第10話 俺と私の「氷姫」

思春期の私が性に興味を持ったのは何気ない日常からだった


友達との会話

SNSからの情報


…始めての彼氏



でも



私は




普通じゃなかったんだ






これは同人ゲーム

「ワタシとキミのイケない恋」

の冒頭の一節



主人公はいたって普通の女の子だった

普通に成長し、普通に恋愛をした


しかし

彼女は何も感じることが出来なかった



自慰行為が下手なのだと、そう思うようにした


だが中学の頃の始めての彼氏との始めての行為

そこでも彼女は何も感じなかった


今の俺の視点から思えば前戯なんてまともに行わず、キスとかすらもすっ飛ばしたその行為が気持ちいい訳がない


だが自分の欲望に正直に生きていた思春期の男子とってその事実は耐え難いモノだったらしく、その後すぐに別れてしまった


ここで終われば良かったのだが、なんとその彼氏は主人公が不感症であることを仲間内の男子に公言


秘密の話だったのはいつしか間違って広まり、

男に手を出しまくっているビッチになった

何をどうしたらそうなるのか、でもあながちあり得ない事ではない


思春期とはそういうものなのだ



そこから主人公は何も感じないことにコンプレックスを抱くようになり、そのまま地元の高校は受験せず、遠くはなれた今の学園へと編入試験を受けた





ここなら誰も私を知らない


誰も私を変な子だと思わない


……ようやく自由だ




ゲーム中ではここまで正確な心理描写はされなかった


ではなぜ俺がそれを知っているかというと、

それは転生した次の日まで遡る




「氷華ー朝御飯よーー起きなさーい」


(んん?あ、お母さんか…)


流石に今の生活にはまだ慣れない

1日で慣れろという方が無茶ではあるんだろうけど…


(ねむい…まだ寝てたい…)


「今日から授業なんでしょー?初日から遅れても知らないわよー?」


(授業…あーそっか私、高校生なんだった…)


なんとか体を起こし、準備しながら階段を降りる


(お腹出して寝ちゃってたし……慣れないなぁ)


そうして歯を磨き、両親の待つ食卓に向かう


そして朝御飯を食べ………




(ん?)


何かおかしいことに気付く


(なんだ今の感覚…)


そのまま白飯を手に持ったまま硬直する


「どうした氷華?具合でも悪いのか?」


「い、いや?そういう訳じゃないんだけど…」


(さっきの違和感…まぁ女の体だから何かしらあるんだろうな)


その日はとりあえず気にしないことにした


だが次の日…


(まただ…)


朝食を食べていると同じ違和感を感じた

そんな俺を父親は不思議そうに見つめ…


「どうしたんだ氷華…高校でも何かあってるのか?」


「ううん!それは全然!いい人達ばっかりだよ!」


両親は主人公の不感症について知っている

もちろんそれで起きた事件についても


…思い出すだけで胸が痛いな




(ん?)


(なんでそんな鮮明に思い出せる?)


(ていうか両親なんてゲームにいたか?)


(なのになんで…)




(俺は今この光景に違和感を持たないんだ?)


まだこちらに来て3日目

普通ならこの2人が両親であることに違和感を覚えるはずだ


なのに俺は、まるで当たり前かのように

15年間共に過ごしてきたかのように接していた



そうしてようやく昨日と今日の朝に感じた違和感にも気付く


起きてからここに来るまでの記憶はある

しかし、考え方がまるで違う


まるで俺…というか男ではなく


女のような思考になっていたことに…




「氷華!?大丈夫か!?」


違和感の正体を突き詰めた瞬間、脳にとんでもない負荷がかかるのを感じた


そのまま俺は意識を失くし、目が覚めると病院だった




それからというもの俺が転生するまでの記憶はまるで自分のモノかのように思い出せるようになった


おかげさまでゲーム中では語られなかった心情も分かるようになったわけだが…


そしてもう1つ分かったこと

俺は、一定時間の睡眠を取ると「女」になる


別の人格、というわけではない


俺であることは確かなのだが、思考が男寄りではなく女寄りになる、といった感じだ


恐らくは15年間の記憶がそうさせるのだろう



そしてこの現象の問題点、それは…






「…らしくないな、頭でも打ったのか?」


龍牙が頭に傷がないかと手を差し伸べてくる


(これってスキンシップに入らないの!?)


いつもなら「氷姫」の効果によって弾かれそうなものだが、私はそれを受け入れてしまう


龍牙の大きな手は私の頭を優しく、丁寧に撫でてくれた


(んっ……うそ、こんなので、感じるとか…)


このイベント自体はゲームでもあった

その時は龍牙に始めて優しく撫でられ、心を許してしまう程度


(こんな、ちょ…!?だめッ…)


なのに今の私は体が疼くほどに感じていた


恐らくの原因は昔の私の記憶

ここに転生する前は毎日のようにシていた


だからこの1年間飢えていたのだ

気持ちいいという感覚に


そしてなにより

この手を受け入れた先に



まだ昔の私でも感じたことのない、極上の快楽が存在することを


知ってしまっているのだ



「だいじょぶッ…だから…やめ…!」


体全体が熱くなっているのが分かる

頭を撫でられるだけでこの有り様


もし



龍牙と体を重ねる日が来るのだとしたら…



「…なんだよ誘ってんのか?」


流石の龍牙も私の様子が変なことには気付いたようだ


(さそってなんか…)


そう断ろうとするも言葉が出ない


(だめ…そこからさきは…ことわらないと…)


頭を撫でていた手がそのまま頬に伝う


「…据え膳食わねばってやつかね」


(違うんだって!!!)


だがそれでも私は振り払うことが出来ない


これを受け入れてしまえば…


龍牙と、一緒に…





バッコーーーーーン!!!



「は?」

「え?」


良い感じの雰囲気になっていたのに突如として鳴り響いた轟音に2人とも目を丸くしてしまう


そしてついでのように意識も俺に戻った


「……龍牙」


轟音の正体は殺意の波動を身に纏った恵だった


「……なんのようだ恵」


ちなみに2人は幼なじみ

龍牙ルートを選ぶと恵とはライバル関係になる


「…あんたが、責任もって、看病するって言うから、他の皆に大丈夫だって伝えて回ったのに…」


「私の、ワタシの氷華を貸してあげたのに!」


(いやお前のじゃねぇよ)

「いやお前のじゃねぇだろ」


珍しく龍牙と意見があった


「………ここで殺す」


遂にとんでもないことを口走りだした


このままだと本当にヤりかねない

そう感じた俺はすぐさま恵の元に駆け寄り


「恵!!!」


勢いに任せて抱きついた


「ちょ…どしたの!?やっぱりなにかされたの!?」


「怖かった…怖かったよぉ…」


龍牙には悪いが今死ぬよりはマシだと思って勘弁してくれ


「龍牙あんた…!!!」


「いや!?ぜってぇソイツから誘ってきてたって今のは!!」

「俺は怪我ねぇか確認してただけなんだって!ホントだぞ!?」


「氷華がそんな下品なことするわけないでしょ!!!この最低男!!」



その後も2人が言い合っていると漸く先生が駆けつけ、事態を丸く治めていった


ちなみに鳴り響いた轟音の正体とは…



「すいません…とっさのことでつい…」


龍牙が鍵をかけていた保健室のドアを力ずくで蹴り破った音だった



(マジで殺されかねんな…)



恵のことだけではない

龍牙とのイベントによって分かったこともある


触れ合うだけで相当ヤバい…

しかも女から戻れるまで時間がかかった


(個別イベントには気を付けないとな…)


改めて引き締めると共に、あることに気付く


(そういや、ゲームだとあそこでキスを受け入れるか断るかでルートが確定するんだよな)


なので今回の場合はどうなっているのだろうか

途中で邪魔が入ったので断ってるみたいなものだと思うが…



…ま、とりあえずは明日の体育祭で分かるか


そのまま俺は家に帰らされることになり、明日の体育祭に備えて早めに寝るのだった

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