイに似ている
niko
第1話
先輩は私にとって太陽のようであり、それと同時に真夜中の鏡の中みたいに少し怖いひとです。なにもうまくできない私と違って、椅子に座るちょっとした動作から学業までなんでも完璧にこなしてしまうのです。私は先輩が実は間違ってこの世界に落ちてきてしまった天使なんじゃないかと本気で思うことすらあります。私のすることは先輩と比べてしまっては、なんにもうまくいきません。そういうことが立て続けに起こると、それはそう珍しいことでもありませんが、頭がズキズキと痛むのです。頭の骨と脳の間にスイカを包んでいるネットみたいなものがあって、私の頭をぎゅうっと締め付けるのです。私は痛みで涙が少し出てしまいます。そうしたとき、私は先輩のあたたかくて優しいお顔を思い浮かべるのです。そうすると、頭の痛みはいくらかマシになります。
「涙が出ることは悪いことではない」
先輩は以前にそんなことを言いました。涙が出れば、気分がいくらかスッキリするからだと言います。そうだろうか、と一瞬思いましたが先輩が言うなら間違いないのでしょう。
「涙の出やすさはその人の体質だよ」
とも言っていました。私は特別涙が出やすいから、すぐにちょっとしたことで泣いてしまうのでしょうか。みんな私と同じ痛みを感じて、それでもなんてことないような顔をして生きているのでしょうか。もしそうなら、私にも出来る気がします。だって、私には先輩がいますから。私は先輩が泣いたところを見たことがありません。
先輩は完璧なひとです。ひとは不完全な生き物だというのなら、やっぱり先輩は天使とかかみさまなのでしょう。だから、先輩が毎日のように私に構ってくれるのが不思議に思えます。先輩は私に対してとても優しくしてくれるのです。ある雨が降る日、やっぱり私は頭が痛くって先輩の部屋にお邪魔しました。先輩の部屋に入ると、優しい木の香りがします。私はこんな幸せなことがあっていいのかと少し怖くなります。先輩はその日、私を抱きしめてくれました。私は生まれ変わったら、先輩みたいに優しい木になりたいなと思いました。頭の中がすうっと晴れていきました。
「ありがとうございます、先輩」
私は言いました。いつもなら先輩は、二人分の温かい飲み物を用意した後に自分の机の前に座ってなにやら作業をするか、本を読むかして私はそれを眺めるのですが、その日は違いました。私の背中にあった腕がほどかれたと思ったら、先輩はその綺麗な手で私の手を軽く握りました。そして私の顔を見てにっこりしました。私の心臓が一拍を刻むのがしっかりと感じられました。
「踊ろう」
それは私が聞いたことのない先輩の声でした。いつもの落ち着いているようで活力の感じられる声ではありませんでした。小さい声で短い言葉でしたから、もしかしたら聞き間違いということもあるかもしれません。でも私には静かな雨のように湿った、でも私にはどうすることもできないような声に聞こえました。先輩はスピーカーに向かって何かを呟きました。私の知らない曲が流れました。どんな曲だったか、私はよく覚えていません。私は先輩の揺れる体に寄り添うのに必死でした。先輩があの時どんな顔をしていたのか見ておけばよかったと今でも思います。いつもと同じ顔をしていたかもしれません、でもきっとそうじゃなかったと私は思います。
つづく
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