ぼくらのスーパーヒーロー

咲月 青(さづき あお)

 

 俺の職業しょくぎょうは、スーパーヒーローだ。

 念のためことわっておくが、テレビドラマの話でも、単なる妄想もうそうでもない。俺は2年前にヒーロー養成所ようせいじょ修了しゅうりょうし、正式せいしき資格しかくみとめられた正真正銘しょうしんしょうめいのヒーローなのだ。そして今日も、人々をあらゆる困難こんなんから救出きゅうしゅつすべく活動かつどうを続けている。

 おっと、さっそく子どもの泣き声が聞こえてきた。俺はばや路地裏ろじうらすべみ、ポケットかられいものを取り出して口にくわえ、0.2びょうの速さでヒーローに変身へんしんした。そして、スーパーイヤーで泣き声のする方向をばやけ、スーパーブーツで瞬時しゅんじけつけると、1人の少年が公園の木を見上げて泣いていた。


「ぼうや、一体いったいどうしたんだい?」

「え……あの、子猫こねこが木の上からりられなくなっちゃって」

「OK! 私にまかせてくれ」

 俺はスーパーハンドを駆使くししてえだをよじのぼり、おびえてあばれる子猫こねこかかえた。そしてスーパーブーツのクッションを利用してり、子猫こねこ無事ぶじ少年へ手渡てわたすことに成功せいこうした。

「さあ、この通り子猫こねこは助かったから、もう泣かなくていい」

「あ……どうも……」

「なあにれいにはおよばないよ。私の名前は、ちょうスーパー戦士せんしソルジャーだ。これからもこまったことがあったら、いつでも私を呼んでくれたまえ!」

 俺はそう言うと、颯爽さっそうとそのあとにした。背後はいごから、子猫こねこいた少年の視線しせんいたいほど感じながら――。


角村かどむら、お前もう少ししっかりしろ。この調子ちょうしじゃ、今期こんきのノルマ達成たっせい絶望的ぜつぼうてきだぞ」

 会社のミーティングブースで向かいにすわった部長ぶちょうが、あきれながら煙草たばこした。

「そんなこと言ったって、これ以上数字すうじ出すのはとても無理むりっすよ。こんな田舎町いなかまちじゃ、そうそう事件じけんなんて起こらないですし」

あまったれた事を言うな。その気になれば、事件じけんなんていくらでも見つかる」

「いやホント無理むりですって。そんなに言うなら、案件数あんけんすうの多い都内とない異動いどうさせてくださいよ」

馬鹿野郎ばかやろう! 都内とないなんかすでにヒーローで一杯いっぱいなんだよ。テレビてりゃわかるだろう。有名ゆうめいどころはみんな東京とうきょうたたかってるじゃねえか」

 そう言われてしまっては、ふたもない。俺は仕方しかたなくだまんだ。

「ああそれからな、お前は最近経費けいひの使い過ぎだ。今度から領収書りょうしゅうしょのないものは、全部ぜんぶはじくからな」

「ええっ、勘弁かんべんしてくださいよ!」

「なに言ってる。当たり前だろうが」

「だって、はららした子どもにやる菓子かしパン代はどうするんです? 財布さいふ落として泣いてる子どもに渡す交通費こうつうひは? 子どもから領収りょうしゅうなんか取れないでしょうが」

「うるせえ。そのくらい自分で何とかしろ!」

 なおもがろうとすると、部長ぶちょうは俺の目の前に書類しょるいを投げてした。

「なんですか、これ」

「新しいマニュアルだ。お前用にえてある。経費けいひを自由に使いたかったら、これを何度も読んで、とにかく結果けっかを出せ」


 ☆☆☆ ヒーローマニュアル vol.3 ~作業さぎょう終了後しゅうりょうご会話かいわへん ☆☆☆

 子ども『すごいやちょうスーパー戦士せんしソルジャー! どうしてそんなにつよいの?』

 超戦士ちょうせんし『それは、毎日牛乳ぎゅうにゅうを飲んでいるからだよ』

 子ども『僕も飲んだらつよくなれる?』

 超戦士ちょうせんし『もちろんさっ。さあ君も牛乳ぎゅうにゅうを飲んで、明日あすのヒーローを目指めざせ!』


「……コレ、いったいだれが作ったんすか?」

「俺だ」

「今まで子どもからこんなこと言われたことないですよ。むしろいつもドンかれてます。数字すうじ上げたいなら、もうちょっと現場げんばのことも考えてくださいよ」

 そううったえると、部長ぶちょう眉間みけんしわせながらふたた煙草たばこを取り出した。ここは引いたら負けだ。俺はさらに言葉をいだ。

「この変身へんしんのきっかけが牛乳ぎゅうにゅうっての、そろそろ変えてもらえないですかね。牛乳ぎゅうにゅうパックをつねに持ち歩くのって、特に夏場なつばはキツイんすよ。この前もちょっとっぱくなってるヤツ無理矢理むりやり飲んだら、はらこわしちゃったんですよね」

駄目だめだ。少なくとも今年いっぱいは、牛乳ぎゅうにゅうを続けてもらう」

「なんで最近そんなに牛乳ぎゅうにゅうしなんすか」

牛乳協会ぎゅうにゅうきょうかいからかねもらってんだから、仕方しかたねえだろう! ウチみたいな弱小じゃくしょうは、スポンサーがいなきゃたねえんだよ」

 部長ぶちょうふたたふたもないことを言った。


「……んじゃあせめて、名前えさせてもらえません? "ちょうスーパー戦士せんし戦士ソルジャー"って、意味いみわかんないし」

「うるせえ。これだけ世の中にヒーローがあふれてるとな、名前がかぶらねえようにするのだって大変たいへんなんだよ! 文句もんく言ってるひまがあったら、1件でも多く事件じけん解決かいけつして来いっ」

 そう怒鳴どなりつけられ、ブースを追い出された。まったく理不尽りふじんな話だが、俺は所詮しょせんやとわれの。クビにならないためにも、結局けっきょくうえしたがうしかない。


 子どものころは、あこがれのヒーローの実態じったいがまさかこんなものだとは想像そうぞうもしなかった。

「どこかに、ヒーローをすくってくれるヒーローがいねえもんかな……」

 俺はそうぼやきながら、給茶機きゅうちゃきうすいお茶をした。

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ぼくらのスーパーヒーロー 咲月 青(さづき あお) @Sazuki_Ao

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